第10話 結果発表
窓から差し込む暖かな光と、通りの喧騒で目が覚める。
「んー」
両手を上げて大きく伸びをしたリリアは、小さく声を上げた。
ファンダリア魔法学園の臨時入学試験があった日から1週間、今日はその合格発表の日だった。
リリアが王都で取った宿の部屋は1階にあった。
多くの宿が1階に酒場を入れているなか、何軒も回ってやっと見つけた宿は、相場よりも高い金額ではあったが、朝食を我慢して、昼夕食を質素に抑えれば、泊まれないことはない金額だった。
寝衣から外行きの服へと着替えるために、側にかけてあった服へと手を伸ばす。
頭を通し、次に手を通す。その後は捲れ上がったワンピースの裾を強引に引っ張って直す。
昨日の夜に、ベッド横に止めておいた車椅子を掴み、腕の力だけで腰を滑らせて座る。
ベッド脇に置いた白銀の魔導装具をチラリと見る。
昨日の実技試験で短時間とはいえ起動させた影響がどんなものになるかと心配していたが、夜に調査した限りでは大きな不具合は見つけられなかった。
それどころか全体的に思っていたよりも、外装も回路も調子が良いようだった。
キコキコと車輪を回して宿を出る。
試験の結果が張り出されるのが朝の9時、余裕を持って8時には宿を出たリリアだったが、すでに通りには人が溢れ、空っぽの胃を刺激する香りが至る所から漏れ出ている。
低く唸る腹部の獣を抑えながら、頭を振って誘惑を必死に振り切る。
結局昨日の夜はほとんど眠ることができなかったなと、リリアは思い出す。
毎年、ファンダリア魔法学園の臨時入学試験に応募する人間は500人から1000人と言われている。
確かに昨日、会場の人をざっと見た限りでは、700人程度はいるように思えた。
その中で合格できる人間は数人。
年によっては一人も合格者が出ない年もあったと聞いたことがある。
こうやって、色々なことを考えている内に、昨日の夜もどんどん過ぎていってしまった。
やれるだけのことはやった。
どれだけ自分に言い聞かせても、拭えない不安。
心臓がいつもより大きく動いている気がする。
逆流する胃酸が、ジリジリと喉を焼く。
早く結果を見たい気持ちと、結果を見たくない気持ちが、リリアの中で行ったり来たりを繰り返す。
リリアがファンダリア魔法学園の正門に辿り着いた頃には、すでに多くの人だかりができていた。
自然と生唾を飲み込む。
ほとんどの人が肩を落として去っていくなか、リリアも自分の挑戦の結果を知るために前に出る。
遠目にもわかるほど大きすぎる掲示板に張り出された、小さな紙が一枚。
そこに書かれた文字は多くない、むしろ少ないくらいだ。
人だかりの隙間から文字を読む。
“リンジー・フェザーストン”
常に動き回る人の隙間からは、なかなか全ての文字を追うことができない。
“クレイグ・モンクトン”
“リリア・ボールドウィン”
心臓が跳ねる。
一瞬で人に呑まれてしまった文字を、もう一度探す。
“リリア・ボールドウィン”
「・・・・・・あった」
全身の血液が沸き立つのを感じる。
「あった!」
青い空はどこまでも広く澄み渡り、浮かぶ雲の白さが明るく太陽を反射している。
「あら、嬉しそうね」
聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「その様子だと、無事に合格できたみたいね」
「はい! 色々とありがとうございました! えっと・・・・・・」
「エリスよ。エリス・アクア。貴女のお名前も教えていただけるかしら?」
言い淀んだリリアの言葉の先を察したのか、エリスが名前を告げる。
「あ、えっと、リリア・ボールドウィンです」
「そう、いい名前ね」
スッと差し出されたエリスの右手に、リリアは目を瞬かせる。
「これからよろしくね、リリア」
エリスの言葉に、差し出された手の意味を知ったリリアは、慌てて右手を伸ばした。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
しっかりと握手を交わしたエリスは、遠くから聞こえてくる声にピクリと反応すると、そそくさとその場を後にする。
「じゃあ、また会いましょう」
ものすごい勢いで遠ざかっていくエリスの後ろ姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
そんな風にリリアとエリスが握手を交わす数日前、ファンダリア魔法学園の一室で険しい表情の人影が三つ並んでいた。
厳ついテーブルに肩肘をついた妙齢の女性が口を開く。
「わざわざワシに話をしに来るってことは、よっぽどのことなんだろうね?」
妙齢の女性は指先でテーブルの端をトントンと叩く。
「ええ、我々だけでは判断に迷いまして、ぜひ学園長のご意見をお伺い致したく」
肩ほどの白髪に深い皺の刻まれた初老の女性が、学園長の前に紙束を差し出した。
「これは・・・・・・受験者の試験結果表かい?」
パラパラと紙束をめくりながら学園長が問いかける。
「イーストン、いったいこれがどうしたって言うんだ・・・・・・ん?」
リズムよく紙をめくっていた指がピタリと止まる。
「これは・・・・・・」
学園長のゆびが止まったことを確認したメイナードが口を開く。
「リリア・ボールドウィンという受験者の筆記試験の成績なのですが、魔法史、魔法体系学、魔法工学、魔力学、魔法薬学、魔法言語学、6科目全てにおいて、今回の試験での最高得点を記録しています」
「こいつは驚いたね。こんなこと私の知る限りでは二人目だよ。しかもボールドウィンとは、偶然にしても出来過ぎだね」
まるで昔のトラウマを思い出すように眉根を寄せた学園長は、短くため息を吐いて頭を抱えた。
イーストン教授の隣に立つ、ディートリッヒ教授がため息混じりに口を開く。
「それで、このリリア・ボールドウィンという娘の実技試験での成績なのですが、捕獲数は一匹と全受験者中最下位となっておりまして」
渋い表情のディートリッヒ教授の隣で、イーストン教授が皺だらけの口角を上げる。
「ですが、学園長。リリア・ボールドウィンの捕まえた白爪兎は無傷で捕獲されており、尻尾に負担をかけない縛り方も見事でした。反応薬の素材としては一級品の品質です」
二人を交互に見つめた学園長は、辟易した様子で紙の束を叩いた。
「じゃあ、なにかい。このリリア・ボールドウィンって娘は、学園教授ですら手を焼く筆記試験を、全教科ほぼ満点でクリアしておきながら、実技試験での捕獲数は最下位で、そのくせ試験内容への理解度は高かったと?」
「お言葉ですが学園長、魔法工学に関しては満点でしたわ」
「ハッ、そんな奴聞いたことないよ!」
ディートリッヒ教授は眉間に指を当てて首を振る。
「なにより、平民なのです。」
椅子の背もたれに大きくもたれ掛かった学園長が、大きく口を開ける。
「ハッ、平民がなんだい。いいじゃないか、通してやりな!」
どんっとテーブルに肘をついた学園長は、口角を吊り上げて二人の教授に視線を向ける。
「最高と最低を合わせ持つ生徒なんて、最高に面白そうじゃないか。ウチのモットーは“全ては魔法の為に”、平民だろうが、実技試験最下位だろうが、魔法に役立つものならなんだって構わないさ」
不服そうなディートリッヒ教授を横目に、イーストン教授が頭を下げる。
「では、そのように」
******
ここまで読んでくださった皆々様、本当にありがとうございます!
私のような者の稚拙な文章を、ここまで辛抱強く読んでいただいた読者様の忍耐力に敬意を!
本当は8話までで収めようと考えていた入学試験編ですが、私の実力不足により10話まで間延びしてしまいました。
さて、リリアの物語はここから本格的に学園生活編に入っていきます。貴族ばかりが通う学園で、リリアにどのような学園生活が待っているのか。
引き続き応援いただける方は、気長に広い心でリリアの物語を応援していただければ幸いです。




