第15話 二人の気持ち
ゼインは煌びやかな会場の中をゆっくりと歩いていた。目当ての人物を探しながら。
コツコツ。
革靴の音が規則正しく響く。
「グランバート嬢」
一人の令嬢に声をかけた。
呼ばれた人物が振り返る。
「アーツベイト様? お久しぶりです」
ソフィリアはにこっと可愛らしい笑顔で返した。いつもの、あの笑顔だ。
「少しお話をしたいのですが」
ゼインはそう言った。
ソフィリアは何となく話の内容がわかった。
「はい。では少し出ましょう」
人気のない庭園だった。会場の喧騒が遠くなって、月明かりだけが二人を静かに照らしていた。
「すみませんでした。どうやら父が勝手にグランバート家に、婚約の話を持ち出したようでして……とまどいましたよね? 私たちは知り合ったばかりなのに」
ゼインは少し困ったように言った。
「……そういうことだったんですね。少し驚きました。夜会でお会いした時、そんな素振りは一切なかったので」
ソフィリアはさらりと言った。
でも内心では、少しホッとしていた。ゼインが本気で婚約を望んでいるなら、どうしようかと悩んでいた部分もあったから。
「断っていただいて構いませんから」
ゼインは爽やかな笑顔で言った。
「……前向きに検討中なんです」
ソフィリアはぽつりと言った。
「え? どうしてですか? グランバート家ならもっと良い家柄を狙えるでしょうに。それに……貴女には好きな方がいると、少し聞いたことがあります」
ドキッとした。
一部の令息の間では、ソフィリアが婚約者を探す素振りはあるのに誰にもなびかないのは本命がいるからだという噂が立っていた。
ソフィリアは否定も肯定もしなかった。
「アーツベイト家も古くから帝国を支える由緒ある家柄です。グランバート家に劣っていません」
淡々と言った。自分に言い聞かせるような、そういう言い方だった。
「……何か、焦る理由でもおありですか?」
ゼインが優しい声で言った。
その声に、ソフィリアは少し詰まった。
「……そういうわけでは。でも、いつまでもお待たせするわけにはいきませんよね」
「……いえ」
ゼインは少し間を置いた。
「アーツベイトなんて待たせていいですよ。焦って判断を誤ってはいけません。本当に欲しいものを諦めるのはお勧めしません」
月明かりの中で、ゼインは静かにそう言った。優しくて、でもどこか踏み込んでこない。その距離感が、今夜も不思議な雰囲気を纏わせていた。
ソフィリアはその言葉が、じわりと胸に染みていくのを感じた。
「……ありがとうございます」
ソフィリアは俯いて言った。
「長居してはいけませんね。会場へお戻りください」
ゼインはソフィリアを会場の入り口まで送った。そして自分は会場へは戻らず、廊下の方へと静かに歩いていった。
コツコツと革靴の音が遠ざかっていく。
ソフィリアはしばらくの間、その背中を見送っていた。
本当に欲しいもの――その言葉が、胸の奥でいつまでも、小さく揺れていた。
背後の会場からは、楽団の優雅な調べと、人々の華やいだ笑い声が漏れ聞こえてくる。その明るい喧騒の中へ、ソフィリアはなかなか、足を踏み入れられずにいた。




