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帝国にいた時、私に好意を向ける令息は沢山いた。帝国内の有力貴族から、金で爵位を買ったような貴族まで、もう薔薇に群がる虫のよう。それだけではない。隣国の高位貴族や政府高官なども、社交シーズンに帝国の舞踏会に顔を出す。そして平気で皇女である私の気を引こうとするのだ。
私はそれが嫌で嫌で仕方なかった。
あからさまな皇女の夫という立場を狙った見せかけの興味、ドールのようだと私の外見的な美しさに執着するような眼差しは、不快でしかない。
(でも……フリードリヒ殿下は違う。文通から始まった恋で、私の外見よりも先に、どこの誰とも分からない私の手紙の内容で恋に落ちてくれたのよ)
フリードリヒ殿下の好意は、私にとって最初は驚き。でも次第に心地よく感じられ、首都への道中が楽しくてならない。
「ネル皇女殿下、見てください。小鹿が見えますよ」
護衛される立場なのに、フリードリヒ殿下は私の馬車と騎乗で並走し、護衛をしてくれた。さらに先々で見つけた景色、新しい発見を教えてくれるのだ。
「栗の実が落ちているので、馬車から降りて見てみますか?」
時にはそんな提案もしてくれる。そこで馬車から降り、初めて見た栗の実は……。
(何だかトゲトゲしているわ!)
フリードリヒ殿下の従者はトゲトゲの実を靴で器用に割って開けていた。そしてトゲトゲの中からは、チョコレート色の実が顔を覗かせる。
「この状態ですと、まだ固いので、これから昼食で焚火を起こす際、一緒に焼いて食べましょう。秋祭りでは焼き栗が定番で、多くの国民がこの食べ方を楽しむんですよ」
焚火で栗を焼いていると、フリードリヒ殿下は「一つだけ、サプライズがあります」と言い出す。
何かと思ったら……。
「パンッ!」「キャッ!」
ビックリして、“常に淑女たれ”と習っているのに、悲鳴を上げ、隣にいるフリードリヒ殿下に抱きついてしまった。
「ごめんなさい。ここまで大きな音になるとは」
「な、なっ、何が起きましたの!? 暖炉のように薪が爆ぜたのですか!?」
「その状況に近いかもしれません。栗を焼く時は切り込みを入れるのですが……今回一つだけ、敢えて切り込みを入れなかったのです」
「そうだったのですね……」と私は脱力するしかない。
「ネル皇女殿下を驚かせたくて……子供のような悪戯をしてしまい、ごめんなさい!」
「い、いえ。栗を焚火で焼くとき、切り込みが重要とよく分かりましたから……」
そこでフリードリヒ殿下が私を抱きしめる腕に力を込める。
(しまったわ! 未婚の女性はこんな風に男性に抱きついてはならないものよ。しかもみんなの前で!)
私が距離を取ろうとすると、フリードリヒ殿下が耳元で甘くささやく。
「もう少しだけ、このままで」
「!」
ドキッとする私にさらに彼はこう言う。
「こんな風にネル皇女殿下を感じることが出来て……わたしは幸せです」
愛されていると実感が出来る言葉だった。
◇
「お嬢様、いよいよ王城ですね」
「そうよ。何だかあっという間だったわ」
フリードリヒ殿下に迎えられるまでは、美味しいものを食べられても「まだ着かない」「遠い」と思っていた。でも彼と道中を過ごすようになると……。
自然と笑顔になり、「楽しい」と思えるようになる。そして何度も思うようになるのだ。
「もっと一緒に散歩したいわ」
「話し足りない!」
「もう終わり?」
こんな風にフリードリヒ殿下を想うということは、すでに私は彼に恋をしていた。
「皇女さま〜!」
「おめでとうございます!」
声にハッとして窓を見ると、沢山の人々が沿道に並び、私たちの馬車の隊列に手を振ってくれている。
私は笑顔で手を振り返す。
往来を確保するため、一部は規制しているが、それ以外の場所では多くの国民が大歓迎で迎えてくれていた。
(初めて私を見るだろうに、手放しで大歓迎してくれるのね)
「皇女様、見てくださいませ。殿下と皇女様のプレートが売っていますよ」
「まぁ、本当ね!」
王城近くでは既に婚姻のお祝いムードで、沢山の出店が並んでいた。そこではフリードリヒ殿下と私の姿が描かれた婚姻記念プレートや花瓶、ティーセット、陶器のジャグなどが販売されている。
(こうやって見ると……フリードリヒ殿下はジョシュア王太子殿下よりも……ハンサムかもしれないわ! それに私と並ぶと、二人して物語の主人公に見える!)
私がご満悦になったところで、一旦馬車が止まった。架け橋が降ろされ……ついに王城へと入城となる。
そこでコンラート国王や王妃、王太子や王女と顔を合わせることになった。
◇
王族の皆さんとの顔合わせの後は昼食会だった。それが終わると、フリードリヒ殿下は心配そうに私を見る。
「ネル皇女殿下、父上も母上も、あなたに会えて大喜びで、質問ばかりしてしまい、申し訳ありませんでした。お疲れになっていませんか?」
「殿下、お気遣いありがとうございます! 国王陛下も王妃殿下も、王太子殿下も王女殿下も、皆様フレンドリーで助かりました。たくさんお話しできて、ネルは……とても嬉しかったです! 疲れは……この後は夜の夕食会までお時間があるので、そこで休息させていただきますね」
私の言葉にフリードリヒ殿下はこんなアドバイスをくれる。
「ええ、ゆっくりお休みください。足を湯につけると疲れが取れるそうです。ラベンダーの香油があるのですぐに届けさせます。そしてオレンジピールティーもご用意しますので、お部屋でお着替えをして、楽になさってくださいませ」
「ありがとうございます。お言葉に甘え、そうさせていただきますわ」
全力で私に尽くしてくれるフリードリヒ殿下に胸が熱くなる。
(帝国で彼が具合が悪かった時、私はお父様に言われるままに対応していた。適当にお見舞いの品を選び、手配は侍女任せにしてしまった。でももし次にフリードリヒ殿下が具合が悪くなったら……。必ず心から看病するわ)
そこで思い直す。
(そうではないわね。フリードリヒ殿下の具合が悪くならないよう、常に気を配るわ)
部屋まで送ってもらい、ドレスから室内着に着替えながら、私は侍女に命じる。
「殿下も旅でお疲れのはずよ。ホットチョコレートを届けてあげて。軽いビスケットも添えるのよ」
「承りました」と応じる侍女の頰が緩んでいる。
(なぜそんなに嬉しそうなのか。問うまでもないわ。フリードリヒ殿下への私の態度の変化。これを侍女が頼もしく思っている)
周囲から見ても分かりやすく自分が変わっているのだと実感してしまう。
(それにお互いに気を遣って差し入れをするなんて……何だか不思議だわ)
私自身もつい、笑顔になってしまった。
◇
王城到着初日、それはフリードリヒ殿下のおかげで、のんびり過ごすことが出来た。
夕食会は外交がある王太子と国王陛下は不在。王妃殿下と王女、フリードリヒ殿下の四人で和やかに過ごせた。さらに帝国と同じように温かい湯が沸き出ており、その湯を王城内に引き込み、入浴出来る設備が整っていたのだ。この湯に私だけではなく、使用人のみんなも入ることが許され、みんな湯浴びの後はぐっすり眠ることになる。
翌日はブランチスタートで、結婚式で着るドレスを試着して最終調整。続けて式のリハーサル、フリードリヒ殿下の側近の皆様との昼食を挟み、王城を案内してもらった。その後は招待客の各国の王族や特使との軽い外交、夜は王族のみでの夕食会。
それらが終わると──。
「ネル皇女殿下、いよいよ明日が結婚式となります。今晩はカモミールティーをお届けするので、そちらを飲み、リラックスしてお休みくださいませ」
「ありがとうございます、殿下。……その、明日が……待ち遠しいです……」
帝国では感情を表に出さず、常に凛とするよう言われていた。
(でも……こんなに優しいフリードリヒ殿下に対して、ツンと澄まし顔は無理だわ)
素直な気持ちを伝えると、フリードリヒ殿下は「わたしも楽しみにしています」とこぼれ落ちそうな笑顔になった。さらに私の手を取り、甲へと口付ける仕草をする。
「愛しています、ネル皇女殿下」
扉を閉める直前の彼の言葉に、私は幸せを噛み締めた。
お読みいただき、ありがとうございます!
じわじわと両想いになる二人にほっこり。
続きは明日の夕方頃公開予定です!
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