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なぜ、公爵を落とせたのか?~天才令嬢は恋も事件も予想できない~  作者: 雪乃 瑞叶


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第11話 ソフィリアと不思議な紳士

 今夜も夜会に来ていたソフィリアはその空気の中に上手く溶け込み、にこやかな笑顔で令嬢たちの輪の中にいた。


「ソフィ様、先日のお茶会はとても素敵でしたわ」


「ありがとうございます。またぜひご一緒しましょう」


 笑顔で返しながら、ラベンダーの瞳がさりげなく広間を流れた。


 ……ルティ、来てないのかな。


 さっきから夕日色のボブが見当たらない。令嬢たちの会話に相槌を打ちながら、内心ではずっと探していた。


「少し失礼しますね」


 にこりと微笑んで輪を抜け出し、人混みの中をすり抜けていく。広間をひと通り見渡したが、どこにもいない。


 (……もしかして外かな )


 テラスへと続く扉に手をかけた。押し開けると夜風がふわりと頬を撫でた。広間の喧騒が、すっと遠のいた。


 薄暗い廊下へと足を踏み入れる。会場から離れるほど、笑い声も音楽も遠くなっていく。


 噴水のあるバラ園。


 ルティが外に出るとしたら、あそこだろう。あの子はこういう場所が好きだ。王宮の夜景が好きだと言っていたのを覚えている。


 ドレスの裾を少し持ち上げながら、廊下の奥へと進んだ。


「グランバート嬢? こんな所でお一人でどうされました?」


 突然声をかけられた。廊下の小さな灯りは頼りないが、今夜は月が明るかった。その光が差し込んで、声の主の顔がはっきりと照らされている。


「こんばんは、ユートリヒ様」


 ソフィリアはいつもの可愛らしい笑顔で返した。


「友人を探していますの」


「そう言わずに。私と探す方が安全ですよ。グランバート嬢を狙う輩は多いですから」


 ユートリヒはくい下がった。そしてソフィリアの手を掴んだ。


 (……いや、それはそっちでしょ)


 言いそうになった。どうにか飲み込む。笑顔を保ちながら、ソフィリアは内心で焦っていた。強引に振り解けば角が立つ。かといってこのまま連れて行かれるのも困る。


 (……どうしよう。)


 コツコツ。


 廊下を歩く革靴の音が響いた。


「やあ。待たせたね。来るのが遅くなってしまった」


 穏やかな声が廊下に溶けた。


 ユートリヒが怪訝な顔で声の主の方を向いた。


 そこに立っていたのは、雰囲気のある美男子だった。ユートリヒとは比べるまでもない。並んだだけで勝負にならなかった。


「お前、なんだよ。いきなり」


 ユートリヒが少し焦った声で言った。


「彼女と約束してたんだ。お前こそ何してるんだ? 彼女の手を無遠慮に掴んで、失礼だろ」


 男は淡々と言った。声に感情はない。少し冷たいくらいだ。でもその目がユートリヒをまっすぐに見ていた。


「遅かったわね! 探していたのよ」


 ソフィリアは笑顔で男に声をかけた。そしてユートリヒに向き直る。


「ユートリヒ様、探していた友人は見つかりました。手を離してくださる?」


 にこりと笑顔のまま言った。


「そ、そう。では失礼するよ」


 ユートリヒは狼狽えて、慌てたように広間の方へと足を向けた。その背中があっという間に廊下の先に消えていく。


 残ったのは、謎の男とソフィリアだけだった。


「助けていただき、ありがとうございました」


 ソフィリアは男に向き直り、丁寧に礼を言った。


「いえ。礼を言われることはしていません。あいつがご令嬢に乱暴をしているように見えたので、声をかけたまでです」


 男は淡々と返した。黒髪に黒い瞳。すらりとした細身の男だった。どこか不思議な雰囲気を纏っている。


「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?」


「ゼイン・アーツベイトです。ソフィリア・グランバート嬢ですよね」


 ゼインは少し笑みを浮かべながら答えた。


 ソフィリアは少し驚いた。こちらは初対面のつもりだったが、相手はすでにこちらの名前を知っていた。


 アーツベイト……。


 王宮の騎士団を率いる厳格な家系だ。長男と次男は騎士団に所属していて、どちらも結婚していたはずだ。


 ということは、三男。


 確か、剣の才能がなくひ弱な男だという噂を聞いたことがあった。


 でも目の前に立つ男は、ひ弱には見えない。それどころか、とても賢そうで品がある。少し影のある雰囲気もあるが……黒髪に黒い瞳のせいだろうか。


「アーツベイト様。その通りです。私、ソフィリア・グランバートです」


 ソフィリアはにこっと微笑んだ。


「本当に誰かを探していたんですか?」


 ゼインが尋ねた。


「ええ。あ、ルティミア・アルノを見かけませんでしたか?」


「ルティミア・アルノ嬢ですか……いえ、こちらでは見かけませんでしたよ」


「そうですか……やっぱりバラ園の方かしら」


「付き添いましょうか?」


「いえ、大丈夫です」


「そうですか」


 パチン。


 ゼインは小さな灯りを出した。魔法だ。柔らかな光が廊下をほんのりと照らした。


「どうぞ。先は暗いですから」


 ソフィリアは少し驚いてゼインを見た。


「あの……いつもいらっしゃらないですよね。今日はどうして?」


「ああ。ただの気まぐれです」


 ゼインは微笑んだ。それだけ言って、それ以上は語らなかった。


「では、あまり長く一緒にいてしまうとあらぬ誤解をされてしまいますね。今夜はここで失礼します」


 ゼインはそう言って、軽く会釈した。コツコツと革靴の音が廊下に響いて、やがて広間の方へと消えていった。


 ソフィリアはその背中を見送った。


 不思議な人だった。


とても紳士で掴みどころのない男。何故少しソフィアは彼に興味が湧いた。

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