12
プリシア王国はこの季節でもとても温暖で、帝国とは大違い。特にこの時期の帝国では、宮殿や皇宮の廊下は底冷えが始まっていた。
(こんな薄着で廊下を歩くなんて、帝国では正気の沙汰ではなかったわ。でもここは……)
左右の廊下の突き当りには暖炉がそれぞれ設置されていた。壁は石造りでも廊下は木の板に厚手で毛足の長い絨毯。窓は二重窓で、レースカーテンと厚手のカーテンが重ねられている。
(温暖なのに、ここまでやると半袖でも過ごせそうだわ!)
「ここですね」
侍女と共に到着し、ノックをすると、扉が内側から開けられた。
「お待ちしておりました。ではネル第二王子妃殿下、こちらにどうぞ」
夫婦の寝室には専属のメイドがおり、私はここで侍女と別れ、一人で寝室に入ることになった。「大丈夫です!」と侍女はアイコンタクトをくれるが、全く安心できない。
「こちらにお座りください」
寝室は前室がなく、その代わりとても部屋が広く、天蓋部分が見えているベッドのそばに美しい衝立が置かれていた。その衝立から少し離れた場所にソファセットがあり、暖炉があった。
ちょこんと座ると、借りてきた猫状態で私は固まってしまう。
「殿下は間もなくこちらへいらっしゃいます。もし小腹が空いているようでしたら、こちらのフルーツやナッツなどお召し上がりください。飲み物もご用意できますが、いかがなさいますか?」
「カ、カモミールティーをください。できればミルクをいれ、蜂蜜も……」
「かしこまりました」
メイドはすぐに部屋を出て行く。
(……ちょっとネル、しっかりなさい! あなたは帝国の皇女であり、今は妃という立場なのよ! 何をメイド相手にか細い声なんて出しているの! しっかり教育されたメイドだから、笑ったりしなかったわ。でも……ミルクと蜂蜜がたっぷりのカモミールティーが飲みたいなんて……。子どもみたい!)
そう思うもラベンダーティーはさっきたっぷり飲んだので、今度はカモミールティーがいいと思ってしまったのだ。
(とにかく落ち着くにはこの二つがいいと聞いている。殿下が来るまでに平常心を取り戻さないと……)
寝室に残るメイドの視線を気にしつつ、私は深呼吸を繰り返す。
(大丈夫。大丈夫よ)
呪文のように繰り返していると、すぐにメイドが銀のお盆にティーセットを乗せ、戻って来た。
「ミルク、蜂蜜、お砂糖もご用意しております。お好みでお使いくださいませ」
さすが王宮で働くメイド。気遣いは完璧だった。
(こうなったら遠慮はせず、たっぷりのミルクと蜂蜜を……)
そこでメイドが注いでくれたカモミールティーにミルクを足そうとして気づく。
(ミルクに湯気が……。ミルクを足してもカモミールティーが冷めないようにしてくれているわ……)
「殿下よりお聞きしています。ネル第二王子妃殿下の故郷はとても寒冷な地であると。きっと帝国でも暖かい飲み物が冷めないよう、工夫されていると思うので、ミルクは温めて出すようにと殿下が指示されたのです」
その言葉に私は「フリードリヒ殿下……!」と声を上げそうになり、我慢する。
(細やかな気遣いは殿下のおかげなのだわ!)
こんなに優しいフリードリヒ殿下との初夜の儀。挿絵では信じられない儀式に思えたけれど、殿下となら……。
(侍女は、フリードリヒ殿下なら優しくしてくれると言っていたわ。それは……間違いなくそうだと思える。変に緊張せず、身を任せる……やはりそれが一番ね)
改めて決意し、ぽかぽかのカモミールティーを飲み、暖炉のそばにいると、一気に緊張が収まっていく。
(何よりも今日からフリードリヒ殿下とは夫婦なのよ。お父様とお母様のように仲良くするには……胸の内も明かさないとダメよね。初夜の儀が不安であると、殿下に……話せばいいのよ)
そう思うことで全身の力が抜ける。
「冷えると大変ですので」
気の利くメイドが厚手のウールのショールを羽織らせてくれる。
(温かい……)
そうしていると瞼が自然に閉じてしまった。
◇
パチッ、バチッという音にハッとして目覚めた。
(私……え、ベッド……?)
温かい毛布がかけられ、弾力のある枕、そして程よい硬さのマットレスに、自分が横になっていることに気づいた。
(うっかり居眠りをしてしまった私をメイドが運んでくれたの……?)
初夜の儀の夜なのに、寝ている場合ではなかった。
慌てて起き上がると、寝間着姿で、ガウンは着ていない。
(……完全に寝る状態になっているわ……)
というか部屋の中は静かだった。
(メイドはどうしたのかしら?)
ベッドサイドのテーブルにはベルが置かれていた。これをチリン、チリンと鳴らしたら、メイドは別室にいても来てくれると思う。
(でもメイドを呼ぶ必要性は……)
私が眠ってしまったので、とりあえずベッドに運んだ。あとは殿下が来るだけだったので、メイドは退出した……可能性もある。わざわざ呼び出して「殿下はまだ?」と聞くのも違うと思えた。
(とりあえず起きて、ソファで殿下を待つようにしよう)
そこでベッドから起き上がり、足元を見ると、絨毯にはもこもこの毛皮のスリッパが置かれている。
(……これもフリードリヒ殿下の気遣いよね、きっと)
愛されていることを実感し、頬が緩む。
スリッパをはき、衝立から出て「えっ」と声が漏れた。するとソファから見えるフリードリヒ殿下の背中がこちらを振り返る。
「ネル」
「殿下……!」
私は慌ててソファへ向かい、うっかり寝てしまったことを詫びる。
「大丈夫ですよ。疲れていたのでしょう。ベッドへ運んだのはわたしです。メイドたちは起こそうとしましたが、あんなに愛らしい表情で眠るネルを起こすなんて……わたしには出来ませんでした」
「!」
「わたしももう少ししたら横になるつもりでした。でもこの本が思いのほか面白くて……。見てみますか?」
「は、はいっ!」
そこで彼の隣に座ると、サファイア・ブルーのナイトガウンを着たフリードリヒ殿下は、痺れるほどハンサムに見えた。
後ろへと流された前髪、寝巻きは首元が深く開いており、引き締まった鎖骨のあたりも見えている。
ドキドキと胸を高鳴らせながら、隣に座ると、フリードリヒ殿下は本の半分を私の方に差し出す。
まさに二人で本を持ち、ペラペラとめくると、そこには「シルキー湾に現れた巨大なオクトパス」「東南の国に生息する黄色と黒の残酷な殺人動物」「北の海にいる一角獣」など興味を惹かれるタイトルが並ぶ。
「『アメージング・ワールド(2)』なのですが、(1)が大陸に伝承される吸血鬼や狼男の話だったのに対し、こちらは謎の生物たちの話で、それはそれで興味を惹かれます」
「面白そうですね」
「この黄色と黒の動物はトラと呼ばれ、実在するようです」
「そうなのですね……!」
そこからはフリードリヒ殿下と二人で、果実水を飲み、フルーツやナッツを摘みながら、本を夢中で見てしまう。
「……殿下、とても興味深い本でした……!」
「こういう本はネルは初めてですか?」
「はい。いつも読むのは外交や語学に役立つ本が多いので……」
「そうですか。ネルも皇女として大変だったのですね」
「それは……でも殿下もそうですよね」
「そう。だからこういう本は寛ぐ時にパラパラめくって楽しんでいます」
「なるほど」
そこで沈黙が出来てしまい、私は「こんなことをしている場合!?」と少し現実に意識が戻る。
「ネルと一緒にいると、いろいろなことを忘れ、リラックスできます」
「!」
「こうやって横に座り、ネルの体温を感じるだけで安心できます」
そう言うと、本をローテーブルに置いたフリードリヒ殿下が、私の肩に自身の頭を預けた。
お読みいただき、ありがとうございます!
あー、もう書いていて(´艸`*)キャーッ!
続きは明日の夕方頃公開予定です~
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡
【新作スタートしました】
『悪役令嬢に転生!
婚約破棄で推しと家族が闇落ち!
回避したいだけなのに』
https://ncode.syosetu.com/n1915mo/
└ページ下部に目次ページへ遷移するバナーも設置済です
本日3話公開しているので、良かったら遊びに来てくださいね♪


















