第8話 社交界の噂と小さな事件
シャンデリアの光が広間を煌びやかに照らし、甘ったるい香水の匂いが空気に溶けている。どこかで弦楽器の音が流れ、貴族たちが華やかな笑顔で言葉を交わしている。
ルティミアは今夜もまた、夜会に参加していた。
絵のように美しい光景だった。だが絵を見るよりもはるかに退屈だった。
ルティミアはグラスを片手に、ソフィリアの隣に立っていた。
「ルティ、あなたその真顔やめた方がいいと思うけど。その顔だから誰も近づいてこないんじゃないかな?」
少し呆れ顔でソフィリアは言った。
「ルティ、美人なんだからこうやって微笑んでいたらもっと親しみやすさが出るわよ」
そう言いながらソフィリアは、お手本とばかりに柔らかな微笑みを浮かべてみせた。ラベンダーの瞳がふわりと細くなる。蜂蜜色の巻き髪が揺れて、頬にかかった。
くっ。可愛いなコノヤロウ。
「美人の真顔ほど怖いものはないわよ?」
ソフィリアがルティミアの頬をつついた。ちょん、と。子供みたいな仕草だった。
ソフィリアは素でこういう可愛いことができるんだよなぁ。
これは才能だな、とルティミアは毎回感心していた。
「ねぇ、ルティ。知ってる? 最近の怖い噂」
さっきまでの可愛らしい顔はどこへやら、ソフィリアが声を潜めてそう言った。目がきらりと光っている。この子はこういう話が好きだ。
「怖いってどういう怖さ? まさかお化けとか??」
ルティミアはからかうように笑った。
「あのねぇ、こんな所でお化けの話するわけないでしょ?違うのよ」
ソフィリアは呆れた顔でそう言い返した。またこういうことを言う、とでも言いたそうな顔だった。そしてすぐに声を潜めた。
「私もお茶会で聞いたから正直半信半疑ではあるんだけど……最近ね、一部の令息が記憶障害を起こす事件が何件か続いてるみたい」
「記憶障害? なにそれ。なんで??」
ルティミアは眉をひそめた。
何か特殊な病気でも流行り出したのか……。
「それがね、原因がわからないのよ。なんでもその令息たち、少し浮気の気があるような人ばかりらしいの」
「なにそれ? 呪い??浮気された令嬢が集団で儀式でもしてるんじゃないの??」
ルティミアは至って真剣な顔で言った。
「呪い……? 普通の令嬢がそんなことできるかしら??」
ソフィリアは首を傾げた。
「その令息たちの中には上位貴族の息子や高官の息子もいるから、早急に原因を調べるためにかなりのお偉いさんが動いてるらしいのよ」
ソフィリアのこの情報網はどこから来るのか、毎度ながら謎だった。
「お偉いさん……宰相あたりかな。ん? 宰相って誰だったっけ? 」
ルティミアはぼんやりと呟いた。
「宰相?? 宰相はリード公爵よ!」
「え? あの、帝国の薔薇様?」
思わずそのままのあだ名が出た。
「帝国の薔薇?? あーそう呼ばれてたわね。そうそう、その薔薇様!」
ソフィリアが頷いた。
……アルセン・リード。
なんか最近やけに聞くな、とルティミアは思った。
「まあ、リード公爵よりも、その記憶障害の方が気になるわね。どこまでのものなのかしら」
ルティミアは素直にそう思った。
「えっと……記憶が結構飛んじゃう人もいたり、頭が少しおかしくなったり……昏睡状態の人もいたんだったかな」
ソフィリアは眉をひそめながら、記憶を辿るように言った。お茶会で聞いた話を思い出しているのか、視線がわずかに宙を泳いでいる。
「なんだか、かなりやばそうね……」
ごくり。ルティミアは思わずそう呟いた。グラスを傾ける手が、少し止まった。
「ルティ、治せないの??」
ソフィリアは当たり前のように聞いていた。
「いや、いくら私が天才でもさ、原因もわからないのに魔法を使うわけにいかないわよ。それで本格的に頭ぶっ壊しちゃったらどうするのよ」
ルティミアは呆れて言った。
「あははっ、そうだね! ルティならやりそう!」
なんか楽しそうに笑っているけど、やりそう!じゃないよ。
ルティミアは呆れた表情でソフィリアを見た。
「まあ……少し何とかできないか、魔塔で薬を作ってみるよ」
さらりと言った。でもルティミアがそう言う時は、本気だ。
ソフィリアはそれを知っていた。ルティミアが帝国トップの魔塔主であること。その真実を知る、数少ない一人だった。




