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第6話 社交界での密かな流行り

「公爵様。手に入りましたよ」


 コトンと、秘書が机にに小瓶を置いた。


 重厚な執務机。整然と並ぶ書類。大きな窓から差し込む午後の光。


 その机に着いているのは、一人の男。窓を背に書類へ目を落とすその姿は、アルセン・リードであった。


 アルセンはそれを手に取り、光に透かした。


 ……なんだか、不思議な色の結晶だな。


 琥珀色のようでいて、光の角度によって揺れるように色が変わる。まるで何かを宿しているようだった。


「これが追想の結晶?」


 アルセンは小瓶を傾けて、中の結晶をじっと見た。


「なんか、氷砂糖のようだな」


 可愛らしいほど綺麗な見た目だ。こんなものが帝国中の貴族の中で話題になっているとは、にわかには信じがたい。


「こんなもので記憶を操れるのか?カイル、これは本物なのか?」


 アルセンは怪しんだ。


「本物ですよ。手に入れるのすごく苦労したんですからね」


 アルセンの秘書、カイル・オンセインが不服そうな顔で言った。


 アルセンは帝国貴族の間で密かに流行っている追想の結晶の調査をしていた。宰相として帝国内で出所不明の薬が出回っているとなれば、放置するわけにはいかない。カイルに本物を手に入れるよう命じていた。


「ふーん。お前のところの妻は浮気とかしていないのか??」


 アルセンはさらりととんでもないことを言った。表情一つ変えずに。


「ちょっと、私で実験しようとしないでください!! 妻は浮気なんてしていません!!」


 カイルは顔を真っ赤にして言い切った。普段は冷静な秘書が、めずらしく声を荒げている。妻のことになると話が別らしい。


「落ち着けカイル。聞いただけだよ」


 アルセンが言った。爽やかな笑顔で。

 悪い笑顔だ。絶対実験したかったに決まってる。


 カイルはアルセンのことを、じとっと疑いの目で見た。


「これの使い方は? 聞いてきたか?」


 アルセンはカイルに尋ねた。


「ええ。飲んだ人を見た相手が、愛していた頃の記憶を思い出すそうです。つまりこれを飲むのは本人ではなく……その、相手に思い出してほしい側が飲むものだと」


 カイルが説明した。


「なるほどな」


 アルセンは小瓶を指先でゆっくりと回しながら、静かに考えを整理した。


「思い出してほしい本人の方が、その記憶を鮮明に持っている。それを相手に投影する仕組みか。だから効果を引き出すのは、飲んだ側の記憶の強さ次第……本人が飲まなければ意味がない、ということだな」


 独り言のように言った。感情ではなく、ただ構造を解析するような声だった。


「まあ、そうでしょうね。効果は単純ですが……」


 カイルが言いかけて、少し詰まった。


 アルセンはにやりとした。


「そんなもの可能なのかってことだな」


 カイルが頷く前に続けた。


「記憶を見せるだけなら、魔法の腕があれば出来なくもない。映像を投影するようなものだからな。だがこれは違う」


 アルセンは小瓶を光に透かしながら、静かに言葉を続けた。


「これを飲んだ者の記憶を、相手の脳裏に引き出す。しかも強制的に植え付けるのではなく、相手の中に既に眠っているものを呼び起こす。それが肝心なところだ」


 指先で小瓶を軽く傾ける。結晶がきらりと光を弾いた。


「他人の記憶に干渉するというのは、それだけでも相当な魔力と精度を要する。ましてや植え付けるのではなく、引き出す。その繊細さたるや……相手の記憶のどこに、何が眠っているかを正確に感知しなければならない。下手をすれば記憶ごと壊しかねない領域だ」


 アルセンは小瓶をテーブルに静かに置いた。


「これを作った人間、只者ではないな」


 アルセンは楽しそうだった。


 謎めいたものに対して、この男はいつも目が輝く。


 普段の彼は完璧だ。宰相として帝国の政務をこなし、どんな場面でも爽やかな笑顔を崩さない。感情を表に出すことはほとんどなく、誰が相手でも同じ温度で接する。それが時に冷たいと言われることもあるが、アルセンは気にしない。


 だが、未知のものに触れた時だけは違った。


 解き明かされていない謎、常識では説明のつかない現象、誰も答えを持っていない問いに直面した時、あの爽やかな仮面の奥で何かが動く。子供が初めて魔法を見た時のような、純粋な好奇心だ。


 この顔を知っているのは、ほんの一部の人間だけだった。

 カイルは長年仕えてきたからこそ、それを知っていた。そしてそれが、この男の本質に最も近い顔だとも思っていた。


「カイル。女性は気が強いと言われるとどうなると思う」


突然の質問にカイルは驚き、すぐに反応出来なかった。



「えっと……普通に怒ると思います」


 しばらくの沈黙の後、アルセンは口を開いた。


「それは何故だ。気が強い方が誰にも舐められずよくないか?」


「いや、淑女は穏やかでおしとやかと言われる方がいいんですよ? 令嬢達はそうなる為に努力しているんですから。気が強いのはむしろあまり好まれませんよ」


 アルセンは黙った。

 

「もしかして、誰に言ったんですか」

 

 アルセンの沈黙が答えだった。


 帝国一と言われる美貌でたいそうモテる男と言うのに、女心は一ミリも分からず、いつも女性をがっかりさせる。そう言った経験から今はもう無駄なことを言わず笑顔でいなし、断る。夜会にもまったく参加しなくなった。


 カイルは目の前の上司が本当に愛せる人と出会うことを心から願っていた。

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