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ジョシュは神頼みのような不確実なことではなく、論理的な思考で冷静に宮廷医ラスクに指示を出していた。そしてその発想はまさに公衆衛生学と疫学の礎になるもの。
(信じてよかった。ジョシュなら聖女がいなくても、この世界から薔薇熱を自らの采配で撲滅できる可能性が高い……!)
「僕も本当はラスクらと一緒に病の原因となる何かを特定したいのですが……どうしても公務があり……。僕は直接手を動かせませんが、必ず皆が見つけてくれるはずです」
「殿下、ありがとうございます! 今のお話を聞けただけで、私は十分安心できました。もう不安も心配もありません。ここからは私も調査を手伝い、病の原因になりそうなものを特定します! 殿下こそ安心して、公務に臨んでください!」
私の言葉に、ジョシュの顔には眩しい程の笑顔が浮かぶ。
「良かったです。ポメリー嬢が心からの笑顔になったのを見て、安心できました。……ティータイムまで、昼食も含め、公務となりますが……時間ができたらまた来ます」
「はい! お待ちしています、殿下」
そこでジョシュがふわりと私を抱きしめ、キスをしようとするが――。
「殿下、ごめんなさい。今はダメです」
「ポメリー嬢……」
「病の原因が特定でき、殿下にうつることがないと分かったら……」
「分かりました。それまで我慢します」
もう一度私を、今度はぎゅっと抱きしめると、ジョシュは公務へと向かった。
◇
ジョシュが公務へ向かった後も、前室には次々と文献や書物が運ばれてくる。宮廷医ラスクも侍女も、ジョシュの補佐官も私に休むように言ってくれたが……。
「とても横になって休める状態ではないです! 何より『しっかりしなきゃ』と朝食を頂き過ぎました。満腹で横になる方が辛い状態です。手伝わせてください。お願いします!」
私が頭を下げると、みんな驚き「そこまで言ってくださるなら、無理のない範囲でお手伝いお願いします!」と宮廷医ラスクが折れてくれる。私は「ありがとうございます!」と早速、調査に着手。
手分けして確認作業を行った結果、昼食を挟み、ティータイムの時間直前で調査が完了した。
「皆さん、ありがとうございます! 飲み物とお菓子、軽食を用意しました。休憩してください!」
私の指示でこの部屋にいる全員分のお茶の用意ができていた。ソファや椅子に全員が着席すると、白衣姿の宮廷医ラスクがみんなの調べた結果を発表する。
「皆さんが手分けして調べたことで、ラウンズベリー伯爵令嬢の微熱と顔や頬の赤さを引き起こしているかもしれない原因として考えられるものを、五十個ほどに絞り込めました」
この結果には本当に驚くしかない。何せその五十個の中には、シルクや羽毛布団や枕まで含まれていたのだから。
(ただ、あながちそれが間違いではないのが難しいところ)
たとえば羽毛布団や枕。羽毛に罪はない。だが羽毛に付着した微生物や糞、ダニやカビにより病気は……確かに引き起こされる。
(前世のうろ覚えの知識だけど、確か鳩の糞が原因になることが多いとされる病気があったはず。オウム病という病気も聞いたことがある)
羽毛そのものは悪ではないが、羽毛を避けることで、病気の発症を抑制することには……一定の効果がありそうなのだ。
そしてシルク。
シルクと言えば、前世では吸湿性と放湿性が高く、断熱性もあり、体温調整に優れているということで寝間着にいいと聞いたことがある。そんなシルクがこの世界で肺病を起こすと考えられてしまうのは……仕方ないように思える。
医師が悪いと考えるシルクは薄手のタイプ。この手のシルクはシフォン、オーガンジー、薄手のタフタやサテン生地として、女性の下着や寝間着として使われていた。風通しがよく、ヒンヤリとした触れ心地で夏には快適。だが医師は、この薄手の生地で『体が冷える=体温を奪う危険な素材』と考えていた。体が冷えて、弱り、肺病につながる――というわけだ。
(羽毛の件はまだ説明しやすい。羽毛自体ではなく、そこに付着する糞やカビは目に見えるものだから。でもシルクの良さを説明するのはなかなか難しい)
「五十個ほどありましたが、ラウンズベリー伯爵令嬢の知見により、半分は病の発症とは直接的に関係がないと分かりました」
つまりは私でも誤解であると証明できるものは排除したわけだ。羽毛しかり、冷たい井戸の水しかり。そう、井戸の冷たい水で病気になると信じているが、冷たさではなく、単純に汚れた井戸水が危険であることを説明したのだ。
(布で濾すだけでも汚れが見えるし、井戸の中にゴミや虫が混入していたり、藻が生えていたりすることもある。目に見えるものは証明しやすい)
「病の原因なのか、特定はできませんが可能性があるものはリストに残しました。その一方で原因につながるかもしれない物は、ラウンズベリー伯爵令嬢が伯爵邸で長らく使い、問題がなかったものに変更したり、素材を変更したりすることにしました。この対応で、原因の可能性リストから半分ほどが消えました」
この特定不可能だが可能性ありの中には、なんと銀食器や銀細工も含まれており、私は驚いてしまう。
銀は体を冷やし、金は体を温めるという不思議な概念がこの世界では存在していたのだ!
でも銀を悪と考えるのはこの世界の医師たちで、貴族は銀食器を愛用している。銀は毒に触れると変色し、腐敗を防ぐと貴族たちは考えていたのだけど……。でもこれはあながち間違いではないと思う。前世では銀イオンには抗菌作用があるといわれ、そういった製品も見かけた記憶がある。
ではなぜこの世界で医師たちは銀を悪と考えるのかというと……。
(多分、純銀ではないからね。限りなく純銀に近いものは問題ない。問題になるのは安物)
この世界では鉛や錫を使い、銀メッキにした粗悪品も出回っている。そちらが問題を起こしているのではないかと思うのだ、多分。
(ただのモブだから何でも知っているチートはない。だから断言できないのだけど)
なんとなく、純銀であれば問題ないと思うが、それを証明する術も知識も私にはない。だから銀食器ではなく、この世界の医師がおすすめする金食器に変更することにしたのだ。
金の食器。高そうだけど、銀細工の宝飾品も売ることで、お金を工面し、主要な食器は金製品に変えることにした。
こんな感じで病につながりそうな物を排除していった結果……。
「残ったものの中で、熱病ではない、別の病を引き起こすものは消していきます。そうするとある物質が浮上しました。それはこれまでラウンズベリー伯爵令嬢が口にしたことはないもので、この王宮に来てから口にするようになったものです」
宮廷医ラスクがそう言った直後、私の侍女が悲痛な声を上げる。
「大変申し訳ありませんでした。まさかお嬢様の病の原因になるとは思わず……」
そこで侍女のエミリーが崩れ落ち、他の侍女がその体を支えた。私も駆け寄り、エミリーをぎゅっと抱きしめる。
「エミリー、あなたは何も悪くないわ。王都の貴婦人の間で流行しているものを私に用意する。それは私を喜ばせるためでしょう? 実際、それを気に入ったのは私で、あなたは私のためにそれを毎日の紅茶に添えただけ。エミリー、あなたに罪はないわ」
「お嬢様……!」
エミリーが涙ぐむ。
そうなのだ。いろいろ確認し、検証した結果。この王宮に来てから初めて口にして、そして毎日のように口にするようになったもの、それはただ一つだった。
新雪糖。
真っ白な雪のような薔薇の香りのする砂糖だ。
この世界の砂糖の主流はブラウンシュガー。白い砂糖はまだ珍しく、前世を思い出した私は懐かしく感じた。
(王家では白い砂糖は当たり前だけど、伯爵家の我が家ではまだ特別だった)
何より薔薇の香りがする砂糖。前世なら手に入らないことはないと思うが、私は使ったことがなかった。だからこそ心惹かれた。
「新雪糖はお預かりして分析を進めます。さらに出所についても調査を行うよう、殿下へ進言いたします。問題がないと分かるまで、新雪糖は使わないようにしてください」
宮廷医ラスクがそう締めくくり、そこへタイミングよくジョシュが訪ねて来てくれた。
お読みいただき、ありがとうございます!
医療水準の低い世界でどうやって病を特定するか。
筆者も脳をフル稼働で考えました……!
公衆衛生学を学んでおいて良かった~
続きは本日19時頃に公開です!
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