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「残すは初夜の儀だけですね!」
そう言われた時、私は大いに心の中で動揺することになった。
(そう、それ、それがあったわ!)
王城に到着した際、侍女から本を受け取っていた。必ず結婚式までに読むようにと言われていたのだけど……。
今日に至るまで怒涛の勢いで日々が流れた。その短期間で私はフリードリヒ殿下に恋をして好きになっていたのだ。
(自分の感情の変化に対応し、この国に慣れるので精一杯で、本を読むどころではなかったのよ!)
一応、馬車で侍女に聞いた話は覚えている。
(基本的にはフリードリヒ殿下に身を任せ、私は殿下を受け入れることが大事……なのよね? 受け入れるって、今もちゃんと彼のことを許容しているけれど……)
代々女性皇族に伝えられている書物があるなんて。そんなに特別なことなのかと疑問も浮かぶ。
「さぁ、お支度しましょう」
「分かったわ」
落ち着いた様子で応じながらも、内心は心配でドキドキしていた。
そんな状態で部屋に戻ると、メイドたちがバスタブに湯をため、香油を入れたようだ。ローズの香りが部屋の入口まで届いていた。
「まずはドレスを脱いで、髪をおろしましょう」
侍女は真剣な表情で、私のドレスを脱がせ始める。
(初夜の儀ってそんなに大切なの? 侍女がこんなに真剣だと、何だか緊張がさらに高まるわ)
そうなるとあの本をちゃんと見たくなる。
(でも今、見たいと言ったら、事前に見ていなかったことがバレるかしら?)
ソワソワしていると、侍女に「レストルームですか?」と問われてしまい、「そ、そうなの!」と、行きたくもないレストルームに行くことになる。
(もう、私ったら何をしているの!)
髪を下ろしてもらいながら、深呼吸。ここで例の本をもう一度読みたいと言おうとしたが──
「では入浴しましょうか?」
「えっ?」
「何か問題ございますか?」
「……イヤリングは外したかしら?」
「先ほど外しましたよ」
「指輪は?」
「あっ、外しましょう!」
結局、本のことは言い出せないまま、入浴となる。
(何だか普段より何もかもが念入りね。髪も体もまさに磨き上げられている感じだわ)
「香油もしっかり頼みます」
「かしこまりました!」
侍女とメイドが連携をとり、入浴が進んでいく。
その入浴が終わると、髪も含めた全身にローズの香りを纏うことになった。まるで自分が花になったような気分になっている。
「ではネル第二王子妃殿下、こちらのナイトドレスをどうぞ」
用意されていたのは、白いリネンの胸元のフリルがたっぷりのもの。足首までの長さで、裾には小さなローズを散りばめたように刺繍があしらわれている。
(ハイウェストの切り替えのリボンを解くと、ストンと脱げてしまうタイプなのよね。リボンを緩めるだけで着脱出来るので、楽なのだけど……。フリードリヒ殿下の前で、うっかり脱げないか心配だわ……)
私は心配になるが、侍女は「ナイトガウンはこちらをお召しください」と言って、ラベンダー色のシルクのものを私に羽織らせた。
(……このナイトドレスで寝室に行くのね……)
髪はゆるく三つ編みにして、左肩に流すように束ねられ、準備は整ってしまう。
「完璧ですわ。指輪は両方付けたままで良いかと」
そう侍女に言われ、「もう移動の時間かしら?」と尋ねると、「予定より早く終わりました。ラベンダーティーでも飲んで寛がれますか?」と聞かれたので私は思う。
(これはチャンス到来よ!)
落ち着いた様子で私はソファの背もたれに身を預け、おもむろに口を開く。
「時間があるのなら、最後の確認で、もう一度本に目を通そうかしら」
「そうですね。ではラベンダーティーと本をお持ちします」
侍女の言葉に心の中で「上手くいったわ!」と小躍りしそうになっている。
「どうぞ」
「ありがとう」
目の前のローテーブルにラベンダーティーと本が置かれた。
(すぐに本に飛びつきたいところだけど、ここはラベンダーティーをまず一口頂かないと!)
上品な仕草でまずティーソーサーを手に取り、ティーカップをもう片方の手で口に運ぶ。
ふわっとラベンダーの匂いと自分自身がつけているローズの香りが鼻孔で混ざっていく。ゆっくり口にいれたラベンダーティーは、何だか極上の味わいがする。
「ふぅ」と一息吐き、ゆったりした動作で本を手に取る。
チラッと見ると、メイドは浴室の片付けに追われ、侍女はティーポットからラベンダーティーの茶葉を出したりで、こちらを見ていない。
(よし。本を見るわよ!)
挿絵がありそうなページに当たりをつけ、開いて仰天しそうになる。
「えっ!」と叫びそうになるのを呑み込んだ。
(なっ……えっ? 何よ、あれは!?)
私は目を丸くし、見間違えかと思い、もう一度見るがそこには裸の男女が……。
(な、どういうことなの!?)
震える手でさらに挿絵のページを見て行くと、信じがたい行為をしている男女が描かれている。しかもそこに描かれているのはどう見ても高位身分な男女。
(こ、こんなことを皇族のみんなはしているの!? お、お父様とお母様も……? えっ、本当に……?)
呆然としそうになり、侍女がうかがうようにこちらを見ていることに気づき、冷静さを装いながらラベンダーティーを飲む。
(事前に確認できてよかったわ。もしこれを見ずにこのまま初夜の儀を迎えたら……パニックになっていたわ)
そう思いつつも、これがこれから自分の身に起こることとは到底思えない。
(……でも侍女が馬車の中で言っていたのはこのことだったのね……。受け入れるというのは気持ちの問題ではなく……)
そこは何とか理解できたものの、本当にそんなこと、自分ができるのか、全く自信がない。
(初夜の儀は子どもを産むために必要とは理解している。でもこんな場所に……。いや、でも、確かに妊娠した女性はお腹が大きくなるわ。あれは主によって身ごもるわけではなく、この儀式によって……)
ラベンダーティーを飲んでも落ち着くどころか心臓は早鐘を打っている状態。しかも――。
「そろそろお時間ですね。移動しましょうか」と侍女に言われてしまう。
(まったく心の準備ができていないわ!)
どうしてすぐにこの本を見ておかなかったのかと後悔するが、時すでに遅し。
「ネル第二王子妃殿下」
「は、はいっ!」
さすがに動揺が声に出てしまった。
「初めてのことは緊張して当たり前です。ですが殿下ならその緊張も優しくほぐしてくださるでしょう。力を入れているより、リラックスした方が心身ともに楽になるはずです。殿下を信じ、身を委ねてください。殿下にとって跡継ぎはとても大切。殿下の跡継ぎを産めるのはネル第二王子妃殿下だけです」
そう言われてしまうと、自然と背筋が伸びる。
(そ、そうよね。この大役は私にしかできないこと。嫁いで殿下の妃となったのだから、覚悟を決めるしかないわ)
「ネルは自分の役目をよく理解しています。……行きましょうか」
「はい。ご案内いたします」
震えそうな手をぎゅっと握りしめ、私はソファから立ち上がる。
(もう少し挿絵で確認したかったけれど、フリードリヒ殿下を信じるしかないわ……)
本当にあの挿絵のようなことをあのフリードリヒ殿下と私がするのか。
現実感がないまま、私は自室から夫婦の寝室へと向かうことになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
あの勝気な女帝皇女がガタブル状態!
どうなるの、ネル!?
続きは明日の夕方頃公開予定です
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