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ブルーバタフライの群れに囲まれるフェルディナント殿下。
それは一見すると幻想的に思えるが、美しい蝶はフェルディナント殿下の流す血に群がっているのだ。
(真相を知ると不気味だわ)
「さらにブルーバタフライを始めとした蝶は、人間の血だけではなく、死体から流れ出す体液、糞尿などにも群がるんです。花の蜜からは得られない栄養分を補給するために。フェルディナント殿下が教えてくれました」
これには「うっ、そうなのね……」と唸りたくなる。
蝶は美しいイメージがあるが、その実態は結構グロテスクなのかもしれない。
「フェルディナント殿下に群がった蝶は、殿下の傷口を舐める前に、遺体から出た体液や、糞尿、別の人間や動物の血を吸っていた可能性もあるわけです。……殿下はその結果、謎の病に罹られてしまい、床に伏せった状態で帰国されました」
ようやく話が見えてきた。謎の病にかかり、帰国した殿下を助けたいと思った。謎の病だけに治せるなら聖女しかいない。でも今、ローレンツィア王国とアストリア国は、微妙な関係。聖女という大切な存在の派遣を依頼しても断られる……そう思い、大胆にも私を攫うことにしたのだと推察できる。
(でも攫ったなんてことがバレたら、それこそジョシュも国王陛下も大激怒だと思うわ。あっ、でもそこはいろいろと言い繕うつもりだったのかしら……?)
そんなことを考える私にアユは今の推察通りの言葉を口にした。つまり聖女の聖なる力が万能だと信じ、攫ってでもフェルディナント殿下の謎の病を治したかったのだと。
「ローレンツィア王国に聖女様の派遣をお願いしても断られる。もしかするとアストリア国で匿う政治犯と交換……なんてことになりかねません。そう分かっていたので、別荘で飼っているトラにラウンズベリー侯爵令嬢が襲われたことにして、そのまま我が国に滞在いただくことを考えていました」
トラはその習性として安全な場所で食事をできるよう、捕らえた獲物を草むらなどに連れて行く。その事実を伝え、私の捜索をするが、見つからないとするわけだ。でもフェルディナント殿下の治療が終わったら、発見された!ということで、私を帰還させるつもりだったというのだけど……。
「私が攫われたと大騒ぎすることを考えなかったのですか?」
「その可能性も考えました。ですが事情を誠心誠意話せば、分かってくださると信じていました」
そう言われてしまうと確かに事情が事情だ。
(仕方ないからトラに襲われたことに……でも怪我は!? あっ、聖女なら怪我も瞬時に治せるから発見された時に無傷でもおかしくない設定なわけね)
そう考えると私が本物の聖女だったら完璧なプランだったけれど……。実際はそうではないわけで。そして気がつく。
「あの、ここは何処なんですか!?」
「ローレンツィア王国の国境を越えたところです。既にアストリア国に入っています。ここで馬車に乗り換え、首都に向かう手筈でした」
これには大いに衝撃を受けるが、王都から馬車で十時間近くならば、国境を越えていてもおかしくない。
おかしくはないが、王太子の婚約者が微妙な関係の国にこっそり入国しているのは実に由々しき事態!
(今すぐローレンツィア王国に戻り、ジョシュのところへ帰らないと! トラに襲われたなんてジョシュが知ったら……半狂乱にはならないと思う。そこは感情をコントロールするはず。それでも内心では心配で心配で狂おしい状態だと思うわ!)
「アユさん、私が聖女ではないと分かったので、もう用はないですよね? 戻っていいですか? というか私をジョシュ殿下のところへ帰してください!」
するとアユはこんなことを言い出す。
「確かにラウンズベリー侯爵令嬢は聖女ではないです。でも薔薇熱という謎の病気の解決に尽力されましたよね? 少しでいいので、フェルディナント殿下の症状を聞いてください。何か思い当たることを教えていただきたいのです!」
「薔薇熱はそもそも病気ではなく、毒が原因だったのですよ?」
「それは新聞でも読みました。でもその原因を特定出来たなら、フェルディナント殿下の病についても解明できるのでは!?」
すがるような目で私を見るアユは……。とにかく必死だと分かる。
(もう藁にもすがる思いなのね)
ここで私が言葉を重ねても納得は出来ない。それならその症状を聞き、可能性を提示した方が良さそうだ。
この世界のモブである私に医療チートはない。それでも自分の生存と、本物の聖女が召喚されないと分かり、この世界に存在する病気に関するあらゆる文献に目を通した。
まだ若いポメリーはそれらの情報をスポンジが水を吸うように、どんどん頭にいれることが出来たのだ。
つまりその症状を聞いたら「もしかしたら」の可能性を出せる。
「分かりました。ではフェルディナント殿下に起きている症状を教えてください」
私が応じるとアユは顔をぱあぁぁぁっと輝かせる。
「ジャングルの中で倒れているのを発見されて、すぐに症状が出たわけではないんです。帰国となり、船上で突然……まずは悪寒、その後は高熱に苦しみました。でもものすごく汗をかくことで、何とか熱は下がったのですが……。頭痛や倦怠感、関節に痛みを感じ、嘔吐も何度かされ、また悪寒の症状が出たそうです。そして高熱、大量の汗をかき……。それが繰り返されているのです」
それを聞いた私は沢山読んだ文献の中で、同じような症状を起こす病気をいくつか思い出す。
(待って。フェルディナント殿下がこの病に感染したとしたら、ジャングルの森の中。そうなると……)
私の中で閃きが起き、きっとこれだと思える病の名が脳に浮かぶ。
「おそらくそれはジャングル熱と呼ばれる病気だと思います。熱帯性の森の中に入った人間がかかる病かと」
「……ジャングル熱……?」
「そうです。発症するまでの期間も比較的長く、早くて一週間、長いと一か月ほどかかります。フェルディナント殿下はお若く壮健だったことから、なかなかその症状が出ることはなかったのでしょう。そしてその症状は悪寒と高熱を繰り返し、頭痛や全身のだるさ、筋肉痛や関節の痛みがあるとか。嘔吐は……弱っている体での船旅の影響も出ていたように思えます」
「なるほど。そのジャングル熱の治療法はあるのですか!?」
またもすがるようにアユが私を見るが、ジャングル熱の原因特定はされていない。密林の中には瘴気と呼ばれる悪い空気が発生している場所があり、そこへ行くと感染する……と考えられていたが、そんなわけはない。アユが先程話していた通り、ブルーバタフライから間接的になんらかの細菌やウィルスに感染した可能性が高かったが、この世界で病原菌の特定はとても難しそうである。そして行きつく治療法は安静にする、大量に汗をかくので水分補給を行う、悪寒が出ている時は体を温めるなど。あとは瀉血、ハーブを煎じて飲ませる、祈祷とだんだん怪しくなっていく。
一応、文献に書かれていたこととして、それらを伝えると……。
「既にそれはすべて試しています。瀉血はあまりにもフェルディナント殿下の体調が悪いため、試していませんが……。ともかくそれらを行っても一向に回復しません」
それはそうだと思う。安静にする、水分補給を行う、体を温めるetc……その全てがあらゆる病で推奨されている方法でもあるからだ。
(正直な話、これで治る病気もあるとは思う。でもこれで回復したなら、それは本人の免疫力や体力で乗り切ったように思える)
そこでアユが真剣な表情で私を見る。
「フェルディナント殿下の症状はラウンズベリー侯爵令嬢に直接見ていただいた方がいいと思います。首都へ……宮殿へ一緒に来ていただけませんか?」
アユがそう告げて、私が「症状を見ても、医師ではない私では何もできません!」と答えようとしたまさにその時――
「首都に行かせるわけにはいきません!」
声に驚き、アユと私が扉の方を見ると、そこにいたのは……。
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