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穏やかで落ち着いた様子なのに、ぐいぐい来るジョシュに、完全に呑まれてしまいそうになるが、ここは一度冷静になった方がいいだろう。
そう思った私は王宮に行くことには前向きだが、どのみち準備も必要なのでという名目で、三日の猶予をもらった。
ちなみに両親は全力で病を治すために協力するというジョシュの申し出に異論はない。もし病が治り、そのままジョシュと婚約できたら……ラウンズベリー伯爵家としても大万歳だった。
何はともあれ、三日間の猶予の間に猛烈に考えることになる。
まさかの展開で、ヒロイン登場前のこの世界で、ヒーローから私は熱愛されていた。その事実に一つの可能性を考える。
私はヒロインである聖女登場のトリガーなのだ。だからこそ聖女登場前に消える運命だと思い込んでいた。
(でもこんなふうに出来ないかしら?)
この世界で聖女を召喚できるのは王家の人間。ならばジョシュに頼み、私が薔薇熱を発症する前に、聖女を召喚してもらえばいいのでは……?
申し訳ないが彼の善性と恋心を利用する方法を思いついてしまった。
(すでにジョシュとは体で結ばれている。そしてその体験は極上のもの。それでなくともジョシュは文武両道、容姿端麗、高潔無私と言われ、全て揃った完璧王太子なのだ。好きになる要素しかない。ジョシュのこと、好きかと聞かれたら……好きだ。どうしたって好きになってしまう)
それでも恋愛できるのは生きているから。死んでは恋愛も何もない。
(だからヒロインである聖女が登場し、私が病を発症したら、まず治癒してもらう。それが終わったら私はジョシュの前から消える。そしてこの世界の片隅でひっそり生き続けるのが正解)
ヒロインである聖女さえ召喚されてしまえば、小説の世界の設定もある。私への恋心なんて吹き飛ぶだろう。
頭の整理はつき、王宮へ向かうための荷物の整理はメイドがしてくれている。
三日後。
ジョシュと約束をした三日後、私は侍女とメイドを数名連れ、王宮へと向かった。
◇
「お嬢様、とても広いお部屋ですね……!」
「本当ね。前室に暖炉が二つ。寝室に専用バスルーム、衣装部屋も別にあるのね。そして専用の庭もある。その庭には噴水もついているわ……」
伯爵邸の自室も前世の私からしたら十分にゴージャスなものだった。だが王宮で私のために用意された部屋は……前世の一軒家並みだった。
「お、お嬢様、大変です!」
トランクを手に衣装部屋に向かったメイドが血相を変えて前室のソファに座る私のところへ戻ってくる。
「どうしたの?」
「お嬢様もご覧になれば分かります……!」
そう言われ、衣装室に行き、仰天することになる。
「これは……」
衣装部屋の半分が美しいドレスで埋まっている。ドレスの下のスペースはシューズボックスで、そこには宝石があしらわれたパンプスがズラリと並ぶ。さらに衣装部屋の入り口には作り付けの棚があるのだけど、そこには煌めく宝飾品が並べられている。
「こちらにも部屋があって、そこには帽子やカバン、日傘が……」
侍女に言われ、そちらの小部屋を見て、やはり驚くことになる。
「これは全て王太子殿下が揃えてくれたんですよね!?」
「そうね……すごいわ。驚いたわ……」
ジョシュ自身、身一つで来ればいいと言っていたけれど、本当にその通りだった。
ひとまず荷解きをメイドに任せ、ソファに戻る。この状況に驚く気持ちを、紅茶を飲みながら落ち着かせていると、来客があると言う。
「ジョシュ王太子ではないわよね?」
「宮廷医の方です!」
そう言われて「あぁ!」となる。
まだ薔薇熱を発病していないが、現状の体の状態を見るために、宮廷医が診察してくれることになっていたのだ。
「失礼いたします!」
前室に現れた宮廷医は、ダークブラウンの髪を左側で束ね、メガネの奥の瞳はエメラルドグリーン。年齢としては二十代後半と思われる若き彼は、白衣姿のキリッとした表情で挨拶をしてくれる。
「宮廷医ラスクと申します。今日はラウンズベリー伯爵令嬢の健康状態を調べさせていただきます!」
前世に比べると医療水準が高いわけではないが、宮廷医は王族の健康を預かっている。だからこそ勤勉で真剣。じっくり私の体を点検し、その結果……。
「病の兆候はゼロです。現時点のラウンズベリー伯爵令嬢は健康そのものです!」
健康そのもののお墨付きをもらえている。でも何もしなければ来月の今頃、私は薔薇熱により、天に召されてしまう。しかも王都で一気に広まるが、未知の熱病なのだ。予防を講じるのも難しかった。
小説の中の設定とはいえ、理不尽だと思いつつ、まだ若いが熱心な宮廷医の彼からなら、薔薇熱に関して何かヒントを得られるかもしれない。
(伯爵家の付き合いのある医師に聞いたところ、熱病は原因不明の熱が出るものが全て熱病と言われているとのこと。薔薇熱は未知の病とされているが、いずれかの熱病と似ており、治療方法を応用できないかと考えたが、それはすぐに難しいと分かってしまう。そもそも原因不明のため、予防も難しく、効果抜群の治療法もない。何よりこの世界で予防の概念は薄く、対症療法しかないと言われていたけれど……)
もしかしたらと尋ねると、ジョシュ同様の真面目そうな宮廷医ラスクはしばし考え込み、そしてこんな見解を述べる。
「顔や唇が赤くなるような熱病……。そうですね。そのような症状がでる熱病ですと、猩紅熱が知られています。ただ感染するのは子どもが多い。急な高熱、喉の痛みで、顔が赤くなります。舌も真っ赤になり、全身に発疹も出る。ですがこれらに当てはまる症状はラウンズベリー伯爵令嬢にはありません」
「なるほど。ちなみにその猩紅熱の原因は分かっているのですか? 予防策などあるのでしょうか?」
「難しい質問ですね。すでに症状がある者と一緒に過ごしていると感染したという話を多く聞きます。でも原因の特定には至っていません。感染が疑われる者がいたら換気をして、清潔にする。同室で過ごす時間を極力減らすよう、患者とその家族にアドバイスをするしかないですね」
どんな病であろうと、この世界の現状の医療水準では、似たり寄ったりの予防策しかない。最終的に聖女にすがる=神頼みがまかり通るぐらいなのだ。
「そもそもどうしてこの熱病が発症するのか。それは不明なんですよ。自分の考えではこの病の原因となる何かを人は持っていて、条件が適合すると発症するのではないかと思っています。でもそれを実証するのが難しく……。予防も難しいですね」
(細菌もウィルスもこの世界ではまだ存在が確認されていない。そんな中で懸命に戦う医師たちは……本当に大変だと思う)
ただ、猩紅熱なら前世でも聞いたことがある。この世界でもその名前で存在しているなら、猩紅熱=薔薇熱ではなさそうだ。
(そして薔薇熱は気づいたら死に至る状態になっている。頬が紅潮したり、唇が赤くなったりするのは多分、初期症状。その次に来るのは眩暈だったり、倦怠感だったりで、それが病であるとは分かりにくい。そんな緩やかな症状から一転、一気に昏睡状態になるのだから……)
薔薇熱の原因はやはり細菌やウィルスなのか。
医療の知識がないことが悔やまれる。
(いや、でも聖女が召喚されたら一発で解決するのだから!)
私はジョシュに聖女の件を話してみることにした。
◇
「ポメリー嬢、落ち着きましたか?」
既に成人しているジョシュは王太子として公務がある。日中は公務で忙しいと分かっていたので、夕食の前のわずかなエアポケットのような時間に彼に話をしたいと持ち掛けてみた。すると早速、私の部屋を訪ねて来てくれたのだ。
「殿下、私のためにいろいろと用意してくださり、ありがとうございます」
広々空間の前室にはソファセットもテーブルセットもある。テーブルセットは本格的な食事が出来そうなものと、ティータイム用の丸テーブルがあったので、後者にジョシュを案内し、向き合う形でそれぞれ椅子に腰かけた。そこでまずはこうやって王宮に部屋を準備してくれたこと、沢山のドレスや宝飾品などを用意してくれたことへの御礼の気持ちを伝えると……。
「うん。でも僕だけではなく、母上や父上からのものも多いんですよ」
「え、そうなのですか……!」
「ポメリー嬢のことは全部、両親には話しています。病のことも含めて。宮廷医ならまだしも、医学院の教授や、他国の名医を動かすには……僕だけでは無理です。両親は僕が長らく片想いしていた相手がポメリー嬢であると分かり、そして病を恐れていると知ると……あなたを元気づけたいと僕以上にドレスやら宝飾品を用意してくれました」
これを聞いた私は盛大に汗をかくことになる。
(この後の夕食会で、国王陛下と王妃殿下と顔を合わせることになっている。まさか私とジョシュがワンナイトラブをしたことや、私が迷走をしていたことまで知っているのかしら……!?)
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生きるOR愛という究極の選択
生きていないと恋愛はできない……果たしてポメリーの策は上手く行くのか!?
続きは今晩19時頃更新予定です。
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