第3話 性格の悪い公爵
コトッ
執務室の椅子に腰を下ろした男は、手に持っていた小箱を机の上に置いた。
静かで無駄なく整えられた室内には、華美ではないが一級品の調度がきちんと並んでいる。
パカッと小箱の蓋を開いた。
煌びやかなエメラルドが、いくつも惜しみなく使われたイヤリングだった。
店前で話していたのが誰なのかすぐに気が付いた宝石店の店主はすぐに出てきて、すかさず接客をした。
そして押しに押されて、気づけば買わされていた新作だという、女物のイヤリング。
(……これも全て、あのレディーが元凶だな)
それにしても、かなり綺麗なご令嬢だった。
ローブで姿を隠していたが、その美しさは隠せていなかった。変装しているつもりなのだろうが、あの立ち姿はどこに置いても目を引く。まさかあんなに気の強いレディーだとは思わなかったが。
思い出して、男は思わず笑ってしまった。
コンコン。
扉がノックされた。
「入れ」
「失礼します」
入ってきた男を見て、思わず目を細めた。
片目が腫れ上がっていて、頬には引っかき傷が何本も走っていた。戦場から帰ってきたのかと思うような有様だ。
(……まあ、自業自得だが)
男は同情しなかった。
「アルセン様、ひどいです。俺をあそこに捨てていくなんて」
男じっと恨めしそうに、アルセンと呼んだ男を見た。
「ユリス、あれはお前が招いたことだろう。俺には関係ない」
アルセンは静かに言い切った。
ユリスと呼ばれた男は、しゅんとした。
ユリスはライアンの側近だった。仕事ができる、頭も切れる、騎士としても優秀だ。それは認める。
しかし、女性のこととなると途端にどうしようもないクズ野郎になる。
顔がいい分、向こうから寄ってくることも多いのだろうが、それを片っ端から拒まず受け入れるから今回のようなことになる。
アルセンは呆れていた。
「一人に絞れないのか」
アルセンは静かに聞く。
「綺麗な令嬢を振るなんて、できませんよー」
ユリスは悪びれる様子もなく言った。
(……こいつは無理だ)
アルセンはそう結論づけて、干渉するのをやめた。
「あれ? それどうしたんですか!! ついに決めたんですか!! 誰に贈るんですか??」
ユリスがキラキラした目で身を乗り出してきた。
机上のイヤリングに指を差している。
アルセンはそれを無言で引き出しにしまった。
「誰にも渡す予定はない。これは……成り行きだ」
「なんだ……ついに公爵も結婚かと思ったのに」
ユリスが残念そうに言った。
「ところで、あの颯爽と公爵をさらっていったお方は誰なんですか? とても綺麗な方のようでしたが」
「わからない。ヒーローのようなレディーだったな」
アルセンはそう言ってから、静かに続けた。
「お前のせいで酷い修羅場に巻き込まれて、心底面倒くさかった。帰ったら殺そうかと思ってたけど」
サラッと怖いことを言った。爽やかな顔のまま。
「そこから救ってくれたのだから、恩人だな。とてもかっこいい女性だったな」
アルセンは笑った。
ユリスは目を丸くした。
(……いつもの営業スマイルじゃない)
めったに見ない、本物の笑顔だった。
しかも、女性を褒めた。ユリスは滅多にみない上司の姿に目をぱちぱちとさせた。
「あまり顔をじっくり見られなかったが、かなりの美人だったな。それに……面白い人だった」
アルセンは何かを思い出すように、くくっと静かに笑った。
「また会えるといいが」
独り言のように、ぽつりと言った。
ユリスは思った。
公爵に、やっと春が来るのではないか。
そう、期待に胸を膨らませた。




