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まずはすっきりして、その後、飲み物と食べ物を提供された。そしてどういう状況なのか、馬車の簡易ベッドで話を聞くことになった。
私のことを聖女と呼んでいたし、棺から出してくれたので、何か酷いことはされないはず……と思いつつも、不安は拭いきれない。探り探りの会話から分かったこと。それは……。
「アユ様はアストリア国の方、そちらの護衛騎士はドネシアン島の方。そして数名いる従者もアストリア国の方なのですね?」
「そうです」
「……私はアストリア国のウィーン大使の別荘にいました。そこからどうやって運び出したのですか?」
「ご案内した地下の部屋には入眠香という眠気を引き起こす香を焚いていました。侍女の方と聖女様が眠りに落ちたところで、棺に入れて運び出したのです。侍女の方は屋敷にそのまま残っています」
別荘で死者が出て棺に収めた遺体を母国へ送る場合、ローレンツィア王国では蓋を開けて遺体が入っているかは確認する。でも詳しい検分はできない。外交特権が大使にはあるからだ。
よって棺に入れた私を移動させることは出来るが、なぜそんなことをするのか。それは私を聖女と呼ぶことと関係している……?
「なぜそんなことをするのか、と思いますよね」
「そうですね。それにウィーン大使の従者が協力しているということは……大使も同意の上、ですよね?」
地下のあの部屋に私を案内したのはウィーン大使の従者だったのだ。当然、関係あると思ったのだけど……。
アユは首をふるふると振る。
「ウィーン大使は関係ありません。彼は何も知らないです。それにあの従者は私ですよ」
「えっ!」
「男装していたんです」
「……!」
「身分を偽ったことは申し訳なく思います。でも聖女様をお連れするにはこうするしかなくて……」
これにはもう驚きで目が点になる。そして思うことはただ一つ。
(何故そんなことを? 何故そこまでして……)
その答えをアユ自身が教えてくれる。
「聖女様に助けて欲しかったんです。聖女様の聖なる力は万能なのですよね?」
「待ってください! 新聞で私は“救済の聖女”なんて書かれていましたが、実際は聖女ではありません!」
「えっ!」
「薔薇熱の原因を突き止めたのはジョセフ殿下の案を実行に移した宮廷医のラスクです。私はラスクさんの作業に協力しただけです。それ以外は何もしていません!」
私の言葉を聞いたアユは絶句している。
「そんな……! ラウンズベリー侯爵令嬢は聖女に違いないと、各社の新聞で書かれていたのに!」
「申し訳ないです。ただの人間で……」
唇を噛み締め謝罪をすると、アユはハッとして「そんなことはないです!」と言う。
「最初は誇張されている……と思いました。でもローレンツィア王国では、国家を揺るがすような事態が起きると王家の方が聖女を召喚すると聞いていたので、今回もそうなのだろうと……信じたい気持ちが強かったのだと思います。実際、ローレンツィア王国では謎の病、薔薇熱が撲滅されたのですよね? でもそれは聖女のおかげと前面に押し出すと、各国から狙われてしまう。だからぼかした言い方にしたのだと思っていました」
これには私が「えっ」となり、つい聞いてしまう。
「聖女は狙われるのですか……?」
「はい。聖なる力であらゆる困難に立ち向かうのですから、どの国も聖女を手に入れたいと考えると思います。だからこそ王太子と聖女が婚姻する習わしがあるのかと。その婚姻には聖女を“守る”という意味も大きいのではないかと」
これを聞いた私は「そう言われると確かにそうだわ!」と思ってしまう。
そう思うのと同時にそんなこと、前世で読んでいた小説に書かれていたかしら?――という疑問も浮かぶ。
そこで私は閃く。
(もしかすると続編でその辺りの設定が明かされる……とか? 確か続編制作決定と告知されていたと思う)
ともかくジョシュがそのことを話していないのは、私が余計な心配をすると思ったからだと推測する。
そこの謎はいい。次に知りたいのはこれ!
「私を聖女だと思い、連れ去ろうとした……のですか?」
「はい」
「……その理由は何なのですか? ローレンツィア王国に痛手を与える、有利な交渉を持ちかける、そういった訳ではないですよね」
「その通りです。ラウンズベリー侯爵令嬢は聖女ではなくても鋭いですね」
アユはそこで力なく微笑み、私の顔のそばの座席に腰を下ろす。
「アストリア国の王太子殿下……フェルディナント殿下は……御年十七歳で、ジョシュア王太子殿下には及びませんが、立派な国王になろうと努力されています。この春にもドネシアン島へ向かい、橋の建築の指揮にあたり、沢山の交易品を持ち帰ってくれました。現地の首長にも気に入られ、『わしのもう一人の息子』と言わしめるぐらいなんです」
突然出て来たアストリア国の王太子、フェルディナント殿下。一体彼が私を攫う状況にどう絡むのか。
(もしもフェルディナント殿下がアユに命じて私を攫ったのなら……。これは大きな外交問題に発展するわよ……)
「フェルディナント殿下は日ごろから体を鍛え、とても健康で、船酔いもせず、壮健でした。ですが……」
アユの顔に憂いが浮かぶ。
「ドネシアン島にはブルーバタフライというとても美しい蝶がいます。そして他の蝶と同様に、人間の血を好むんです」
サラリともたらされた情報に「え!」となる。
(人間の血を蝶が好む!?)
「ドネシアン島にはジャングルと呼ばれる、巨木の広がる森があります。大陸では未知の虫や野生の動物が沢山存在しているのです。そういった生物の特徴を解明することも、フェルディナント殿下はなさっていました。その調査により、蝶が人間の血を吸うことも分かったのです」
これには「ちょっと待ってください!」と質問することになる。
「蝶はストローのような管を持つだけで、血を吸うための針なんてありませんよね……?」
「その通りです。ですから自ら血を吸うために人間や動物へ近づくわけではありません。怪我をしている人間や動物に近づき、血を舐めるのです」
「なるほど……」
「蝶は血の味が大好きなんですよ。ドネシアン島では血を吸う蛾もおり、ヴァンパイア・モスと言われています。こちらは人間の皮膚を固いストローで突き破って吸血するので、普通に痛みを感じます」
「えっ!」
「ヴァンパイア・モスの主食は人間の血ではないので、滅多に吸われることはないのですが、ハンモックにゆらゆら揺られて昼寝をしていたら、『痛い!』となることがあると、フェルディナント殿下から聞いたことがあります」
そう話すアユの顔はとても穏やかで優しい。
(アユは……フェルディナント殿下とかなり近い関係なのでは……?)
そうなるとますます黒幕はフェルディナント殿下に思え、不穏な気持ちになる。
「フェルディナント殿下はジャングルに入り、調査をしていた時、湿度が高くつるつる滑る倒木に足をとられ、三メートルほど下まで滑落したことがあるのです。ただ、奇跡的にふかふかの苔が生えている場所に落下したため、骨を折るなどの大怪我はなく、頭を強く打つこともありませんでした。それでも気絶し、あちこちに擦り傷がある状態で、護衛騎士が到着するまでその場に倒れていたのですが……」
そこでアユは「想像してみてください」と言う。
「美しい碧い羽を持つブルーバタフライが、横たわるフェルディナント殿下に大量に群がっていたのです」
お読みいただき、ありがとうございます!
ちなみに蝶が人間や動物の血を舐めるのは本当です……!
筆者は知らなかったので今回調べてビックリでした~
続きは明日お昼頃公開です!
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