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ライル卿の話も聞きたいと私が言うと、アユーラは眉をひそめた。だがジョシュが「勿論です。ポメリー嬢、起き上がることはできますか? 馬車の外で話しましょう」と答えると、アユーラは肩をすくめる。
つまり「降参します」ということで、アユーラが先に馬車を降りた。私も彼女に続き、馬車を降りようとすると……。
「少しふらふらしていませんか? 大丈夫ですか?」
ジョシュはその紺碧の瞳の奥に心底心配している気配を漂わせ、私が馬車から降りるのを手伝ってくれる。
「大丈夫です。先程、食事や飲み物もいただきましたから」
そう答え、馬車から降りた瞬間。
ジョシュが私をぎゅっと抱きしめる。
清涼感のある彼の香水に包まれ、安堵する私の耳元でジョシュが囁く。
「本当に心配しました。無事でよかったです……!」
「心配をおかけしてごめんなさい、殿下。言われた通り護衛騎士を連れて行けばよかったですね」
「そんな……! そこはポメリー嬢だけの責任ではないです! それに起きたことはもうどうにもできません。これから先をどうするか考えましょう」
「そうですね、殿下」
そこでお互いに体を離し、見つめ合って微笑む。
(そう。ジョシュはいつだって前向きだ。くよくよと過去を振り返らず、未来の最善を考える。そんなジョシュがそばにいてくれたから、私はこの世界から退場せずに済んだのだ)
改めてアユーラに視線を向けると、彼女はジョシュと私を見て、「とても申し訳ないことをした」という表情になっている。
(愛する人を救いたいと、藁にも縋る思いで暴走してしまった。決してその行動が正しいことではないとアユーラ自身が理解している)
アユーラは根っからの悪人ではない。善性を持ち合わせている。ならばここは冷静に判断する必要があるだろう。
こうして用意された折り畳み椅子に全員が円陣を組むようにして座り、そこで私はライル卿に声をかけた。
「ライル卿、フェルディナント殿下の病、それはジャングル熱ではないですか?」
ハッとした表情のライル卿は「はい、まさにその通りです!」と応じる。
「現地では……ドネシアン島では、現地の言葉でジャグーラ・デスシスと言われています。ジャングルの森の中でかかる熱病という名です」
「なるほど。そしてその治療法として、現地の皆さんが試す方法は?」
私の問いにライル卿は真摯な表情で答える。
「現地ではポホン・ケヒドゥパン、皆さんの言葉で言うなら“命の木”と呼ばれている木があります。元々は島にはなかった木。ですがジャグーラ・デスシスで島民が次々に命を落とすのを島の女神ケチャケチャが見かねて、一羽の大きな鳥を空に放った。すると鳥はさや状の実がついた枝を持ち帰ったと言われています。豆のように見える実が熟すと羽のついた種子が現れ、風と共に島に散らばり……島のあちこちにポホン・ケヒドゥパンの木が育ち、小さなものでも五メートル、巨木になると二十メートル近くまで育ちます。そのポホン・ケヒドゥパンの樹皮を乾燥させ、粉末を飲むのです」
これを聞いた私はマラリアに効くキナノキについて思い出す。
公衆衛生学の授業ではマラリアに感染しないための蚊の撲滅がテーマになっていた。でも私はマラリアがどんな病気か気になり、図書館で調べていたのだ。
そこで当時見た文献の内容をじっくりと思い出す。
キナノキは元々東南アジアに自生していたわけではない。その来歴まで私には分からないが、マラリアに効くと分かり、あちこちで栽培が始まる。そしてキナノキの樹皮を煎じて飲む。
(ここは小説の世界。作者はマラリアに似た病を登場させた可能性がある。薔薇熱なんて病気を作り出す人だが、リアルに存在する病と似た病気を登場させても違和感はないわ)
そこで私は慎重に吟味する。もしジャングル熱がマラリアと類似する病気なら、ポホン・ケヒドゥパンの樹皮が効果を発揮する可能性は高い。
何故ならマラリアは抗生物質で治る病気ではない。病を引き起こすのはウィルスや細菌ではなく、寄生虫だからだ。
ジャングル熱がもしマラリアと同じで寄生虫から引き起こされる病気なら、高度な医療がなくても助かる可能性がある。樹皮を飲むことで原虫を死滅させることができるはずだった。
「ライル卿、もしやポホン・ケヒドゥパンの樹皮はとても苦いのではないですか?」
「はい、その通りです! 砂糖、シロップと一緒に飲ませます」
大陸では高価な砂糖も、現地では庶民でも手に入るものだった。
「樹皮は効果があっても弊害もある。その最大は耳鳴り、ではないですか?」
キナノキはマラリアに効くが副作用が大きい。だからこそ元の世界では抗マラリア薬が誕生している。そしてキナノキの副作用はめまい、吐き気、嘔吐に頭痛といくつかあるが、最大の特徴は耳鳴りだった。
もしもここで答えがイエスなら、ジャングル熱は限りなくマラリアに似た病気のはず。そしてポホン・ケヒドゥパンの樹皮を飲めばフェルディナント殿下は助かると思うのだ!
私はドキドキしながらライル卿の整った顔を見た。
「……どうしてそのことをご存知なのですか……!」
驚くライル卿の顔を見て私は「正解だわ!」と飛び上がりそうになる。
(つまりジャングル熱はマラリアを知る作者が生み出した病。現代医療がなくても、治すことができる!)
「私は過去に自分が病にかかったと思い、必死に文献を読み漁りました。その時、そんなことが書かれた書物に目を通したことを、まさに今、思い出したのです!」
そこで私はアユーラとジョシュを見る。
「私は膨大な量の文献を読んだので、どこに書かれていたことか、正確には思い出せません。ですがポホン・ケヒドゥパンなんて、かなり変わった名前ですよね。よってこの記憶は間違っているとは思えません。フェルディナント殿下はジャングル熱の可能性が高く、ポホン・ケヒドゥパンの樹皮を煎じて飲めば、助かる確率が高まるのではないでしょうか。過去の出来事もあり、現地の人の治療効果に疑問を感じてしまうのは……仕方ないと思います。ですが私が当事者なら、ポホン・ケヒドゥパンを飲みます。耳鳴りやめまいや吐き気、時に嘔吐して苦しむかもしれません。ですがそれで助かるなら……愛する人と生きられる未来の可能性があるなら、挑戦すると思います」
私がそう言うと、ジョシュが立ち上がり私のそばに来てくれた。そして私の肩に手を置き、凛とした表情でアユーラに告げる。
「本来、ポメリー嬢はこんな形でここにいるべきではありません。父上が……国王陛下が知ったら大激怒となり、戦が始まるやも知れない事態です。今回だけは僕のところで留めておきますが、次回はありません。そしてポメリー嬢が言ったことはあくまで私人としての意見であり、これを聞いた上でどうするかはフェルディナント殿下次第です。フェルディナント殿下が自身の決断でしたことに、僕もポメリー嬢も、ローレンツィア王国としても何ら責任を負うことはありません。一国の王太子が自らする決断、それを誰かの責任として押し付けるなどあってはならないこと。そこだけはハッキリお伝えしておきます」
そこまで一気に言うと、ジョシュは優しい顔になる。
「僕個人としては、その身一つでローレンツィア王国に乗り込み、何とかフェルディナント殿下を助けようとするアユーラ公爵令嬢の心意気には感銘を受けます。どうかあなた自身の矜持を捨てず、後悔のない生き方をしてください」
ジョシュの言葉にアユーラは大きな涙を一粒だけこぼし、そして立ち上がる。
(彼女の中で変化が起きたようね)
「ジョシュア王太子殿下、ラウンズベリー侯爵令嬢、この度の私の不躾な行動を不問に付してくださり、ありがとうございます。私は……あまりにも必死で周りが見えなくなっていました。弟のことは過去のことなのに、その時の絶望に囚われ過ぎていたと思います。フェルディナント殿下やライル卿とも話し、最善を尽くそうと思います」
そこまで話すと、アユーラはドレスのスカートを掴み、恭しくジョシュと私にカーテシーをした。
お読みいただき、ありがとうございます!
アユーラが改心してくれました……!
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