9
国王ご夫妻は、一体どこまで知っているのか。背中に盛大に汗をかく私に気づいたのか、ジョシュが慈愛に満ちた大天使のような笑顔になる。
「大丈夫ですよ、ポメリー嬢」
「だ、大丈夫とは!?」
「父上も母上も僕の想いを応援してくれているんです。ポメリー嬢が病に負けず、名実ともに僕の伴侶になれるよう、力を貸してくれています」
つまり今期の社交シーズンに私は迷走したが、その際に声を掛けた令息には……緘口令が敷かれている。私が病に悩み、取り乱したことについては口外無用であると。そしてジョシュと私のワンナイトは……無問題だった。もし私がサド侯爵とホラーナイトを過ごしていたら……大問題だ。ジョシュが王太子から外れることを覚悟する事態になりかねなかった。
(無問題であるが、それはあくまで王家が黙認してくれたからであり、公に「ジョシュと私はワンナイトしましたー!」と言っていいわけがなかった。そこは秘匿するべきなのだ)
「もしかして僕の両親との夕食を前に、心配になっていたのですか?」
「え」
「本当に心配はご無用ですよ。ポメリー嬢のことは僕が守ります」
「殿下……」
するとジョシュが控えめに私の手をぎゅっと握った。
その慎ましやかな行動に彼の誠実さを感じてしまう。
(私を好きで、私が他の令息とワンナイトするぐらいならと、あの夜を共に過ごしてくれた。でもジョシュはこの国の王太子として、本当は正しく挙式した日の夜、初夜を迎えたかったのではないか。どうせ死亡フラグが回避できないのなら、冥途の土産を作りたい――そんな前世の感覚を持つ私の我が儘に、真面目な彼を付き合わせてしまったように思える)
「……殿下、ごめんなさい」
「急にどうしたのですか!?」
「私の都合で殿下を振り回してしまいましたよね……」
「そんなこと、ないですよ!」
「でも殿下は完璧な王太子として、王道を歩むべきだったのです。私などとワンナイトを過ごさず、ちゃんと結婚式を挙げて、その日の夜に――」
その先へ言葉が続かないのは、ジョシュがキスをしたから!
「僕のことを完璧な王太子と呼ぶ人は多いのですが、決してそんなことはないんですよ」
ライトなキスを終えたジョシュはいたずらっ子の笑みを浮かべる。
「夢の中では何度もポメリー嬢のことを……。それにあの夜、僕は自分の意志であなたと過ごすことを決めたのです。僕がそうしたいと思ったのですから、もうこれ以上この件で悩んだり後悔したりする必要はないですよ」
思わず「殿下……!」とうるっとなり、抱きつきそうになったところで「ストーップ!」と心の中でブレーキを踏む。
(いい流れだった。とてもいい流れ。ついこの流れに身を任せたくなるけど、そうではない! 大切な話をするために、ジョシュに部屋へ来てもらったのだ、私は!)
ぐっとその胸に飛び込むのを我慢し、私は神妙な顔になる。それを見たジョシュは不思議そうな顔をしているが……。
「殿下にお伝えしておきたいことがあります!」
「何でしょうか、ポメリー嬢」
ジョシュは全力の笑顔で私を見た。その表情からどんなことを私が言いだそうと、受け止めることができるという彼の強い意志が感じられる。
(これなら物語の進行より少し早まる聖女召喚も、きっとしてくれるはず!)
期待で胸を高鳴らせながら、私は口を開く。
「実はタロットカードの占いには続きがあるんです」
「そうなのですか?」
「はい。やはり自分がそんな病でこの世を去る……そんなこと、簡単には受け入れられないですし、何とかしたい。そんな思いから、未来を変える方法がないかも占ってもらったのです」
私のバッドエンドの未来を変える方法――当然、ジョシュは気になるようで、その表情がキリッとする。
「どんなカードが出たのですか?」
ここが正念場だ。私も表情を引き締める。
「まさに未来の暗示と思えたのは、一枚目でWheel of Fortuneが出たからです」
「Wheel of Fortune……流れが変わる……つまり運命の変化を示すカードですね」
「はい。次に出たカードはDeathですが、逆位置でした」
「Deathは死神ですが、それが逆位置ということは……仕切り直しですね!」
ジョシュの理解がスムーズなので私は嬉しくなりながら答える。
「まさにその通りです! 破滅ではなく、新しい未来が始まる可能性の示唆です」
「でもそれだけですと運命を何が変えるか分かりませんね。……三枚目のカードも引いたのですか?」
「引きました。出たのはThe High Priestessです」
「The High Priestess……女性の教皇、ですか」
そこでジョシュは考え込む。
「The High Priestessが示すのは叡智や神秘……」
ジョシュの呟きに応じる。
「占い師に『これは人智を超えた女性が、お嬢様のバッドエンドの未来を変えてくれる。古より、この国で危機に瀕した時、歴代の王家は聖女を召喚していました。お嬢様の死を回避できるのは聖女です』と言われたのです」
私の言葉を聞いた瞬間、ジョシュの表情がズンと沈みこむ。
「殿下、どうされたのですか……?」
私が助かる方法が分かったのだ。もっと喜んでくれるのかと思ったが……。
「ポメリー嬢は王家の聖女召喚について詳しいのですか?」
「え……いえ、占い師が言ったレベルのことしか知りません」
私がそう答えると「それなら仕方ないですね」とジョシュは少し元気のない表情で微笑む。
「殿下、聖女の召喚には何かあるのですか……?」
さっきまでの勢いは私になく、不安を覚えながら尋ねると、ジョシュはテーブルに置いていた私の手をぎゅっと握る。その手から伝わる温もりを感じると、猛烈に彼に抱きしめて欲しい衝動に駆られてしまう。
(余命三カ月で覚醒してから、ずっと一人で奮闘してきた。誰かに相談することも頼ることもできず。でも……私、ずっと不安だったんだ……)
ジョシュの温もりに甘えたい――不安が強まった今だからこそ、なおのことそう強く感じていた。
「聖女というのは、ここではない世界から召喚されます」
「そうなのですね……。天界から召喚するのですか?」
ここは前世小説の知識はないふりをする。
「過去に王家が召喚した聖女は、天界とも違う、別の世界からこの世界へやって来るようです。文明も文化も全く異なる世界から」
「なるほど」
「聖女として召喚され、顕現した時から聖なる力を持ち合わせていますが、当人は『私は皆さんと変わらない、ただの凡人です』と言うそうなんです。人間離れした崇高な存在かというと、そうではない。人間と同じように喜怒哀楽があり、そして――」
ジョシュが紺碧の瞳で私を見る。
「見知らぬ世界に来て、孤独を強く感じているのです」
聖女の話をしているのに。まるで自分のことを言われているようで、ドキッとしてしまう。
「聖女が召喚されるのは国が危機に瀕している時です。何もわからずいきなり聖女として召喚された少女は、それでも必死にこの国のために尽力するしかない。そんな聖女には感謝しかないですよね。そして国を代表してその感謝を伝えるため、聖女を召喚した王家の者は彼女と結婚する習わしになっています」
これには驚きで言葉が出ない。
知らなかった。小説ではそこまで細かい設定は書かれていなかった。
(いや、もしかすると最後の方には書かれていたかもしれない。でも私は、残り数ページを読む前に事故死していたから……)
物語自体はハッピーエンドを迎えていた。だから最後のエピローグを読んでいなくても、全部読み切った気持ちになっていたが……。実はエピローグで最後の最後の謎解きが書かれていた可能性は――。
ゼロではない。
「慣習に従うため、聖女を召喚できる王家の者は男子であり、未婚、つまり経験がないことが求められます」
「え!」
「未経験であることが必須条件なんです」
「え、でも……その……経験の有無なんて、分からないですよね……?」
「そこを偽っていると、そもそも聖女を召喚できないそうです」
お読みいただき、ありがとうございます!
まさかのヒーローの童貞が重要だった件www
どうなる、ポメリー!?
続きは明日の19時頃更新です!
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡


















