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「フェルディナント殿下の症状はラウンズベリー侯爵令嬢に直接見ていただいた方がいいと思います。首都へ……宮殿へ一緒に来ていただけませんか?」
「首都に行かせるわけには行きません!」
凛としたこのよく通る声を私は知っている。「まさか」の思いと共に開かれた扉の方を見て、息を呑む。
モスグリーンのフード付きマントを深めに被り、背に矢筒と弓を負い、腰にナイフ、ダークグリーンのズボンに焦げ茶色のロングブーツと、狩人のような装いをしているが、間違いない。
「殿下……!」
「ポメリー嬢……!」
ジョシュの紺碧色の瞳と目が合うと、そこには心底心配したという想いが込められていた。
◇
アユはローレンツィア王国から棺に入れた私を連れ出すため、護衛騎士を一人しかつけることができなかった。
運ぶのは遺体の入った棺。その中の遺体は、アストリア国の大使館で働いていた、アストリア国出身の使用人という設定なのだ。貴族なら相応の数の護衛騎士がついていてもおかしくないが、そうなると出国の際の審査が厳しくなる。いくら外交特権があり、遺体を詳しく検分しないとしても、書類の方での確認に時間をとられることになってしまう――というわけだ。
そこでもたつき、万一にも棺の中の遺体が本当は生きていて、しかもジョシュ……王太子の婚約者とバレたらただでは済まない。よって護衛騎士を一人、後は数名の従者となったのはアユからすると仕方ないといえば、仕方のないことだった。
だがその結果、私を追って来たジョシュにより、アユの護衛騎士ウィラはあえなく制圧された。従者の中には兵士も潜んでいたが、そんなのジョシュからしたら敵の内には入らない。戦闘となるまでもなく捕らえ、アユと私がいる馬車にジョシュは姿を見せることができたのだ。
「なぜこの場所にいると分かったのですか……!」
アユがジョシュを見て驚愕しつつも、開口一番で口にしたのは、どうしてここに私たちがいると分かったのかという疑問だった。
(アユはジョシュの強さは分かっている。一人で敵を制圧したのだとしても、そこはそうなっても仕方ないと思えるのね。でも確かによくこの場所にいると分かったと思うわ!)
さすがにアユも棺から私を馬車へ移すなどということをするなら、人目の付かない場所を選んでいたはず。
「僕一人ではここまで辿り着くことは無理でした。ですが彼が協力してくれたのです」
そこで改めてジョシュが馬車の扉を全開にすると、跪いたアユの護衛騎士ウィラをロープで縛りあげるのは……ダークブラウンの襟足の少し長い髪に右耳にはルビーとサファイアのピアスをつけたライル卿!
ドネシアン島の首長のいとこであり、ドネシアン島では首長を守る戦士、アストリア国では通訳を兼ねた外交官をしている彼は、アユの味方……かと思ったがそうではないようだ。
(それにジョシュはライル卿に嫉妬していたのに今回は共闘したのかしら……?)
「ライル卿……。なぜ……」
アユが呟くと、ジョシュはフードを外しながら答える。
「それはフェルディナント殿下の婚約者であるアユーラ公爵令嬢、あなたがライル卿の提案を無視し、聖女を連れ攫うという計画を遂行したからです」
ジョシュの言葉に「ええっ!」と叫びそうになり、それは何とか呑み込む。
(アユ……アユーラとフェルディナント殿下はかなり親しい関係に思えたけれど、まさか王太子の婚約者がほぼ単身でローレンツィア王国に乗り込み、大使に事情を明かさず行動するなんて……)
この世界からするとアユーラはかなりイレギュラーな存在に思える。その一方でフェルディナント殿下の婚約者だからこそ、できた行動にも思えた。
(つまりは愛の力、ということよね。謎の病で苦しむ愛する人を助けたかった。その想いで彼女は大胆な行動に出た。おそらくフェルディナント殿下は知らないのだと思う。アユーラが私を……聖女を攫う計画を遂行したことを)
さらにこんな事実にも気づく。
(この世界では政略結婚が当たり前で、王族であれば国の利益のために、貴族であれば家門の発展のために、愛のない結婚が当然だった。でもフェルディナント殿下とアユーラはお互いに愛し合っているのでは?)
フェルディナント殿下がドネシアン島で知った様々なことをアユーラに沢山話して聞かせていたこと。アユーラが今回動いたこと。それを聞くだけでも二人が相思相愛だと分かってしまう。
(それにもし私がアユーラの立場だったら……。ジョシュが不治の病にかかり、その病を治せるかもしれない人物がいると分かっているのに、国同士の関係性からそれを頼めなかったら……。アユーラのように私も行動していたかもしれない)
ただ、私は一人ではない。宮廷医ラスクもいれば、医学院の教授とも知り合った。彼らと協力すれば何か解決策を見出せるかもしれない。よって本当にアユーラのように私が行動するかどうかは分からないが、彼女が行動した理由は理解できた。
(その上で、アユーラはなぜライル卿の提案を無視したのかしら……? そもそもライル卿はどんな提案をしたのかしら?)
その答えはアユーラが教えてくれた。
「ライル卿の提案は現地の人間による民間療法です。それでフェルディナント殿下が治るとは到底思えません!」
「アユーラ公爵令嬢。あなたには優秀な弟さんがいたことをライル卿から聞いています。彼はフェルディナント殿下の補佐官となり、共に行動し、ドネシアン島にも同行していた。そこで病にかかり、言われた方法を試した結果……。亡くなってしまったのですよね」
ジョシュの言葉にアユーラはぐっと唇を噛み締める。
「そうです。弟は殿下より若く、健康で丈夫で、船酔いだって一度もしたことがなく、フェルディナント殿下の強行スケジュールにも問題なくついていける体力だってありました。でもある時、現地の方を手伝い、池で作業をしたのです。その際、岩で足にちょっとした怪我をしてしまいました。弟は『大したことはない。大丈夫』と井戸水で洗い、止血していたようなのですが……。現地では池、土などに傷口が触れたら飲む薬草があると言われ、それを飲んだり、患部に貼りました。アストリア国から同行していた医師は瀉血した方がいいと言ったのですが、首長に仕えるというその現地の方は『この薬草で何人もの人間が治っているから大丈夫』と……。でも弟は高熱を出し、その後激しい咳に苦しみ、血の混ざる痰を吐くようになり……。現地で亡くなったのです」
これを聞いた私は「なるほど」と合点がいった。
(この世界では大陸であろうと島国であろうと、その医療水準のレベルは正直、変わらない。でも大陸の方が圧倒的に国の数も人口も多いことから、生み出した技術や文明の利器の数も多かった。ゆえに大陸の文化の方が優れている――そう思われがち。だからこそアユーラが、現地の人の言うでたらめな薬草で弟は亡くなったと感じてしまっても……無理はない。それもあり、ライル卿に言われた方法も試したくない……と思ってしまうのだろう)
ただ、その薬草が効果なしで亡くなったのかどうかは断定できない。軽症だったら薬草で助かっていたかもしれない。重症だったから薬草の力が及ばなかった可能性もある。それに瀉血で助かったかというと……それこそ無意味な治療になっていたかもしれないのだ。
そこで私は前世で習った公衆衛生学の授業のことを思い出す。
(現地で編み出された治療法は全てが無意味だったわけではない。たとえばマラリア。授業で習わなければ知り得なかったと思うが、マラリアは20世紀までキナノキの樹皮が治療薬だった。現地の人が昔から使っていたのがキナノキであり、それが世界的に広まったのだ)
そこで私は意を決して口を開く。
「アユーラ公爵令嬢、弟さんの件は本当に悲しいことだったと思います。私自身、自分が薔薇熱にかかり、この世を去ることになりかねない状況でした。もしそうなったら残された家族やジョシュがどうなるか……。あなたがその悲しみを乗り越え、愛する人を今度こそは救いたいという気持ち。それは尊重します。その上で、私はライル卿の提案している方法も聞いてみたいと思います」
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ジョシュが来てくれた~
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