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侍女が教えてくれた初夜の儀は……正直、よく分からないものだった。それでも皇女として「分からない」とは言えず「なるほど。そうですのね」と落ち着いた様子で頷くしかない。
「入国してからお渡しする書物には挿絵も描かれているので、さらに理解が深まりますよ、皇女様」
「そうね。よく見るようにするわ」
そこで今宵の宿に到着。明日は早朝から出発だった。
すぐに湯浴びを行い、夕食を摂り、休むことになる。
◇
翌朝。
夜明けと共に目覚め、出発の準備となった。
「皇女様、今日も天気が良さそうですよ」
「そうね。ヌメール国に入国してから、ずっと晴れ続きだったわ。しかも気温が……帝国ではこの時期、もうウールを重ね着し始めていたわよね。でも……ここは過ごしやすい気候だわ」
「本当にその通りでございます。今日のように特に雲一つない晴天は、”秋晴れ”と呼ばれているそうですよ」
そんなよく晴れた日に移動をして、プリシア王国へ入国となった。
「えっ、もう国境なの!?」
「はい。プリシア王国の騎士もいるので、出国は少々時間がかかりますが……入国はスムーズなはずですよ。出国を含め、一時間程でプリシア王国に入国できるかと」
てっきり数時間は馬車で移動……だと思っていた。しかし実際は二時間も移動せずで、国境に到達していた。
(いよいよなのね……。でもプリシア王国の首都までは一日がかりになる。首都到着は明日だから……)
そう自分自身に言い聞かせている時点で、とても緊張していることに気がつく。
(他国へ嫁ぐことのプレッシャーをひしひしと感じてしまうわ……)
「皇女様、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないわよ」
虚勢……を張ってしまうのは、やはりどこかで私が”フェンブルク帝国の皇女ネルなのよ!”という自負があるからかもしれない。
(ひとまずさりげなく深呼吸をするのよ)
「出国許可が出ましたので、馬車での移動を再開します」
護衛騎士隊長が馬車の窓に騎乗で近づき、侍女に声を掛けた。「承知いたしました」と侍女が応じると……。ガタッという音と共に、馬車が緩やかに動き出す。
背筋を伸ばし、両手を握りしめる。
(国境警備隊も馬車の中を覗き込むような無粋なことはしない。けれど間違いなく注目しているはずよ。ここはフェンブルク帝国の皇女として、恥じることのない態度を示さないといけないわ)
ゴトゴトと音を立てながら、馬車は進む。
予想通り、馬車を遠巻きにする国境警備隊の大勢の隊員の姿が、馬車の窓のレースカーテン越しに見える。
(大丈夫。ちゃんと背筋を伸ばし、凛と出来ていたわ。扇子で顔を少し隠すのは皇族貴族では当たり前のこと。変に思われていないはずよ)
しばらく進むと、再び馬車が止まるが……。
先頭をプリシア王国の騎士が進んでいたからだろう。王国への入国はとてもスムーズだった。そして――。
「フェンブルク帝国の皇女ネル殿下、お待ちしておりました。プリシア王国へようこそ」
侍女が開けた窓から顔を覗かせた騎士は、お父様と同じぐらいの年齢。ダークブロンドの髪に鼻髭に強い眼光で、実に堂々としている。
(騎士団の中でもかなり高位の方のようね。……もしかして騎士団長?)
褒章も沢山つけており、騎士団長と言われても信じられる風貌だった。
「歓迎に感謝いたします」
侍女が応じ、私は扇子で口元を隠しながら微笑と共に会釈した。騎士団長と思わしき人物は騎乗で左胸に右手の拳を当て、深々と頭を下げる。
彼の姿が見えなくなったと思ったら……。
ガタゴトと馬車が動き出し、窓から目に飛び込んできた景色にビックリしてしまう。左右の沿道には馬から降りた騎士が等間隔で整然と並び、馬車の通過と同時に頭を下げてくれる。
「……皇女様、沢山の騎士が出迎えてくれていますね……」
「そうね。百名ぐらいかしら?」
「……そうだと思います」
侍女は「驚きましたわ」と言いたいのだろうけど、そこは私へ失礼になると分かっているので、それ以上は言わない。でも私自身が感じている。
(王太子妃を迎えるなら、この人数の出迎えもあると思うわ。でも私は……あくまで第二王子に嫁ぐ身。首都から馬車で一日、しかも今晩は泊りになるのに、こんなに沢山の騎士の出迎えは……正直、想像以上で驚きだわ!)
騎士の出迎えが終わると次に現れたのは……。
(特使や貴族の代表、あれは侍従長……かしら?)
そこで再び、馬車が止まる。
「どうしたのでしょうか?」
「御者に確認してちょうだい」
一瞬、盗賊や山賊のことを考えてしまう。
(でもあれだけの騎士がいるのよ。いくら向こう見ずなならず者でも、さすがに全滅はしたくないはず。私たちに手出しはしないと思うわ)
そこでパカラッ、パカラッと蹄の音がして、白馬の姿が窓から見えた。さらに誰かが馬から降りたと思ったら……。
「フェンブルク帝国のネル皇女殿下、長旅を経て、プリシア王国へよく来てくださいました」
そう挨拶をして顔を上げたのは……流れるようなブロンドに、優しいアーチを描く眉。その下には透明感のある碧眼、さらにスッキリとした鼻筋、そして形のいい唇。
その長身を包むのは、濃紺の上衣に白いズボンに黒革の乗馬ブーツ、フード付きのベージュのマント。若々しく、スラリとした貴公子だった。
「ネル皇女殿下、お会いできる日を心から楽しみにしていました。こうやって顔を合わせるのは、奇しくも今日が初めてとなってしまいましたが……わたしはプリシア王国の第二王子、フリードリヒです」
貴族とも違うオーラは感じられていた。
(でもまさかフリードリヒ殿下が、首都から離れたこんなところまで出迎えに来てくださったの!?)
その答えは本人によりもたらされる。
「待ちきれず、ここまで出向いてしまいました。ここから首都まで、きっちりお守りします。この先に今日のために休憩所を作りましたので、まずはそちらで昼食を摂りましょう」
◇
「皇女様、フリードリヒ第二王子殿下、なんてお優しい方なのでしょう。皇女様に会いたいからと、ここまで迎えに来てくださるなんて……! 感激しました。……殿下は皇女様のことが心から大好きなのだと伝わってきます。皇女様、間違いなく幸せになれますよ!」
侍女が興奮気味にそう言うのも納得なので、私はこくこくと頷くしかない。
(私のためにここまで出向いてくれたこと。私のために休憩所まで作ってくれたこと。もうそれだけでフリードリヒ殿下の深い愛情を感じてしまうわ)
そこでため息と共に思う。
(ジョシュア王太子殿下は私に礼を尽くしてくれたわ。でもそれは……それ以上でもそれ以下でもなかった。一線を引き、彼が心から愛するのは……あくまでポメリー嬢ただ一人。そこは決してブレなかったわ。……きっとポメリー嬢はジョシュア王太子殿下から、今の私のように一身に愛情を向けられていたのね)
今だから分かってしまう。フリードリヒ殿下は私しか見ていない。私だけに惜しみない愛情を注いでくれる。
(お父様やお母様とも違う。お兄様たちとも違う深い愛情。私だけに向けられる愛情は……)
とてつもない幸福感をもたらしてくれる。
(お父様はこうなることを見込んでいたの……?)
そこで「待って」と心の声が私にストップをかけた。
(そもそも私が五歳の頃からスタートした縁談話。間違いなく、政略結婚よ。それなのにフリードリヒ殿下は……なぜこんなに私に愛情を向けてくれるのかしら? 肖像画を見て幼い私に恋をして、ずっと片想いをしていたということ? そんなこと、ありうるのかしら……?)
ない……とは言い切れなかった。だって私自身がそうやってジョシュア王太子殿下を好きになっている。
(ただ実在しないと思い、半ば憧れではあったのだけど……)
ジョシュア王太子殿下が実在すると知ってしまったからこそ、気持ちが加速したのは否めない。
(もしかしてフリードリヒ殿下も私と同じタイプの方なのかしら……? そこは本人に話を聞いてみたいところね)
そんなことを思っていると、私のために新設されたという休憩所に到着した。
お読みいただき、ありがとうございます!
幼い頃の肖像画しか見ていなかったフリードリヒ殿下でしたが……
何やら素敵な貴公子の予感☆彡
続きは明日のお昼頃公開予定です。
昼食の話なので〜!
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