第7話 帝国の薔薇
ペラ。
ペラ。
ルティミアは冊子のページを捲っていく。
「みんな、大変だな」
白を基調とした、品のいい調度で整えられた自室。
ルティミアは部屋のソファに脚を伸ばして、どっかりと横になっていた。背もたれに頭を預け、片手でゴシップ誌を持ち、もう片方の手はお腹の上でだらりとしている。ドレスの裾が少しめくれて膝が見えていたが、気にしなかった。部屋の中だ。誰も見ていない。
窓から午後の柔らかな光が差し込んで、部屋をやわらかく照らしていた。サイドテーブルには飲みかけのお茶が置かれ、湯気がゆらゆらと立ち上っている。静かで穏やかな午後だった。
二ヶ月に一回、定期購読しているゴシップ誌が届く日は、ルティミアにとって密かな楽しみだった。表紙には煌びやかな活字が躍り、中身にはどこぞの令息の浮気話、令嬢同士の確執、貴族社会の水面下で渦巻く人間ドラマがぎっしりと詰まっている。
嘘も真実も混じっている。だからこそ面白い。
令嬢が堂々とこういうものを購読するのはどうなのか、と言われそうだが、ルティミアは気にしなかった。
これは立派な研究材料だ。恋愛というものがどういう生き物なのかを知るための、大事な資料のひとつである。
ペラ、とまたページをめくった。視線は真剣だった。
そしてページをめくる手が、ある見出しで止まった。
毎号特集が組まれている。リード公爵の話だ。
『帝国の薔薇、今も尚独身。彼を射止める令嬢はいったい誰だ?』
大きな見出しの下に、シルエットのイラストのみ。写真は一枚もない。それでも毎号欠かさず特集が組まれるのだから、それだけ注目を集めている男ということだろう。
ルティミアはそのページをじっと眺めた。
……帝国の薔薇、か。
男に薔薇という表現はどうなのだろうか。それほど綺麗な男なのか。純粋に疑問に思った。
帝国中の令嬢が追いかけて、誰一人として射止められない。夜会に来ればたちまち囲まれて、でも誰にも靡かない。顔も知らない、会ったこともない。そもそも彼はほとんど夜会に顔を出さない。それなのになぜか、このシルエットのイラストをじっと見てしまう。
……どういう人なんだろう。
気づけば、いつもより長くそのページを眺めていた。興味を持つつもりなんてなかったのに、気がついたらそこに目が止まっていた。
「……アルセン・リード」
ルティミアは呟いた。
帝国の薔薇……。
ぼんやりとそのあだ名を頭の中で反芻していたら、ふとあの夜を思い出した。夜会のテラス、暗い回廊。暗くてはっきりとは見えなかったけれど、確かに綺麗な男だったと思う。声も低くて、落ち着いていて。
まあ、失礼な男だったけど。
失礼といえば、街で助けた彼もそうだ。あっちは昼間だったからよく見えた。かなり綺麗で、かっこよかった。それは認める。
でも。
「いや、どっちも性格に問題あるのなに!?」
誰もいない部屋で、思わず声が出た。ソファの上で一人、盛大に突っ込んでいた。我ながら間抜けだと思った。
パタンと雑誌を閉じて、ベッドの小さな棚の引き出しにしまった。
浮気、略奪愛、婚約破棄――社交界には、スキャンダラスな出来事が絶えない。けれどその反面、純愛の末の婚約や、一目惚れからの結婚など、美しい愛の話も溢れていた。
人の心というのは、本当に不思議なものだとルティミアは思う。
この人とキスしたい。胸が高鳴って、心臓が爆発しそう――そんな感情に、ルティミアはなったことがなかった。心臓が破裂しそうになるのは、お母様の雷が落ちそうな時くらいのものだ。




