11
ジョシュが箱から取り出し、私に差し出したのは、大粒のブルーダイヤモンド!
「ポメリー嬢の瞳のような美しさ。これでネックレスを作るのはどうでしょう?」
「とても綺麗なダイヤですね。ネックレスにしたら映えると思います! 王妃殿下へのプレゼントですか?」
「違います! ポメリー嬢に贈ります!」
これに私はどう反応していいか分からない。
(このサイズのブルーダイヤモンドでネックレスを作る。デザインを決めて、材料を調達してダイヤを研磨したら一カ月以上かかる。完成する頃に、私はこの世界にいない……)
「……メリー嬢」
私のお墓に捧げてくれるのかな。
「ポメリー嬢!」
ハッとして顔を上げると、ジョシュの紺碧色の瞳と目が合う。
「未来を諦めないでください」
「殿下……!」
「諦めない気持ちが重要です。諦めた瞬間からこの世界と一線を引いてしまい、何か大切なことを見落とす。でも……もしポメリー嬢がどうしても辛いなら休んでください。僕が全力でポメリー嬢の代わりに未来を手に入れます」
ジョシュの言葉に胸が熱くなる。
(ジョシュは……なんて強いのだろう)
眩しそうに彼を見上げると、椅子に座ったままの私をふわりとジョシュが抱きしめる。
「一人で不安を抱えて、ここまで頑張って来たのです。よく頑張りました。もう大丈夫。僕がついています。甘えてください。僕はそれを受け止めるだけの器量を持ち合わせているつもりです。そうなれるよう、これまでもこれからも努力しますから」
ジョシュが欲しかった言葉を全部言ってくれるので、私は今にも泣きそうだ。
(でも……私は守られるだけのお姫様ではない。雑草魂逞しいモブなのだ。負けない。この世界に! たとえこの世界が全力で私を退場させようとしても、踏みとどまってみせる!)
◇
固い決意でヒロインは強くなる──それが物語のセオリー。でもこれが当てはまるのはあくまでヒロイン。モブではないようだ。
「お嬢様……お顔が赤いですね」
「えっ……」
「でもバカンスシーズンも始まりましたし、気温も高いですものね。チークもいらない血色ですし、唇も……ルージュいらずですね!」
王宮に滞在して十日経った日の朝、目覚め掛けに侍女に言われた言葉で、私は冷水を浴びた心地になる。
(顔が赤い、唇が赤い……つまり私に薔薇熱の初期症状が出始めている……)
王宮に併設された図書館は王族専用。だが今回、私は特別に利用することを許され、連日足を運び、この世界の病気に関する本を読み漁っていた。
ティータイムの時間もこもっていると心配した王妃殿下がお茶に誘ってくれたり、ジョシュも美味しそうなスイーツを手に訪ねてくれたりした。国王陛下は翻訳された最新の医学書を取り寄せ、私にプレゼントしてくれたのだ。
(私は薔薇熱に負けない。原因もしくは治療法を見つけ、絶対に生きて見せる。そしてこの国で薔薇熱が蔓延しないよう、頑張る!)
私の両親も宮殿に足を運び、好物のフルーツや菓子を差し入れ、私を励ましてくれた。
(こんなにも応援してくれる人もいるのだ。私は絶対に負けないわ!)
そう誓って今日までの日々を過ごしていた。
(毎日の宮廷医ラスクの診察でも問題はなかったのに……!)
ベッドで上半身を起こし自分の掌を見つめる。
(体温も……普段より高い気がする)
薔薇熱の初期症状は高熱には至らない微熱。初夏のこの季節では体温の高さなのか、気温の高さなのか、判別もつきにくい。だから小説の中でポメリーは初期症状を見過ごし、中期も夏バテぐらいに思ってしまい、そして気づいた時に末期だった……。
(そうはならないつもりでいたのに!)
小説ではポメリーの病状の詳しい描写はなかった。でも聖女の召喚は夏の終わり。今はまだ初夏。
(早い。早まっている気がする。ポメリーに残された時間は……予想より少ないのかもしれない)
「おはようございます、ラウンズベリー伯爵令嬢!」
いつも通りの笑顔で宮廷医ラスクが挨拶をしてくれたが、私の表情はひきつっている。
「おや……頰が赤い。唇も……」
そこで宮廷医ラスクが「失礼します」と言い、私の手を取り、額に触れる。
「いつもより熱いですね」
宮廷医ラスクの言葉にうるっとしてしまう。
(やっぱり私、薔薇熱で……)
「では殿下に言われていた通り、すぐに分析を始めます!」
宮廷医ラスクはそう言うと、侍女に声をかけ、私に確認する。
「微熱はあっても食欲はありますよね?」
「食欲は……はい。いつも通りかと」
「ではいつも通りで大丈夫です。着替えて食事を。大丈夫です。普段通りで」
普通にしていいと言われたことの安心感は半端ない。
病人だ、もうダメだと思った気持ちが一気に上向く。しかも着替えている間に侍女はジョシュに報告を入れてくれたようで、彼は朝の馬術と剣術訓練を終えた後、朝食のためにダイニングルームへ向かう前に、私を訪ねてくれたのだ。
「おはようございます、ポメリー嬢! 微熱があるとお聞きしましたが……」
明るいスカイブルーのセットアップ姿のジョシュは、アイリス色のドレスを着てソファに座る私に歩み寄る。
「ポメリー嬢、大丈夫です。ちゃんと調査すれば、病の原因も分かるはず。そのために毎朝ラスクがあなたの健康観察を続けてくれたのですから」
そう告げると、朝からジョシュは私を熱烈に抱きしめ、「気に病む必要はありません。食欲があるのは良いことです。食事をして、横になってください。不安であれば、書物を読むことは止めません。ただ、心配になる必要はないです。必ず僕がポメリー嬢のことを守ります」と言ってくれたのだ!
余命三カ月で覚醒したばかりで、一人で何とかしなきゃと思っていた時の私だったら、こんなことを言われても「何を根拠にそんなふうに言えるのですか!?」と噛みついていたかもしれない。でも今は違う。
(ジョシュは信頼できる。彼の言葉を信じよう)
そんな前向きな気持ちになれたのだ。
しかもジョシュだけではなく、国王陛下夫妻もこう言ってくれる。
「ジョシュアはとても賢い。幼い頃からピンチに負けず、前に進んできた。今回もジョシュアは策を練っていた。大丈夫だよ、ポメリー嬢」
「ポメリー嬢が気に入ってくれたデニッシュ、今日はチョコレートを練り込んだもの、アプリコットジャムを詰めたもの、ダークチェリーのコンポートを添えたものを用意させたわ。これを食べて元気を出して!」
こんなふうに言われたら、くよくよなんて出来ない!
もう気持ち的にはいつも以上に元気となり、「ありがとうございます!」と答え、朝食もぺろりといただくことができた。するとジョシュは食後、公務で忙しいだろうに、部屋まで私を送ってくれたのだけど――。
朝食を終えて部屋に戻ると、前室のテーブルに宮廷医のラスクとその助手、ジョシュの補佐官、そして私の侍女たちが沢山の書類と文献を開き、何やら大騒ぎをしている。
「どうしたのですか、皆さん!?」
驚く私にその場にいた全員が笑顔になる。
「殿下に言われた通り、日々記録を取り、侍女の皆さんにも協力してもらい、王宮に滞在してからのラウンズベリー伯爵令嬢が身に着けたもの、召し上がったもの、飲んだもの、触れたもの、全て記録していました。その中で、ラウンズベリー伯爵令嬢にとって初めてとなるものの特定は既に出来ています。今、それらの中で、過去に病を引き起こしたものがないか、照合している最中です!」
これを聞いた私は目が点になり、ジョシュを見る。
「王家では過去に毒殺で多くの者が命を落としています。そこで僕はこの方法を編み出したのです」
「それはつまり……」
「毒というのは何らかの方法で、当事者の体内に摂取される、もしくは体外に付着する。そのルートを探ることで、毒の特定につながるのです。謎の病についても同じ発想で、病をもたらす何かを見つけ出すことはできないかと考えました」
ジョシュの言葉を聞いた私は、観察と記録を組み合わせ、病気の原因を特定しようとする手法が、まさに前世の公衆衛生学と疫学の基礎であることを思い出す。
(私が大学の一般教養の公衆衛生学で習ったことを、ジョシュは王家の過去の歴史から学び、自ら応用している! なんてジョシュは聡明なの……!)
胸熱になっている私にジョシュはさらに教えてくれる。
「宮廷医であるラスクは、多くの病気が体内にある何かが外的な要因で突然変化し、病を起こすと考えています。その場合でもトリガーになる何かはこの方法で特定できるはず。敵の正体の一部でも分かれば、対策を練ることができます。特定された何かをポメリー嬢から遠ざければ、病が収まったり、進行を止められたりする――そう信じています」
お読みいただき、ありがとうございます!
ポメリー、頑張れ! 薔薇熱に負けるな!
応援を込めてブックマークや評価など、ぜひよろしくお願いいたします☆彡
明日はお昼にも更新します!


















