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プリシア王国の第二王子、フリードリヒ殿下と私の婚約が発表され、さらにネル・ライトの件も公表されると……。
「すごいわね。新発見の宝石の採掘権を帝国に譲与するなんて……。プリシア王国のフリードリヒ第二王子殿下は、皇女殿下にゾッコンのようだわ!」
「フリードリヒ第二王子殿下は婚約記念で、特別なレースを帝国で開催してくれるのだろう?」
「そうそう。プリンセス・ネル皇女杯! フリードリヒ第二王子殿下の馬に賭けたら、たとえ負けても次回のレースに半額で賭けられる証書が発行されるらしい!」
「太っ腹ですわね、フリードリヒ第二王子殿下は!」
すでに帝国内ではフリードリヒ殿下の人気は急上昇していた。
加えて社交界で、表向きは”皇帝お気に入りの皇女殿下”と言われつつも、水面下では”女帝気取りの皇女様”と私は噂されていたのだけど、それもピタリと収まった。
「ローレンツィア王国のジョシュア王太子殿下に熱を上げていたらしいけど、ようやく諦めたのね」
「皇女としての立場を自覚されたのだろう」
「役目を果たす気になったなんて。外交を経験して、皇女様も随分と大人になったのね」
私の評判も社交界で少しずつ変化していた。
そんな折のこと。
「皇女様、フリードリヒ第二王子殿下よりこちらが届けられました……!」
侍女が届けてくれたのは、見事な造形の宝石箱。
(小ぶりだけど、黄金ね。見た目よりズシリと重いわ……)
「こちらが鍵でございます」
侍女から受け取った封筒を開けると、こちらからもまた黄金の小さな鍵が出てくる。
カチリと鍵穴に鍵を差し込み、蓋を開けると……。
「これは……」
「まぁ、なんて美しいのでしょうか! そしてとても大粒のサファイアなのでしょうか」
箱の中には小さなメッセージカード。そこには『わたしの最愛のネル皇女殿下へ 愛を込めて贈ります。 フリードリヒ』と書かれているだけ。
そこで宝石をジッと見た私は気づく。
「これは……ネル・ライトではないかしら?」
「えっ!」
「今はサファイアみたいに見えるわ。でも……おそらく夜になるとルビーみたいに見えるはずよ!」
今晩は私の婚約を記念しての、五回目の舞踏会だった。
フェンブルク帝国の夏は短く、秋などほぼなく、いきなり冬に突入してしまう。よって社交シーズンは冬から春にかけてとなる。
夏の収穫期も落ち着いたタイミングでの私の婚約発表。短い秋を使い、ちょうど貴族達は帝都に戻ってきていた。だからこそ、婚約発表と同時に舞踏会がこれでもかと開催されている。
(舞踏会にこの指輪をつけて出席すれば、みんながネル・ライトを目にすることになるわ。私が突然薬指に指輪をつけていれば……当然、フリードリヒ殿下からの贈り物と思うはずよね)
大粒のルビーにも見えるこの指輪を見た貴族たちは……こぞって大騒ぎするだろう。
「あれが噂のネル・ライト?」
「ルビーそっくりだわ」
「昼間はサファイアに見えるそうよ」
「……欲しいわね……」
(こんな感じで令嬢・マダムがざわつくはず。そして既に採掘は、冬に入る前にと始まっているのよ。きっと冬の間に少しはネル・ライトも帝国内で流通すると思うの。数が限られるから、貴族達の間で取り合いになるでしょう。そうなると……値は上がるわね)
絶妙なタイミングで届けられた指輪。そして私はこの週末に帝国を立ち、プリシア王国の首都を目指すことになる。貴族令嬢は記憶の中でネル・ライトの価値を勝手に高め、期待を込めることになるのだ。
(お父様はガッポリ儲けられそうね)
その一方で私は……。
(短いながらも船旅を経てヌメール国へ入国し、そこから陸路でプリシア王国を目指す。ヌメール国は縦に長い国だから、来月の今頃にはプリシア王国に着いているわ)
こんなに急にプリシア王国へ向かうのは、今を逃すと春まで移動が困難になるから。
冬の海でも船出はできるけれど、海は荒れることもあった。船旅に慣れていない私、侍女やメイドなど女性の使用人は、冬の船出では苦労することになる。だからこその冬になる前の出発だった。
大急ぎの嫁入りではあるが、ヌメール国内に入り、ある程度移動してしまえば……穏やかな秋とやらを感じられるという。
(急遽ではあるものの、婚約が決まり、ダラダラと帝国に残ると、貴族たちが余計な噂を水面下でしかねない。だからこれが……正解よ)
寂しい気持ちがないわけではない。でもそこは……皇女としてのプライドが勝った感じだった。
◇
「ご覧になって、ネル皇女殿下の指輪!」
「あら、なんて大粒の……ルビーかしら?」
「違うと思うわ。あれが噂のネル・ライトでは……」
舞踏会に参加する私は貴族達の注目を一身に集めていた。皆が見るのは、アイスブルーのドレスや私のダイヤモンドのティアラではない。指輪――ネル・ライトの宝石だった。
「皇女様、とても美しい指輪をつけていらっしゃいますわね」
チャルトリスキ公爵令嬢が婚約者と共に私のところへ来て声をかけてくれる。
「美しいですわよね? これはフリードリヒ第二王子殿下が届けてくださったの。リングはプラチナで、この宝石は……自分で言うのは恥ずかしいわ」
私がはにかむと、チャルトリスキ公爵令嬢がハッとして驚きの声を上げてくれる。
「もしかしてこちらが噂のネル・ライトですの!?」
「ええ、その通りよ」
「まぁ、なんて美しいのかしら! ルビーは燃えるような赤ですけど、ネル・ライトはワインレッドのような透明感のある色と輝きですわ! 皇女様の髪色やドレスにルビーは少々強過ぎますけど、この高貴なパープルを含んだ赤は……。本当に皇女様にピッタリ! まさに皇女様の宝石と言えますわ。皇女様のために存在している宝石。ネル・ライトという命名も本当に正解だと思いますの」
チャルトリスキ公爵令嬢の声はソプラノでよく響く。遠巻きで見ていた令嬢・マダムの目がキラッと輝いた気がした。
その次の瞬間。
「皇女殿下、そちらの指輪、じっくり拝見させていただけませんか」
「ネル・ライトの実物、初めて見ましたわ。素敵ですわね~」
「さすがフリードリヒ第二王子殿下! こんな指輪を届けてくださるなんて!」
まずマダムが私に近づく。続いて令嬢たちも「皇女殿下、ご婚約、本当におめでとうございます! なんて美しい宝石なのでしょうか」「羨ましいですわ。フリードリヒ第二王子殿下のような殿方とご婚約されて」「私もネル・ライトをいつか手に入れたいですわ!」と私を取り囲む。
私は指輪をつけた手を皆に見えるように掲げた。
「ほう、これが噂の……」
「確かに美しいな」
「いつ市場に出回るのか」
今度は令息・紳士が真剣な表情でネル・ライトを眺める。
(お父様、これで良いかしら?)
その様子を室内バルコニーの玉座に座るお父様は「うむ」という感じで目を細め、頷いていた。
◇
帝国を出発する日はあっという間にやって来てしまった。
(朝から帝都はお祭り騒ぎだったわ)
私は今朝からの出来事を馬車の中で振り返る。
皇宮からの出立は家族と使用人総出でのお見送りだった。宮殿には貴族が詰めかけ、通りに出ると帝都民が溢れていた。
沿道のあちこちが祝賀ムードでお祭り状態だった。
(まさに私はパレードをしている心地だったわ。でもさすがにこの辺りでは……)
帝都を抜け、港町に向け進むと、荒野に近いエリアに入る。特に永久凍土が広がる辺りは民家も少なく、最寄りの村の墓地などが立ち並ぶ。
(ここは静かに通過するべきね)
そう思ったら……。
「皇女様、ご覧ください。墓地の門の前に……あれは墓守の家族でしょうか?」
侍女の言葉に馬車の窓から外を見ると……。
帽子を胸の前に持ち、墓守らしき男性が頭を下げていたのだ! 隣にいる妻はスカートをつまみ、こちらも頭を下げてくれていた。子どもたちは頭を下げつつも、落ち着かない様子でチラチラとこちらを見ている。
今回の婚約、私は不本意だけど、受け入れるしかないと思っていた。さらに受け入れたからには周囲から羨まれるほど、幸せな笑顔をして見せる――そう思っていたのだ。
でも本当はジョシュア王太子殿下を諦めきれていないし、どこかみじめな気持ちがあったのだけど――。
(墓守は死者の守り人で、国家行事とは距離を置くと聞いているわ。それなのにこんな風に見送ってくれるなんて……)
この時、私は馬車の中で姿勢を正す。
(フェンブルク帝国の皇女ネル。誰よりも美しく、誰よりも愛されて、誰よりも幸せになるの……!)
墓守の家族に私は悠然と微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございます!
やらかしてしまった皇女ネルちゃん、ついに帝国を立つ……!
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