8
王城での滞在二日目の朝は、熟睡していたので、鐘の音はほとんど聞こえていなかった。でも今朝は鐘の音で目が覚める。
「ゴーン、ゴーン、ゴーンという鐘の音は、帝国とは異なりますね、皇女様」
「帝国ではカーン、カーンから始まり、幾つもの小さな鐘を奏でるように鳴らすから、カラーン、カラーン、リンゴーン、リンゴーンと音が複雑よね。プリシア王国の鐘は全く違うわね」
「ローレンツィア王国とも違いますね」
侍女に言われ、すっかりローレンツィア王国のことを……ジョシュア王太子殿下を忘れていることに気付く。
(ジョシュア王太子殿下に恋焦がれていたこと。それは……間違いないわ。でもそれも過去の話よ。いい思い出だわ。今はフリードリヒ殿下!)
「鐘も鳴っているし、身支度開始ね」
「はい。皇女様!」
いよいよ迎えた結婚式の日。使用人たちは私の前で改めて伝えてくれる。
「本日の挙式以降も、我々は皇女様にお仕えします。ただし、その呼び名はフリードリヒ第二王子妃殿下へと変わります」
この言葉に背筋が伸びる。
「それでは式が終わるまで、皇女様を全力でサポートさせていただきます!」
そこからはもう有言実行の全力のサポートだった。まずは軽い朝食をとり、身支度を整える。その後はお父様の代理で今回の結婚式に出席する特使に挨拶をして、同行している画家が私のドレス姿を手早くデッサンする。それが終わるとフリードリヒ殿下とは別々の馬車で結婚式を行う大聖堂へと向かう。
王城を出ると入国した時以上の歓迎ぶりで、沿道の人々は花びらを馬車に向けて舞わせてくれる。
「皇女様、まるでリンゴの花びらが沢山舞っているみたいですね」
「本当だわ! こんなに花びらが舞う中、馬車を進めるのは初めてよ」
「それに皆さん、心からの笑顔です」
それはまさに侍女の言う通り!
帝国では私たち……皇族が凛としているからか、貴族はもちろん、帝国民もどこか感情を強く出さないところがあった。
(祝典や私の婚姻の時は普段より表情豊かに思えたけれど……。プリシア王国はフリードリヒ殿下もそうだけど、みんな普段から喜怒哀楽がハッキリしている。だからなのか、喜びとお祝いの感情は特に強く伝わってくるわ)
そんなことを思っていると、あっという間に大聖堂へ着いてしまう。王城から大聖堂はとても近いのだ。
「皇女様、到着です」
「ええ、帝国の皇女の名に恥じない結婚式を挙げてみせるわ!」
◇
リハーサル通りで、まずは婚礼ミサからスタート。
ミサではフリードリヒ殿下が伴侶を得ることを主に報告していた。さらに国の繁栄を祈り、鐘が鳴らされる。進行に応じ、この鐘は鳴らされるのだ。
(この鐘により、大聖堂の外にいる国民は、婚姻の儀式が順調に進んでいると知ることができるのよね)
そしてこのミサで初めて、婚礼衣装を着たフリードリヒ殿下と顔を合わせたのだけど……。
(もう、ダメ! 想像以上に素敵だわ……! 目を合わせられない)
フリードリヒ殿下はパールシルバーのフロックコートを着ているのだけど、改めてブロンドに碧眼の彼には、この色が映えることを実感してしまう。
(前髪の分け目も普段とは違うし、出店で見掛けたプレートに描かれた殿下より、数千倍ハンサムだわ! シュッとしてキリッとして、とてつもなくカッコいい……!)
「ネル皇女殿下」
「はい……」
もうドキドキが止まらず、か細い声になってしまう。
「緊張されていますか?」
「……!」
「実はわたしもとても緊張しています。こういった儀式自体は慣れているのですが、ネル皇女殿下が女神のように美しくて……。夢見心地です。そんなあなたが隣にいる。とんでもなく嬉しいのに、人生で一番緊張してしまいます」
「そ、そんな! 私より殿下の方がうんと素敵ですわ! その衣装も本当にお似合いです」
「ネル皇女殿下のその淡いラベンダー色のドレスも髪色と瞳に映え、わたしはずっと鼓動が落ち着きません!」
お互いに緊張し、お互いを素晴らしいと思っていると分かり、ようやく私はフリードリヒ殿下と目を合わせることができた。
「ネル皇女殿下、共に国を代表する二人として、頑張りましょう」
「……はい!」
フリードリヒ殿下の言葉に、私は自分が帝国の皇女であることを思い出す。
(お父様の名代の特使も見ているし、私の様子は帝国へ報告されるわ。さらに多くの国から参列者がいる。……ローレンツィア王国の大使もいるのよ。あのポメリー嬢にも伝わる……。負けられないわ!)
私は背筋を伸ばし、目線を上げ、バラ窓を見つめる。
(大丈夫。大勢の前での儀式自体は私も慣れているわ。そしてフリードリヒ殿下と目を合わせることもできた。もう緊張しないでいい。落ち着いて行動するのよ)
そこからは平常心を取り戻し、婚礼ミサを終えることができた。
婚礼のミサが終わると、そのまま結婚式が始まる。
既に祭壇の前にいるので、聖歌が始まったが――。
(天使のような歌声ね。心が洗われるわ)
ずっと聞き入ることができそうな聖歌が終わると、大司教による説教が始まった。その説教の中で、フリードリヒ殿下と私の結婚は主が二人を結び付けたからだと説明される。
(うん。そうだと思うわ。最初は……政略結婚だと思っていた。でもお父様たちは昔から殿下と私が今日という日を迎えられるよう、導いてくれていたわ。そしてこれは主の意思でもあったと思う。私はフリードリヒ殿下と夫婦になり、新しい家庭を築いていくわ……!)
説教を聞き、決意を固めると、胸が熱くなる。
(ダメ。泣くのだけは我慢よ。みんなが見ているのだから!)
お父様の期待に応えるべく、私は奥歯を一度噛み締め、深呼吸を行う。
「それでは続けて誓いの言葉となります」
(空気が変わった気がするわ!)
チラッと見ると、フリードリヒ殿下もいつになく真剣な表情。でも私の視線に気づくと、肩の力を抜き、ふわっと優しい笑みになった。
この笑顔で私の肩からも力が抜けていく。
(大丈夫。「誓います」と答えるだけなのだから!)
わずかな衣擦れの音が聞こえ、軽い咳払いや式次第の紙のカサカサという音に続き――。
「それではこれより夫婦の誓いを行っていただきます」
大司教の声が大聖堂の中の唯一の声として響く。
「プリシア王国、フェンブルク帝国、二つの国が今日、誓いを行うことで強く結びつきます。この誓約は主の御前に行われる強い契約でもあるのです。お互いを支え、敬い、導き合う。喜びの日も、苦しみの時も、共に歩むことを誓いますか?」
「誓います」と落ち着いているが、よく通る声でフリードリヒ殿下が答えた。「誓います」と私も声を震わすことなく、堂々と応じる。
「ここに主との契約は成されました。死がふたりを分かつまで、この誓約が二人を結び続けることになるでしょう」
そこでパイプオルガンが大きく鳴らされ、参列者から一斉に拍手が起きる。
パイプオルガンの音と拍手が波のように引くと、大司教が再び口を開く。
「それでは指輪の交換です」
リングピローに置かれた指輪はゴールドで、私の方は小ぶりだけど、小粒のダイヤモンドがいくつも埋め込まれていた。
フリードリヒ殿下が私の手を取り、白のロンググローブをゆっくり外していく。
(なんだか、なんだか、とても恥ずかしいわ……!)
さらに……。
「!」
私の素肌に白手袋を外したフリードリヒ殿下の手が触れる。
その瞬間に心臓がバクバクしてしまい、思わず空気を求めるように大きく深呼吸せずにはいられない。
私はそんな状態なのだけど、フリードリヒ殿下はテキパキと指輪をはめてくれる。
(次は私の番よ!)
お読みいただき、ありがとうございます!
ドキドキが続きます~
続きは明日、今日と同じぐらいに公開予定です
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡


















