プロローグ
「ネル!」
「……はい、お父様」
「ネル、そなたは私の自慢の娘であり、これまで全て望むものを与えて来た。だが、今回ばかりはどうにもならん! ジョシュア王太子のことは諦めなさい! 今回、ローレンツィア王国に多大な迷惑をかけることになった。向こうは謝罪と海上交易路の全面開放、植物園の復興資金を全額我が帝国負担で許してくれたが……。水面下で根回しをして、さらに多くのお詫び金を渡すことになった」
そこでお父様は大きなため息を吐く。
「そなたのためなら仕方ない……そう思っているが、帝国に1ミリの益がなく、これほどのことは……。ネル、事の重みを理解しているか?」
「……理解しております」
「そなたを庇い、外交特使として使節団を任されていたモール伯爵が全ての罪を負うことになった。ローレンツィア王国に誠意を示すため、爵位を剥奪し、北の辺境の地に送ることになったのだ。モール自身はそれもやむを得ないこと──そう受け入れているが……。奥方とは離婚だ。二人の娘はヌメール国へ密かに留学させたが、モールが娘と会える日は……。嫡男については、子供のいないフーツ男爵の養子に入り、何とかモールの血筋が絶えぬようにした。モールだけがこれだけの目に遭い、ネル、そなたが無傷というのは……」
この言葉に私は震撼してしまう。
(まさかお父様は私に罰を与えようとしているの!?)
驚き、目を見開く私にお父様は告げる。
「ローレンツィア王国からはやんわり、ネルに相応しい婚約者を紹介しましょうかと言われている。間違いなく、その婚約を受け入れたら、我が帝国にはマイナスになり、ローレンツィア王国にとってプラスになるに違いない。それは……帝国として受け入れられぬこと。よってネル、そなたに余の指定する相手と婚約することを命じる」
「そんなお父様……!」
「いつまでもプレートで見た王子様に熱を上げている場合ではない! それに実際、余の言う通りになったではないか。最初から無理だったのだ。あの意志の強い王太子は、自らの考えを曲げるつもりがない!」
バッサリとお父様から言い切られ、私は唇を噛みしめて黙り込む。それでも……確認せずにはいられなかった。
「お父様……まさかそのお相手は……」
「分かっているだろう? 前々から彼のことを余は話していた。そして向こうとしては乗り気なのだ。すぐにでも婚約は成立するだろう。どちらかというと、こちらが返事を延ばし延ばしにしていたからな」
「つまりお相手は……プリシア王国の第二王子、フリードリヒ殿下……でしょうか」
「そうだ、ネル。そなたにとってのデビュタントとなった舞踏会で、本当は顔を合わせるはずだった。だが彼は旅の疲労と気温の変化に体調を崩し……。しかし彼の肖像画は婚約話が浮上した頃に預かっている。それを部屋に届けるからよく見るがいい」
お父様からそう言われても「ありがとうございます」という気にはなれなかった。代わりに「分かりました。部屋に届きましたら確認します」と応じるしかない。
「ネル。これもそなたのため、なのだ。いつまでも振り向かない相手を想い、過ごす必要などない。市井の民のように好きになった相手と結ばれる……なんてこと、皇族ではそうはありえん。結婚することになった相手のいいところを見つけ、お互いに好きになっていく。そのような結婚もあるのだと分かって欲しい」
「……お父様とお母様もそうだったのですか……?」
「実のところそうだった。でも連れ添うと情も移る。それに子どもに恵まれたら……。自然と仲の良い夫婦になれた。大丈夫だ、ネル。そなたもちゃんとフリードリヒ第二王子を愛せるはず」
こうして私の婚約はお父様の決断で決定事項となった。
◇
お父様と話し、部屋に戻ってしばらくすると侍従長が訪ねてきた。侍女が応じ、渡されたのは……。
(フリードリヒ殿下の肖像画ね……!)
掛けられていた布をめくると……。
「えっ……」
フリードリヒ殿下は十八歳のはずだった。でも肖像画に描かれているのは……。
(七歳ぐらい……かしら?)
金髪癖毛の碧眼で、よく見かける宗教画に登場するエンジェルのようだった。
(お父様は確かジョシュア王太子殿下には及ばないけれど、なかなかの美男子……と言っていたわ。でもこの肖像画を見る限り、愛らしいとしか思えない)
七歳のジョシュア殿下はプレートで確認しただけでもキリッとして大人っぽかった。愛らしさよりハンサムさが前面に出ていたと思う。
(やっぱり……ジョシュア王太子殿下に、フリードリヒ殿下は敵わないのだわ!)
「ねぇ、この絵はどこかに仕舞っておいてちょうだい」
「えっ、ですが皇女様、これは……」
「お父様のところに戻したら、何か言われそうだわ。でもこの部屋の壁に飾る気にはならないの。だから仕舞って」
「……かしこまりました」
侍女は布と額縁を手に部屋を出て行った。
◇
そこからはあっという間だった。元々、私が五歳の頃から、水面下で話し合われていた縁談話であることは、お兄様から教えてもらえた。
だからこそ、とんとん拍子で話は進み……。
「プリシア王国が特使を派遣してくれた。おかげで書簡の往復で時間を取られることもなかった。ネル、そなたとフリードリヒ第二王子との婚約、無事に成立した。明日にでも公式発表をするとしよう」
夕食の席でお父様がそう宣言すると、お母様は……。
「おめでとう、ネル! あなたなら絶対に幸せになれるわ!」
満面の笑顔。しかも二人の兄も声を揃えて喜んでくれる。
「フリードリヒ第二王子殿下は見事な競争馬を何頭も所有していて、各国の競馬大会に参戦し、優勝もしている。私財も豊富で、兄である王太子殿下より裕福だと言われているよ」
「本人はアカデミーで博物学を学び、いろいろな発見で学術誌に名前も登場している。競馬で得た資金で、あちこちの発掘を指示しているらしいよ。最近はアレクサンドリアという、昼間と夜で見た目が変わる宝石を発見したんだって! しかもその発見場所は我が帝国なんだよ! ウラウール山脈に彼が春に訪問した際、当たりをつけたんだ。そして父上に許可をとり、発掘したんだよ! 今回の婚約を機に、その宝石の採掘権はすべて我が国に譲渡し、宝石の名前もネル・ライトに変えるって」
これにはビックリしてしまう。
確かにアレクサンドリアという宝石について、世紀の大発見と新聞で見たけれど……。私はローレンツィア王国から帰国してすぐで、それどころではなかった。
(そうだったのね。噂の宝石はフリードリヒ殿下が……。ということは今回の婚約や宝石の件が新聞に載れば……貴族も庶民も大喜びになるのね)
さらに新発見の宝石の採掘権が帝国のものとなれば、私のせいでお父様が失ったものの幾ばくかのお金の補填にはなるはず。
私がチラリとお父様を見ると、さりげなく視線を逸らす。
(フリードリヒ殿下との婚約話は昔から進められていたことは事実。ここに来て一気に加速した裏側には……こんな事情もあったのね)
それを知ると改めて私は、自分がこの帝国で一つの駒に過ぎなかったのだと思い知る。
(両親の愛情は嘘ではないと思う。でも所詮は……体良く私を扱うため……)
悔しいが実際のところ、私は負け皇女。嫁ぐことで少しでも罪滅ぼしになるなら……。
(そうだとしても、泣く泣く嫁ぐだなんて、思われたくないわ!)
私は背筋を伸ばし、凛とした表情で告げる。
「お父様、お母様、ニコライお兄様、ルカお兄様。ネルは世界で一番裕福になり、幸せになってみせますわ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
ネル皇女のその後の物語、スタートです~
書き始めたら意外と長くなり、10話ほどになりました……!
お盆期間中は朝に更新しておくので
ご自身の都合のいいタイミングでお楽しみくださいませ☆彡


















