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不特定多数を狙う理由が分からず、思わず「何のために……?」と独り言のように呟くと「王侯や貴族を特権階級と見なし、反逆を考える者もいると聞きます」とラスクが応じ、私は「そんな……」と言葉を失う。
そこで扉がノックされ、前室にいるメイドが告げる。
「殿下がいらっしゃるそうです!」
「え、まだ寝間着だわ」
宮廷医ラスクは医師。彼と寝間着姿で会うことに抵抗はないが、王太子であるジョシュにこの姿で会うのは……!
この世界では夜寝る時も胸当てをつけるので、「下着をつけていないのに!」という観点での焦りは少ない。どちらかというと王族に会うなら、きちんと衣装を身に着けていないと不敬である……という点での心配だったが……。
「ガウンを羽織りましょう!」
とりあえず侍女のエミリーの提案に従い、ガウンを着て、髪を梳いてもらう。顔はすっぴんとなるが仕方ない。
「おはようございます。ポメリー嬢、朝早くから訪ねてしまい、申し訳ないです」
「おはようございます、殿下。どうされたのですか?」
挨拶をしながらジョシュを見て、胸がドキッと高鳴ってしまう。
ジョシュは毎朝乗馬と剣術の練習をしているが、朝食の席に現れる時は、きちんとスーツを着ていた。でも今は白シャツに黒のスリムパンツにブーツと、朝の練習を終え、その足でここへ来たと分かる。
(少し乱れた髪、上気した頬、急いでここへ来たからか、息も上がっている様子は……)
まるでワンナイトラブで結ばれた夜の彼を思わせ、なんだか落ち着かない。
「新雪糖に関して分かったことがあり、報告を受けました。ポメリー嬢にも早く知らせたいと思い、つい慌てて来てしまったのです。着替えもせず、練習時の姿のままで申し訳ないです」
「そんな! 私こそ寝間着のままで申し訳ないです」
「ポメリー嬢は起きたばかりですし、元気とはいえ、微熱があるのです。寝間着でも問題ありません!」
「なるほど。では二人ともこんな姿なので、そこはお互い様ですね」
ジョシュは王族なので、お互い様なんかでは済まないはずなのだけど、そこを言ったら彼は全力で「そんなこと、関係ないです!」と言うだろう。だからこそのお互い様だったが、ジョシュは私の言葉に笑顔になる。
「そうですね。お互い様ということで」
そう言いながら、控えていた宮廷医ラスクにチラッと目をやる。するとラスクがジョシュを見て口を開く。
「殿下、既にいつもの診察は終わっています。新雪糖で分かったこと、自分も気になるので、このままこちらに控えていてもいいですか?」
寝室には暖炉のそばにソファセットがあり、その後方にメイドと侍女と共に宮廷医のラスクは控えていた。
「もちろん、構わない。そのままそこのソファに座り、一緒に聞くといい」
ジョシュは即答し、自身は私が上半身を起こしているベッドのそばに椅子を置き、そこに腰掛ける。
「新雪糖は数週間前に、王都の貴族が利用する紅茶、スイーツ、陶器、香水のお店などで発売が始まったそうです」
新雪糖で引き起こされる薔薇熱が貴族病、贅沢病と言われていたが、発売されていたお店が貴族御用達となれば、それも納得だった。
「どのお店も仕入先はアルネシア商会、そしてここの商会主はスピナッチ伯爵です。彼はボーンという港町に領地を持ち、そこで砂糖の輸入業を行い、精製工場も所有しています。王都からは一日ほどかかりますが、現地に人を向かわせているので、ここ数日内にスピナッチ伯爵を王都に迎え、話を聞けることになるでしょう」
ジョシュの言葉に宮廷医ラスクが声を上げる。
「殿下、それだけあれば新雪糖に混ざっていた異物の正体も明らかにできそうです!」
「そうだな。異物の正体が分かったら、スピナッチ伯爵の尋問は待たず、対応策を協議できる」
つまり私の病……薔薇熱の原因が分かれば、対処法も判明する可能性が高いということ。
「ポメリー嬢。病の原因の可能性の高い新雪糖の摂取は既に止めていますよね。そして混入していた謎の物質も間もなく判明する。事態は良い方向に向かっています。もう心配せず、スピナッチ伯爵が王都に到着するのを待ってください」
ジョシュの言葉に「そうですね」と応じると、彼はこんな提案をしてくれる。
「王宮に来てから、ポメリー嬢は部屋か図書館にこもり、本を読んでばかり。たまには外へ出た方がいいでしょう。最近、王都ではサーカスというものが平民の間で流行っています。このサーカスでは曲馬が披露され、合間にピエロや綱渡りなどのショーもあるそうです。東方のゾウという動物やトラと言われる猛獣も見ることができるとか。行ってみませんか?」
これには「サーカス!」と懐かしく感じる。
前世では子どもの頃、サーカスに連れて行ってもらった記憶があった。空中ブランコやアクロバットを見て、歓声を送った記憶がある。
「サーカス、見てみたいですが、殿下は公務がお忙しいのでは……?」
「幸いなことにその公務でサーカスに招待されているのです」
スピナッチ伯爵が王都に到着するまでの時間、何もしなければ長く感じるかもしれない。だがジョシュは同伴が可能な公務に私を誘ってくれたから――。
大いなる気晴らしになり、さらに新聞では「王太子の有力な婚約者候補! 殿下の隣にいるレディの正体は!?」なんて記事も掲載され、ジョシュの特別な存在として私は世間にも認知されるようになった。
◇
「お嬢様、殿下がいらっしゃいます」
「分かったわ」
オーキッド色のドレスを着た私は、自室のソファで座ったまま、背筋を伸ばす。
「ポメリー嬢!」
宮廷医ラスク以外にも医学院の教授、アカデミーの学者を引き連れたジョシュが私の部屋にやって来た。
そのジョシュは騎士団の儀礼用の隊服を着ているが、これが大変カッコいい!
この国にはイースト騎士団、ウエスト騎士団、王都防衛騎士団があるが、ジョシュはこの三つの騎士団の団長よりさらに上位となるグランドマスターという職位についている。三つの騎士団を束ねる最高司令官の立場であり、この地位を示す隊服は真っ白にゴールドの宝飾品、マントはパールホワイトと光沢があり、目にも眩しい。
アイスブルーの髪と紺碧の瞳とも相まって、ジョシュのこの姿を見て失神する令嬢もいたとか。建国祭ではこの隊服姿のジョシュを描いたプレートが毎年バカ売れで、今や王家の大きな財源の一つにもなっているというが……。
(確かに本当にカッコいい!)
ぽわんと見惚れてしまうと、ジョシュはアイスブルーの髪をサラリと揺らし、紺碧の瞳を細め、頬を赤くする。
「そんなに見つめられると……どうしたのですか、ポメリー嬢」
恥ずかしそうにするジョシュが尊すぎて悶絶しそうになる。
(そうではない! これからスピナッチ伯爵と会うのだ。凛としないと!)
にやけそうになるのを堪え、ジョシュのエスコートで謁見室へと向かう。
「ここです」
ジョシュが立ち止まった扉の左右には槍を手にした警備兵がいる。
これは護衛というより、伯爵の逃亡に備えた結果だ。
「ではポメリー嬢」
「はい、殿下」
応接室に入ると、スピナッチ伯爵とその奥方がソファから立ち上がる。
「これはこれは王太子殿下! 初めてお目にかかります。ルート・スピナッチです。新雪糖を気に入っていただき、わざわざ王都まで招待いただけるなんて! 恐悦至極でございます」
スピナッチ伯爵はひょろりと痩せた背の高い眼鏡の年配の男性だった。同行しているピンク色のフリル満点のドレスを着た奥方は私と同じ年ぐらい。長年連れ添った妻が亡くなり、半年前に再婚したというが……。
奥方は初めてジョシュを見て、完全に釘付けになっている。
そんな二人とローテーブルを挟み、ジョシュと私は着席。
「新雪糖は彼女がとても気に入っているんですよ」
ジョシュはにこやかに微笑んだが――。
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