3
「皇女様、申し訳ございません。貴重な船酔いの薬を……いただいてしまい……」
「いいのよ。私は全然問題ないのだから」
遂に港町に到着し、一泊した後、船に乗り込んだ。
(大勢の使用人が船に乗り込み、沢山の荷物を積み込むことになった。港町の人々は総出で見送りをしてくれたわ)
早朝に船出して、しばらくは船内もバタバタしていた。侍女も荷解きなどで忙しい。その間に私は軽い朝食を摂り、そこで船酔いに効くと言われている砂糖の生姜漬けをいただき、ミントティーを飲んでいたのだ。
さらに部屋の丸窓が見えるソファで寛ぎ、明るくなった空を眺めていた。その際、これまた酔い止め効果があると言われるレモンピールを摘み、紅茶を飲んでいると……少しずつ船の揺れが大きくなった。
(私が乗船するから、かなり大型船なのだけど……。港を出発して一時間半ほど経ったかしら? 外洋に出たようね。揺れが……出て来たわ)
この揺れ、私は平気だったのだけど、メイドに侍女と次々と船酔いとなってしまう。そこで私はメイドや侍女にもレモンピールとミントティーを飲むように勧め、休むように伝えたのだ。
(明日の朝にはヌメール国へ到着だけど、みんな、大丈夫かしら?)
そんな心配をしつつも、こういった場合を想定し、訓練を受けた女性乗務員も乗船していた。彼女達は私の世話だけではなく、昼間からマジックや演劇で歓待してくれる。
私がショーを楽しむ間、侍女やメイドは体を休め、ティータイムには貴重な水を使ったレモンの果実水も出されたので、彼女たちにも勧めると……。ようやく侍女もメイドも元気を取り戻す。
「皇女様、おかげさまで落ち着きました! 間もなくディナーですよね。着替えましょう!」
回復した侍女に着替えを任せ、ホールへ向かうと……。夕食を頂きながら、ピアノ演奏が楽しめるようになっていた。
そこで私はふと思いつき、侍女とメイドに提案する。
「船には女性乗務員もいるわ。それにたまにはいいのではないかしら。皇宮であなた達と食事なんてできないのよ。プリシア王国に着いてからもそう。だから一緒に食事をしましょう」
私の提案に侍女もメイドも喜び、ピアノの演奏を聴きながら、共に夕食となった。普段、プライベートな会話を侍女やメイドとすることはない。だがこの夕食の席で、侍女は過去に婚約者に浮気され、結婚する気がないことや、三人のメイドはまだ十代で、プリシア王国で素敵な出会いがあれば前向きに結婚も考えたいと思っている……そんな話を聞くことができた。
(今日という機会がなかったら、彼女たちとこんな話は……できなかったと思うわ。こうやって食事出来てよかったわね)
何より無言で演奏だけ聴いて食べる食事は味気ない。
私がそんなことを思っていると、侍女やメイドたちもこの機会を喜んでくれていたようだ。食後の紅茶を飲んでいると、こんな風に言ってくれる。
「皇女様、ありがとうございます」
「……そんな、改まって頭を下げる必要はないわ。気にしないで頂戴」
「ですがわたし達はあくまで皇女様に仕える使用人。同じテーブルに着くなんて……恐れ多いことです」
謙虚な彼女たちを見ていると、これまでいろいろ我が儘を言い、困らせていたことを申し訳なく思ってしまう。
(これは……チャンスね。彼女たちから恐れられている私を変えるチャンス)
「ここにいるみんなは、私に仕えるために家族と離れ、帝国を出ることになったのよ。……生まれ育った祖国を離れることになったのは私のせい。これから異国の地で暮らすのだから……みんなは……私にとって仲間みたいなものよ。だからこの程度のことでそこまで恐縮しなくていいのよ」
「「「皇女様……」」」
私の言葉に侍女もメイドも涙ぐむ。
(……考えてみると私は……やっぱり社交界の噂通りの皇女だったわ。“女帝気取り”……それを否定できない)
これまで仕えた使用人の中には、体調や結婚を理由に退職する者も大勢いた。
(でも私のあたりがキツイ、怖いというのが本当の理由だったことは……私だって気づいている)
でもここにいる全員が、“女帝気取り”の私に文句を言うことなく、長年仕えてくれていた。
私と一緒に帝国を出るかどうかとなった時、結婚や家族の看病などを理由に、辞退する者も少なからずいた。
(そう考えると……ここにいるみんなは……信頼できる者たちよ)
「……その、今さらだけどみんな、ありがとう」
「「「……!」」」
「私はフェンブルク帝国の皇女ネルよ。誰よりも気高く、誰よりも凛として、誰よりも強く生きると決めているの。見知らぬ国で生きることになる私は……さらに強気になるかもしれないわ。そんな私でも……これからも頼んだわよ!」
(帝国の皇女がこんなことを言うなんて、後にも先にもこの瞬間だけよ!)
言葉にしつつも、少し赤くなっていると……。
「皇女様、どこまでもお供します!」
「わたし達が仕えるのは皇女様、お一人です」
「皇女様にこれからも心からお仕えすると誓います!」
侍女もメイドも口々にそう言ってくれる。
もしも私が……奇跡的にジョシュア王太子殿下のハートを射止めていたら……。
(今よりもっと鼻高々になっていたわね。まさに“女帝”になっていたわ)
不本意という思いは消えない。それでもこう思ってしまう。
(これでよかったのかもしれないわ)
こうして私たちは翌朝、ヌメール国の港に無事、到着した。
◇
ヌメール国に到着してからも馬車の旅は続く。ただ……その旅はとても楽しいものだった。
帝国では秋なんて感じる間もなかった。ところがヌメール国は……。
植物学者によると、帝国は針葉樹という木々が多く、紅葉することもないと言われていた。でもヌメール国は違う。落葉樹という木々が多く、村はずれの牧草地の遠くに見える木々は……実に色とりどり。
(イエロー、オレンジ、レッド、ブラウン……。とても美しいわ)
特に森の中を抜ける時、その道はイエローの絨毯が広がる。
「皇女様、初めて見ました。これが……紅葉なんですね」
「私も初めてよ。プリシア王国は遠いけれど……。ヌメール国経由で旅できるのは……良かったと思うわ」
「そうですよね、皇女様。プリシア王国から帝国へ向かう時は船旅であっという間と聞きます。ですがこの馬車旅は時間がかかりますが、それも良いと思いましたわ。途中の宿で宿泊して、ヌメール国のお食事を楽しめましたし」
それは本当にその通り。帝国の料理も贅を尽くしたもので、とても美味。それでもヌメール国の料理は初めて口にするものも多く、ローレンツィア王国には敵わないが、大変味わい深いものだった。
(ドライフルーツではないイチジクを初めて食べたわ。ザクロもジュース以外を飲んだのは初よ。焼き栗は……甘くてふっくらして絶品! マロングラッセなら食べたことがあったし、大好きだけれど……焼き栗も気に入ったわ。ヘーゼルナッツはマカロンのクリームとして食べたことがある。でも実をそのまま頂く時はミルクティーによく合って、食べる手が止まらなかったわね……!)
初めて味わう秋の味覚。帝国で食に不自由することはない……と思っていたけれど、それは限定されていたものだと知ることになった。
(あまりにも食べ過ぎて、プリシア王国に着く前に太っていないか心配だわ……)
ただ、ヌメール国に入国してすぐは収穫祭があちこちで行われていた。そこで私はローレンツィア王国の時のように、町娘の装いで収穫祭を見て歩いたのだ。
(あの時はプリシア王国からの出迎えと、護衛で合流した騎士達を驚かせることになったけれど……。おかげで後半で食べてばっかりでも、なんとか太らずには……済んだわよね?)
ドレスのサイズも変わっていないし、問題ないはず。
そんな体型を気にすることになっているのも、プリシア王国に到着したら、すぐに結婚式となるからだ。
(まったくお母様がいつの間にかウェディングドレスを仕立てていたのは驚きだったわ。きっと私がローレンツィア王国へ向かった時にはデザインが決まり、注文済だったのよね。きっとお父様が『ネルは夢破れて帰国するはず。何も考えられないタイミングで縁談話をまとめてしまおう』とでも言ったのだわ! そして当初から冬になる前に私を……プリシア王国に嫁がせる手筈だったのね……)
そこはお父様もお母様も、さすが帝国の皇帝と皇妃と思ってしまう。
(二人ともそういう器なのね。私では……到底務まらないわ)
さらにはプリシア王国側もこのスピードに対応し、招待客などの調整をつけている。しかも南寄りの国なので、冬でも積雪は少ないらしく、人馬の往来も普通に行われるという。
(だからこそ、晩秋の結婚式も実行できる……)
ゴトゴトと揺れる馬車でそんなことを考えていると、侍女が「皇女様」と声をかける。
「何かしら?」
「明日にはプリシア王国に入国となりますよね」
「そうね」
「入国したら三日後には結婚式です」
「……そうなるわね」
「初夜の儀についての皇族に伝わる書物は入国後、お渡しします。ここでは簡単にどのようなことが行われるかを……ご説明してもよろしいでしょうか?」
「!」
皇女であっても知らないことはあった。特に初夜の儀については……女性皇族に伝わる書物と侍女から話を聞くよう、お母様から言われていたのだ。
「……よろしくてよ」
ドキドキしながらも落ち着いた表情で私は応じることになった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ツンツンなネル皇女に変化の兆し!?
続きは明日、朝公開予定です~
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡


















