12
せっかく三泊四日、ウィーン大使の別荘に滞在するつもりだったのだ。このまま強行軍で王都に戻るのは勿体ない!
そこで護衛騎士のみんなとエミリーたちと合流した後は……。
「ジョシュア王太子殿下、ラウンズベリー侯爵令嬢!」
無事に別荘へ戻ったジョシュと私を見て、ウィーン大使は男泣き。そしてアユーラ公爵令嬢のことを心から詫びてくれた。
「アユーラ公爵令嬢は少し破天荒と言いますか……。フェルディナント王太子殿下がドネシアン島へ行くのに同行したい気持ちがあったのでしょうが、さすがに公爵令嬢が一カ月もの船旅に出るなんて……。それでも何度か父親である公爵にドネシアン島へ行きたいとお願いしたり、王妃殿下に直談判することもあったようです。そんな彼女から『別荘にジョシュア王太子殿下と救済の聖女と言われるラウンズベリー侯爵令嬢が来るなら会ってみたい』と手紙が来た時、本当は『ノー』と言うべきでした」
そこでウィーン大使は苦しい胸の内を私たちに明かす。
「ですがフェルディナント王太子殿下が病に倒れ、アユーラ公爵令嬢は憔悴しきっていると聞いていたのです。少しでも気晴らしになるならと……。とはいえ、アストリア国の一介の貴族がローレンツィア王国に足を運ぶのと、王太子の婚約者である公爵令嬢が入国するのでは話が大事になります。そこで『変装するなら来ても構わないですよ』と応じてしまい……。まさかラウンズベリー侯爵令嬢を聖女だと信じ込み、攫うなんて……。ただ、彼女はそこまで追いつめられていたのだと思います。未知の病でフェルディナント王太子殿下は日増しに衰弱していく。なんとか、どうにかして助けたい一心だったのかと。どうかまだ若い未来の王妃を許してくださらないでしょうか」
この世界に土下座の文化はないけれど、ウィーン大使は膝を折り、応接室の絨毯で伏して詫びるので、ジョシュが慌てて駆け寄ることになった。
「ウィーン大使、安心してください。今回の件は国王陛下にも報告はせず、僕の胸の内に留めておきます。ポメリー嬢もそれでいいと同意してくれました」
そこでジョシュが私を見るので、大きく頷く。するとウィーン大使は「ジョシュア王太子殿下、ラウンズベリー侯爵令嬢、本当にありがとうございます……!」とジョシュに支えられながら立ち上がる。
「それにポメリー嬢は山ほどの文献に目を通したことから、フェルディナント殿下の病がジャングル熱ではないかと推測し、ライル卿もその可能性を示唆しました。ライル卿はそのジャングル熱に効くというポホン・ケヒドゥパンという樹木の樹皮を乾燥させた粉末を持っています。それはジャングル熱に効果を発揮するそうですが、場合によってはひどい耳鳴りや眩暈、嘔吐や頭痛などの症状も伴うようです。それでも飲むことで助かるのなら……。どうするかはフェルディナント殿下自身が決めることになると思います」
ジョシュから話を聞いたウィーン大使は目を丸くして驚く。
「なんと……! フェルディナント王太子殿下が何の病であるか、特定できそうなのですね……! これまでは未知の病で打つ手なしと言われていたのですが……希望が持てました。本当にありがとうございます……!」
「ですがポメリー嬢は医師ではないですし、そもそも彼女はフェルディナント殿下の病気の件も知らない立場です。よって病についてどう考えるか、ポホン・ケヒドゥパンを薬として飲むかどうか。それはすべて貴国とフェルディナント殿下が決めることとなります」
「ジョシュア王太子殿下、そこはこのウィーン、よく理解しております。お二人の誠意とライル卿が持つ薬。それを使うかどうか。その全ては我々の範疇のことであり、お二人やローレンツィア王国にご迷惑をかけるようなことはしません。しないと誓います」
ウィーン大使もアユーラ公爵令嬢も、貴族としての矜持があり、善性を持ち合わせていた。
「今回の件でどのような結果になろうとも、お二人やローレンツィア王国には感謝しかありません。希望の灯を与えてくださり、ありがとうございます」
真摯な表情のウィーン大使を見ていると、しみじみ思ってしまう。
(私が本物の聖女なら、聖なる力で簡単に救うことができた。でも私がジョシュの純潔を奪ってしまったから、この世界に存在する病を簡単に治すことができないのだわ……)
「ウィーン大使。そろそろ我々は部屋に戻っていいでしょうか。昨晩から緊張が続き、まだティータイム前の時間ですが、少し休みたく」
「勿論です、ジョシュア王太子殿下! ティータイムには軽食を部屋に届けましょう。ゆっくり休息をとってください。今日は招待客を呼ぶ食事会などは一切せず、静かに過ごせるようにしますので、ご安心を」
「ありがとうございます。ではポメリー嬢、部屋へ行きましょう」
「はい、殿下」
◇
私を客間までエスコートすると、ジョシュは護衛騎士とエミリーに「少しだけ二人きりで話す時間が欲しい」と告げた。いろいろあった後なので、みんな「分かりました」と応じ、退出。前室で二人きりになると、ジョシュは私とソファに横並びで座り……。
「ポメリー嬢」とジョシュは私をふわりと優しく抱き寄せる。
「この世界に聖女がいたら……と考えていませんでしたか」
「……! それは……!」
「聖女がいない。それは自分のせいだ……そんな風に思わないでください」
「……殿下……!」
「聖女がいてもポメリー嬢と結ばれなかったら、僕は……生きた屍になっていたかもしれません。政治も外交も疎かにして、放蕩な日々を送り、税金の無駄遣いをして、国民が蜂起するような事態を起こしていたかもしれないのです」
「そんな……殿下はそんなこと……」
そこでジョシュが優しいキスで私の唇を塞ぐ。
「そんなことはないと、誰も断言できません。ですがこれは『もしかしたら』の話であり、現実味のないことです。大切なのは聖女のいないこの世界で、人々の病をどう撲滅するか、ではないでしょうか」
「それは……その通りだと思います!」
「僕は医学院へ私財の一部を投資し、設備や機器の充実を図っています。顕微鏡の開発には特に力をいれ、人間の目では捉えることができない何かの存在を解明できるよう、努めるつもりです。さらに医師や研究者を目指す孤児を支援する基金も作りました。医者や研究者を増やし、医療の発展を進めようと考えています」
これにはもうビックリ。ウィルスの発見には電子顕微鏡が必要なはずで、今はまだ難しいかもしれない。でも病原菌を見分けることができる顕微鏡が誕生すれば感染症の治療や公衆衛生学の分野で飛躍的な一歩を踏み出せると思う。
「聖女を召喚し、全てを背負わす――それが唯一の正解ではないと思います。そもそも召喚される聖女は元の世界での生活があり、家族がいて、友がいたはずなのです。それなのにこちらの都合でこの世界に呼び出すのは……。僕はそれが正しいことには思えませんでした。ですからポメリー嬢という最高の伴侶を得て、僕自身の力でこの世界の医療を発展させること。それこそが僕がやりたいことでもあるのです。……僕を信じ、そばにいてください、ポメリー嬢」
ジョシュの言葉に私は泣きそうになる。
(やっぱりジョシュは芯の強さがある。主に祈りを捧げるが、神頼みで終わらない。その祈りが叶うように、自身が努力する。何よりも絶対に諦めない。自分の選択を後悔するのではなく、より良い方向へと導く力を持っている)
「殿下を信じます。そして私も……私のできる精一杯で殿下を支えます」
「ポメリー嬢」
なんだかとってもいい雰囲気でキスをして、このままぽすっとソファに倒れ込みそうになったが――
「殿下、お嬢様、失礼いたします!」
エミリーの声とノックに、ジョシュと私は慌てて倒れそうになっていた姿勢を戻す。
「ウィーン大使から、木箱二箱分のココナッツオイルが届きましたよ!」
受け取った木箱を手に、ランスロット卿ら近衛騎士が部屋に入って来た。甘いココナッツの香りが部屋に漂う。
「木箱二箱分も……ウィーン大使は随分、太っ腹ですね……!」
私はさすがにビックリしてしまう。
「カードが添えられていますね。……ココナッツオイルの力でローレンツィア王国の次なる王子と王女の誕生に貢献できることを願っています……」
ジョシュが読み上げたカードに書かれていたこと。それは……ローレンツィア王国の次なる王子と王女の誕生……つまり子宝に恵まれたらということ!
ココナッツオイルをまとった私にジョシュが「ポメリー嬢、我慢できません。今宵、あなたをいただきます」と美味しくいただいてくれたら……というあの妄想を再び思い浮かべてしまい……。私は顔が真っ赤になり、それを見たジョシュもまた何かを想像してしまい、その美しい顔を赤らめる。それを見たエミリーは……。
「お二人とも、お式まではくれぐれも自重くださいね」とニッコリ微笑んだ。
(おしまい)
お読みいただき、ありがとうございます!
ジョシュはめちゃくちゃ前向き
さすがこの世界のヒーロー!
ポメリー嬢もよく頑張りました~
そして遂に次回、ネル皇女のその後編が公開です……!
ツンしかない皇女がジョシュへの想いを胸に政略結婚へ
夢破れた皇女が祖国を離れ、向かった先で待ち受けるのは――。
原稿はもう少しで書き終わるものの
まだ校正が終わっていないので
少しお時間いただけないでしょうか。
12日(水)から公開できるよう頑張ります
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡



















