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アユーラはフェルディナント殿下の王太子印が押された出国許可書を持っており、そこにジョシュ殿下と私の偽名を書き込み、国境まで送ってくれた。
「着ていた舞踏会のドレスは後日送り届けるようにします。そしてこちらは道中で入用になった時にお役立てください」
そう言うとアユーラはズシリと重そうな巾着袋をジョシュに渡す。
(間違いなく金貨が入っている。でもこれは彼女なりのお詫びを込めているはずで、ジョシュもそれを汲んで受け取ったのね)
「念のために国境警備隊には話をつけておきます」とアユーラはライル卿と護衛騎士ウィラと従者たちを残し、警備隊員の元へと向かう。そのライル卿はこのままアユーラと共に宮殿へ行くことになっていた。
急にライル卿が帰国するとなると、ウィーン大使が驚いてしまいそうだけど、その辺りは伝書鳩を飛ばし、ちゃんと大使には連絡するという。
(それにライル卿は一刻も早く、宮殿に戻るべきだわ!)
というのもライル卿はジャングル熱の威力を知っているので、粉末にしたポホン・ケヒドゥパンを木箱ひと箱分、アストリア国に持ち込んでいた。それは自分自身と、ドネシアン島からアストリア国へやって来た仲間のためでもある。潜伏期間が長く、アストリア国に到着してから発症する恐れもあるからだ。
ウィーン大使のところにもいくつかあるが、多くは宮殿に置いてあるとのこと。このまま宮殿に戻り、ライル卿はアユーラと共にフェルディナント殿下に会い、ポホン・ケヒドゥパンの件を直接話すことになっていた。
そのフェルディナント殿下は現在、面会謝絶状態。王族や特定の許された人間としか会わない状況だった。ライル卿は何度もフェルディナント殿下との面会を考えたが、その立場、さらにアユーラの弟の件があったから、遠慮していた。それでもフェルディナント殿下を助けたいと、アユーラにポホン・ケヒドゥパンの件を思い切って話したけれど……拒絶されてしまった上に、厄介払いのようにウィーン大使のところへ向かうよう命じられてしまったのだ。
(だから舞踏会でライル卿は浮かない表情をしていたし、自らを卑下するような発言をしていたのね……)
でも今となってはアユーラもライル卿も、お互いに感じていたわだかまりも消え、共に宮殿へ向かうことになっていた。そもそも二人ともフェルディナント殿下を助けたいという気持ちは同じなのだ。仲違いするより、協力してフェルディナント殿下を応援することが最善だと思う。
「春に王都でお忍びをした時以来の装いですね」
私はつい、真剣な表情をしていたようだ。ジョシュがそっと頬に指で触れ、紺碧色の瞳を細め、優しく微笑む。
(何を考えているのかと聞き出そうとせず、さりげなくリラックスさせてくれるところ。本当にジョシュは優しいわ)
不思議なことに、毎日ジョシュに会う度にさらに彼のことが好きになっていた。
(ついのろけそうになるけど、お忍び……ネル皇女を案内した時以来……そうね、まさにその通りだわ!)
私はアユーラが用意していた町娘のドレスに着替え、髪は低めのシニヨンでまとめ、ボンネットを被っていた。
「確かにこの装いは久々です。ちなみに殿下はもう狩人にしか見えません!」
「国境を抜ける時はこうやって口元も隠していました」
首に巻くスカーフで口元を覆うと、フードで目元も隠れ、これならジョシュ……あの文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子とは誰も気づかないと思う!
「お待たせいたしました。話はつけてあるので、問題なく通行できます。ローレンツィア王国への入国は……私の方でサポートはできませんが……。ご無事に通過できることを願っています」
「アユーラ公爵令嬢、これで十分です。あなたも一刻も早くライル卿と共に首都へ向かってください。フェルディナント殿下が回復することを祈っています」
「……! ありがとうございます。ジョシュア王太子殿下」
アユーラの瞳に涙が溢れる。
「ジョシュア王太子殿下、ラウンズベリー侯爵令嬢、この度はご迷惑をおかけしたにも関わらず、寛大な計らいをしていただき、ありがとうございました。ドネシアン島を代表し、心から御礼申し上げます。首長にもお二人のことを伝えるつもりです。何かあればいつでも協力することをお約束いたします」
泣きそうなアユーラに代わり、ライル卿が深々とお辞儀をする。
「病との闘いはこれからです。これからお二人とフェルディナント殿下に待ち受ける試練、それは……とても過酷かもしれません。ですがドネシアン島の女神も加護してくれるなら、きっと乗り越えられるはず。どうか気持ちを強く持ち、頑張ってください」
私の言葉に、今度はライル卿がその瞳に涙を浮かべた。するとアユーラが笑顔で告げる。
「強行軍で移動すれば、今日のうちに王都まで戻れるはずです。どうぞ、出発してください」
ジョシュと私は顔を見合わせ「分かりました」と応じると……私は横座りで馬に乗り、ジョシュは馬丁よろしく馬を引くロープを手に歩き出した。
◇
出国はアユーラが手を回してくれていただけあり、スムーズだった。ではローレンツィア王国への入国は……。
「狩人の兄ちゃん、花嫁さんを迎えるのか!?」
「はい。彼女は建国祭の時、ローレンツィア王国へ来ていて、そこで知り合いました」
「へぇーっ。そこで知り合い結婚だなんて……。建国祭では女は子どもから婆ちゃんまでみんな、『ジョシュア王太子殿下!』って、目がハートになっている。男なんてわんさかいるのに、みーんな王太子殿下に夢中だ。そちらのお嬢さんは……あの文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子殿下より、狩人の兄ちゃんを選んだわけか」
入国を管理するローレンツィア王国の国境警備隊の隊員はとても気さくに話しかけてくれるが、ジョシュも私もバレないかとハラハラ・ドキドキ。「お熱いね」「お幸せに」「やり過ぎて腰を痛めるなよ」なんて祝福(?)されながら何とか通過できた。
ジョシュは今朝、ここを通過して出国している。だがその時は夜勤の隊員がまだ任務についており、今は早朝に交代した隊員ばかりなので、そこを突っ込まれることはなかった。もし同じ隊員だったら「今朝、見た顔じゃないか……?」となっていたはずで、何とか事なきを得た感じだ。
「ポメリー嬢、もう安心していいです。この先に護衛騎士も待機しています。馬車も用意できているはずなので」
ジョシュに言われ、ピンと伸ばしていた背筋が緩む。
「強行軍で帰れば確かに今日中に王都へ戻ることはできます。今の季節ですと二十一時ぐらいが日没で、夕方でも明るいので道中の心配も少なめです。護衛騎士もいますからね。あ、ポメリー嬢の侍女のエミリーや従者も一緒にそこで待機しています」
それを聞いた私はエミリーに怪我などないか確認するが「問題ないです。本人は至って健康。むしろポメリー嬢のことを心配して、憔悴している可能性はありますが……」と言われ、早くエミリーに会い、安心させたいと思ってしまう。
「ちなみに殿下、ウィーン大使は今回の件をどこまでご存知なのですか?」
「そこはライル卿が話したので、すべて知っている……状態ですが、僕やポメリー嬢がアストリア国に入国したことは一切口外しないと誓ってくれています。そして無事、ポメリー嬢を発見できたら、再度別荘に立ち寄ってください……とも言われています。実際、予定していたのは三泊四日なので、王都に真っ直ぐ戻らず、ウィーン大使の別荘へもう一度寄ることもできますが、希望はありますか?」
お読みいただき、ありがとうございます~
ようやく帰国できました……!
続きは明日夕方頃公開予定です。
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