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衝撃だった。
私は冥途の土産の思い出のために、ジョシュとワンナイトラブを決行してしまった。その結果、ジョシュは……この世界のヒロインたる聖女を召喚できない王太子になっていたのだ……!
(まさか聖女を召喚できるのは未経験な男子だけだったなんて……!)
「聖女を召喚したら、僕はどうしたって彼女と結婚しなければなりません。そんなのは……嫌です。僕の心と体はポメリー嬢に捧げると決めていたのですから。そして実際、既に僕のすべてはポメリー嬢のもの。聖女に捧げる必要はない――そうではないですね。もう聖女は召喚できないので、その点を心配する必要はありません」
それはそうだ。聖女は召喚されない。ジョシュはモブであるポメリーのもの!……ではない! そうではない! そうはならない!
(だって私が薔薇熱を発病する前に聖女を召喚してもらえたら助かる――この未来は閉ざされた。ジョシュとヒロインのハッピーエンドがこの世界では成立しなくなっただけではなく、ポメリーの生存の可能性も完全に閉じられたということ。やはりポメリーはこの世界では詰む……!)
まさにお先真っ暗。振り出しに戻った。
(いや、それ以上の最悪な状況では? 自分の冥途の土産の思い出のために、この世界の未来を台無しにしてしまったのでは!?)
まさかのワンナイトラブが国を滅ぼす。そんな冗談みたいな未来が現実になりつつある。
(これって前世のトロイアの滅亡と同じ? この国、引いてはこの世界が滅びる原因は私のワンナイトラブです!?)
「ポメリー嬢と僕を引き裂く可能性を排除できたのは喜ばしいのですが、ポメリー嬢の未来を変える可能性が失われたのは……。ただ僕は全力で動きます。聖女の力を借りなくても、僕がポメリー嬢を助けます」
ジョシュの表情は力強く、決して未来を諦めていないと伝わってくるけれど……。
この世界の医療水準を考えたら、神頼み=聖女ぐらいしか助かる見込みはない気がする。
(私がワンナイトラブを決行したがために、自分だけではなく、この国とこの世界の滅亡のカウントダウンを始める事態になってしまった。これは……何とかしないといけない!)
そこで侍女が遠慮がちに声をかける。「間もなく夕食の時間です」と。
「ポメリー嬢、心配しないでください。僕はこれまでいくつもの試練を超えてきました。絶対にポメリー嬢を病から救ってみせます」
「殿下……」
「さあ、夕食へ行きましょう。父上も母上もポメリー嬢に会えること、楽しみにしています」
◇
国王陛下夫妻との夕食は……とても楽しいものだった。
最初はヒロインが……聖女がこの世界に絶対に召喚されない事実に打ちのめされていた。だがジョシュを含めた四人だけの夕食会がスタートすると……。
「ポメリー嬢、今宵はそなたのために珍しい料理を用意させた。異国の料理、ぜひ楽しんで欲しい」
「ポメリー嬢、デザートはこのワゴンから好きな物を好きなだけ召し上がっていただいていいのよ」
夫妻は心からのもてなしをしてくれた上に、いろいろ質問して、私のことを知ろうとしてくれた。そしてジョシュの子ども時代のことを話し、私を王家の一員としてではなく、家族として迎えようとしてくれることが強く伝わって来たのだ。さらに――。
「ポメリー嬢は我々と既に家族も同然。王妃もわしも協力する。病など絶対にねじ伏せてみせよう。心配する必要はない。病は気からともいう。心を強く持つことが第一じゃ」
そんなふうに言ってくれるのだ。そこまで言われたら元気だって湧いてくるというもの。
ご機嫌で部屋に戻り、入浴を終えた私に侍女が声を掛けてくれる。
「お嬢様、ナイトティーですが、最近貴婦人たちの間で人気の『新雪糖』を入手できたので、ご用意しました!」
「新雪糖? 初めて聞いたわ」
可愛らしい薔薇が描かれた陶器の蓋を開けると、いつものブラウンシュガーと違い、新雪のように白く、薔薇のいい香りがする砂糖が入っていた。
(前世では砂糖は白が当たり前だった。でもここでは違う)
この世界ではまだまだ高級品の白い砂糖を紅茶に入れ、一口飲むと……。
「薔薇の香りだけではなく、味も薔薇になるのね」
「そうなんですね! 貴婦人の間で人気になるのがよく分かりますよね。お嬢様もこちら、気に入りましたか?」
「ええ。とても気に入ったわ!」
「王宮宛でお願いすると『もちろんすぐにお届けします!』と言ってもらえるそうなので、今ある分がなくなったらまた手配しておきます」
侍女の笑顔につられて「ええ、ぜひそうして頂戴」と答えてしまったが……。
(もう残された時間は一カ月を切っている。次の入荷が必要になるまで私は──)
盛り上がっていた気分が沈みそうになる。
(いや、余計なことは考えない。国王陛下も病は気からと言っていた)
王宮滞在一日目はこうして終わりを迎えた。
◇
王宮滞在二日目は朝から宮廷医ラスクの訪問を受ける。
「これから毎朝、ラウンズベリー伯爵令嬢の健康状態を観察させていただきます。王家の皆さんも毎朝そうしているので、煩わしいかもしれませんが、よろしくお願いします!」
宮廷医ラスクは恐縮してそう言うが、王族と同じ待遇をしてもらえることに文句などあるわけがない!
と言っても前世ならこんな時、血圧や体温、脈を測りそうだが、この世界はそうではない。代わりに聞かれるのは──。
「王宮での滞在で、これまでと変わったことは何かありませんか?」
日々の変化を宮廷医ラスクは記録にとるようだ。
「そうですね。ベッドが伯爵邸の自室のものより快適で、熟睡できました」
なんてことを報告すると、彼は熱心にメモをとる。
(これで薔薇熱を撃退出来たらまさに奇跡ね)
自分の身に降りかかる災難なのに、どこか他人事になりかけてハッとする。
(薔薇熱は私だけの問題ではない。聖女が来ないまま薔薇熱が蔓延すればこの国が滅んでしまう……!)
そこで私は改めて薔薇熱について検証することになる。
朝食の後の私は自由時間になっていた。そこで部屋に戻ると、前世記憶が覚醒してすぐにメモした薔薇熱に関する情報にもう一度目を通す。
薔薇熱の感染は貴族の間で広まる。しかも感染者は圧倒的に貴族の女性が多い。
(貴族の男性や子どもで感染がゼロというわけではない。でも相対的な数は貴族令嬢が多い)
それはそれで不思議だった。
前世の知識だと、ペストの被害者の多くは平民。貴族も免れることは出来ないが、ペストの流行に合わせ、貴族は土地の移動も行っていた。つまり感染が広がる場所から逃げ出すことができた。対して平民はそんな移動が難しい上に、衛生環境、密接した住環境、医療の格差――これらが感染しやすい条件になっていたと思う。
だが薔薇熱は違っていた。
平民の感染者はほぼなく、貴族たちが薔薇熱にかかる。だからこそ、貴族病や贅沢病なんて揶揄もされていたのだ。
(でも本当にそんなことってあるのかしら? ここが小説の世界だからそんなことが成立するの?)
でもこの事実が突破口になる気もしていた。
そこに隠された因果があるのか。真剣に考えることになった。
◇
今日は国王陛下夫妻と王太子が宰相ら重鎮との毎週の昼食会に出席している。そのため私は一人で昼食をいただくことになった。
(前世では一人暮らしだった。でもこの世界ではなんだかんだで誰かと一緒に食事をしていた。改めて一人で食事は……)
一人と言っても完全に一人ではない。給仕をしてくれるメイドもいるのだ。でもなんだか寂しい。
なんてセンチメンタルに浸っていたら、「ポメリー嬢」とジョシュが部屋を訪ねて来てくれたのだ!
「先ほど、ルノーア国の使節団と面会していました。そこでこちらをいただいたのですが……」
食後のコーヒーを丸テーブルでいただいていた私のところへ来たジョシュが取り出したのは……。
お読みいただき、ありがとうございます!
ワンナイトラブ、国を滅ぼす……!
気になる続きは明日19時頃に更新します。
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