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「新雪糖。なるほど。これは病の原因と考えても良さそうですね」
みんなが寛いでいるので、私とジョシュは二人で庭園のアイアン製の椅子に腰掛け、そこで紅茶とスイーツをいただきながら、今回の調査結果について話した。その話を聞いたジョシュは落ち着いて分析を始める。
「ポメリーは伯爵令嬢です。病は身分を選ばずかかるものだとしても、これまでの感染症の犠牲者は、どうしたって市井の人々が多いものでした。その原因は彼らの住環境や衛生環境によるところは大きいと思います」
ジョシュは真摯な表情になる。
「国としても国民の生活環境の改善は進めていますが、完全に整うまでにはまだ時間がかかります。いまだ病が流行すると、多くの平民が犠牲になりますが……。話が逸れてしまいましたが、平民の間で流行するのではなく、伯爵令嬢であるポメリー嬢が犠牲者になる──そこに突破口が、病の原因になるものがないかと僕は考えていました」
「つまり殿下は貴婦人たちの間で流行している新雪糖が病の原因なら、納得出来るということですね?」
「ええ、その通りです。宮廷医のラスクから報告を受け、ポメリー嬢の侍女の話も踏まえ、既に新雪糖を販売している商会に使いを出しています」
これには「えっ!」と驚いてしまう。ついさっき、病の原因は新雪糖ではないかと判明したばかりだったからだ。
「ラスクも分析に着手していますし、優秀な彼のことなので数日で何らかの答えを得るでしょう。もたもたは出来ません。早く原因を特定出来れば、対処法も編み出せます」
ジョシュの手が私の頬へと伸びる。
「……ポメリー嬢はちゃんと食事をとり、元気そうにしてくれています。ですが病の症状が出ているのは事実。微熱であろうと、ポメリー嬢の体にダメージが出ていることを思うと……。一刻も早く、原因の特定をしたいと思うのです」
私の体温よりジョシュの手はヒンヤリと感じられ、頬に触れられると気持ちがよかった。思わずそちらに気を取られそうになるが、そうではない!
ジョシュは冷静に事にあたってくれているように思えたが、実際のところ彼も……すごく不安なのだ。その紺碧の瞳に一瞬、彼の焦燥が見え隠れした。
(それでも幼い頃より、動じない、落ち着いて行動することを学び、感情をコントロールしている。自分の不安より、私が心配しないよう、全力を尽くしてくれている──そのことに気づいてしまったのだ)
「殿下、ありがとうございます」
「ポメリー嬢?」
「私は……間違っていました。助からない、生きることを諦める……そう思っていましたが……。今は心から生きたいです」
「ポメリー嬢……!」
ジョシュが泣きそうな顔になってしまう。
その表情にきゅんとしながら、私は伝える。
「殿下は私のことを好きだと伝えてくれました。でも私は……。どうせ病になり、殿下との未来はない──諦めていたんです」
「諦めないでください! 繰り返しになりますが、大丈夫です。ポメリー嬢は生きられます!」
「ありがとうございます、殿下! 今の私は生きたい気持ちでいっぱいです」
「……それを聞いて安心です!」
ジョシュの瞳がうるみ、安堵の表情になる。
「殿下は明確に私へ気持ちを伝えてくれていました。でも私は病を理由に返事をしていません。それに対して殿下は返事を急かすこともなく、ただ病のことを優先して……そんな殿下の優しさに甘えていました」
「そんな、甘えだなんて。実際、病の兆候が見えて、ポメリー嬢はとても不安だと思います。無理に返事をしなくてもいいんですよ!」
やはり底なしに優しいジョシュが大好きだと強く思う。その気持ちのままに、私は口を開く。
「病の原因は特定され、私は殿下と……おじいちゃん、おばあちゃんになっても仲睦まじい気がしています」
私の言葉にジョシュは輝くような笑顔になる。
「ポメリー嬢、それはつまり……」
ジョシュは息を呑み、大きく息を吐き出すと、真摯な表情になった。
「ここは僕に言わせてください」
この世界ではここぞの時は男性が決めるもの。ジョシュは王太子でもある。ここは彼にリードしてもらうのが一番だった。
こくりと頷くと、ジョシュは私の手を自身の両手で包み込む。
「改めてポメリー・アン・ラウンズベリー、僕は、ジョシュア・フレデリック・ローレンツィアは、あなたと共に未来を歩みたいです。愛しています、ポメリー嬢。王太子妃となり、僕の横で生きてくださいますか?」
「はい! 私も殿下のことを愛しています!」
「父上と母上のような、おしどり夫婦になりましょう」
ジョシュが私のことをぎゅっと抱きしめた。
◇
聖女であるヒロインがこの世界に現れることはない。だから、というわけではなかった。そんなことよりもっと単純な気持ち。
限りなく優しく私を想い、救おうと尽力してくれるジョシュの人間性。心から尊敬し、好きになっていたのだ。
たとえヒロインが……聖女がこの世界に召喚されるとしても、ジョシュにこの気持ちを打ち明けずにはいられなかっただろう。
それぐらい彼を好きになり、そして国王陛下夫妻のことも好きになっていた。
病の兆候は確かに出ているが、絶望より希望が勝ったと思う。そして私が希望を持てたのはジョシュのおかげでもある。だからこそ、共に生きることを誓い、彼の伴侶になることを約束したのだ。
(こうなったらくよくよしていられない。この世界に聖女は召喚されないのだから、私がちゃんとしっかりして、薔薇熱を撲滅する! ジョシュがいて宮廷医ラスクやみんながいれば、きっと乗り越えられるわ!)
決意を新たにした翌日。
目の下にクマを作りながらも、宮廷医ラスクはテンション高めで私のところへと毎朝の検診のためにやって来た。
「ラウンズベリー伯爵令嬢、おはようございます!」
「おはようございます、ラスクさん!」
いつも通りの問診をされながら、私は例の新雪糖の分析が進んでいるか尋ねると――。
「ええ、順調です。まず新雪糖は、9割が本当に砂糖でした」
「9割が本物の砂糖、残りの1割は……?」
「そう、その残り1割が何なのかを分析しています。精製された砂糖と同じ、白い粉。匂いもなく、おそらく味もないかと。紅茶だけではなく、水やお湯、温めたミルクにも溶けます。ラットは普通に少量を舐めても、今のところ変化は出ていません。おそらく少量を長期摂取することで症状はじわじわと出て、その様子は一見すると熱病のよう。ですがある一定量、すなわち閾値を超えた時、意識障害や昏睡に至るのではないかと」
これを聞いた私は衝撃を受ける。
「もしや毒、なのでしょうか……?」
「毒……。そうですね。その可能性もありますが、今はまだその物質が何であるのか特定できていないので、何とも言えません」
「仮に毒だったとしたら、なぜ毒が砂糖の中に?」
「故意に混入させた可能性もありますが、精製工場で偶然混入したことも考えられます」
これもまた震撼する話である。前世でそんな混入があったら大問題だ。
「偶然の混入の可能性もあると思いますが、前者は……故意に、例えば私の命を狙った何者かが混入させた可能性は……?」
震える声で尋ねると、侍女のエミリーが私に寄り添い、ぎゅっと私の手を握った。そして「まさかそんな……お嬢様が狙われるなんて」と呟くエミリーの声も震えていた。一方の宮廷医ラスクは落ち着いた様子でこう口にする。
「ラウンズベリー伯爵令嬢を狙い撃ちにしたとは思えません。そちらの侍女に詳しく話を聞いたところ、いつも行く貴族御用達の紅茶専門店でたまたま新雪糖について知ったそうです。店の奥から登場した木箱の中の、新雪糖が入った袋から一つを手にとった。全てが毒入りでラウンズベリー伯爵令嬢に服用させたいなら、木箱ごと売ったでしょう。でもそうではなかった。『今、貴族のマダムの間で人気なので、今日のところは一袋しか販売できない』と言われたと侍女は証言しています。それにもし毒入りと分かって販売したなら、標的は不特定多数に思えます」
「不特定多数……何のために……?」
お読みいただき、ありがとうございます!
薔薇熱は自然発生した病なのか!? それとも……?
続きは明日のお昼頃公開予定です。
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