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ガタゴトと揺れる音と振動に、ぼんやりしていた意識が覚醒する。
そこで目を開けるが真っ暗。
(なんだ。まだ夜じゃない!)
目を閉じ、寝返りを打とうとして、手が触り心地の良い布に触れる。さらに布越しでも分かるそこに何かがあるという感触。
(えっ、天蓋のカーテンに触れたのではないの!?)
もう一度眠ろうとした意識は覚醒し、手を伸ばそうとして、伸ばす間もなく、布とその先にある何かに触れる。
(どういうこと?)
そこで横を向こうとして、体全体を動かすことで、枕の小ささ、掛け布を掛けていないことにも気がつく。
(何でこんなに小さな枕なの!?)
そこで手の位置を変えて腕を伸ばそうとするが、やはり布とその先の硬い何かに指がぶつかる。
(サイドテーブルのランプは!?)
何が何だか分からなくなり、とにかく起きようと上半身を浮かせかけ、すぐに頭が何かにぶつかる。
(?????)
ぶつかって押し戻されるように枕に沈み、訳のわからない状態で腕を伸ばそうとするが、伸ばすまでもなく天井に手が届く。
(天蓋のカーテンの布、そして天井が異様に低い?)
そう思った後は確認するように手が届く範囲のあちこちに触れて気がつく。
(私、箱の中に閉じ込められている……?)
それでいてガタゴトという音と振動を知覚している。
(箱にいれられ、何処かに運ばれている……?)
その事実に何故そんなことにと考えることになる。
(……そうだったわ。私は……舞踏会に参加していて、ウィーン大使の従者にココナッツオイルを渡すと言われた。そして地下の部屋に案内されて……)
そこでうっかり眠りこけたことを思い出す。
(眠り込んだところで運び出された。でも誰に?)
さらにあの場にいたエミリーのことを思い出す。
(エミリーは? この箱にはいない。別の箱の中??)
ともかく逃げないといけないと思うが、ここで物音を立てても、運んでいるのは……敵のはず。しかも馬車で移動しているなら、周囲に箱を叩く音は聞こえない確率が高い。
(つまり助けを呼ぶことは出来ない。今、騒ぎを起こしても敵に警戒されるだけ)
そうなると今はこの狭い箱の中で我慢するしかない。
そこで目を閉じると、自分の心臓が信じられない速度で早鐘を打っていると分かる。
(落ち着いて。大丈夫。敵は私を何処かに運んでいるなら、目的地に着いたら蓋を開けるはず。その時に脱出の機会を狙うのよ!)
何度か深呼吸を繰り返すと、気持ちが落ち着いてくる。
ここで無我の境地に達することが出来たらよかったのに、あることに気がついてしまう。
(そういえば手に触れた布は触り心地が良かったし、その感触は知っているもの。つまり……シルクだと思う)
箱の内側にシルクが張られている。まるで貴族の令嬢を運び出すためにあつらえたような箱。それでいて私が足を伸ばして横になることが出来る長さがある。左右の幅は狭いけれど。
(これって……)
少し落ち着いた心臓がドクドクと不穏に鼓動する。
(まさか棺!?)
その瞬間恐ろしい光景が浮かんでしまう。
(このまま蓋は開かず、土の中に埋葬されてしまったら……)
猛烈に暴れ出したくなる衝動を、ジョシュのことを思い出し、何とか落ち着かせる。
(私とエミリーが戻らない。それをあのジョシュが放置するわけがないわ。必死に私とエミリーのことを探してくれているはずよ。そしてここはローレンツィア王国。王太子であるジョシュが動けば、各地の警備隊が一斉に動く。きっと見つけ出してくれるはず……!)
ジョシュが薔薇熱の時に繰り返し私に伝えてくれたこと。
──「諦めない気持ちが重要です。諦めた瞬間からこの世界と一線を引いてしまい、何か大切なことを見落とす」
(そう。諦めてはいけない。諦めると大切なことを見過ごす)
そこで私は考える。
(私にこんなことをするのは誰なの? 王太子の婚約者だから狙われたの? それとも私個人への恨み?)
王太子の婚約者だから狙われたとなると、敵対国となるけれど、ローレンツィア王国と対立している国は少ないと思う。ただ、ジョシュの婚約者の座を狙っていたなら……ネル皇女ほか、沢山私を恨む人はいそうだ。
個人的な恨みについては正直分からない。人に恨まれるようなことはしないで生きているものの、貴族という特権階級であるだけで恨まれることもあるわけで……。
(待って。私が攫われたのはアストリア国の大使の別荘。アストリア国とは国交断絶しているわけではないけれど、友好国ではない。ウィーン大使はとてもフレンドリーだったけれど、実は裏の顔があったとか……?)
もしそうなら本当に恐ろしいことになる。目的は……いろいろありそうだ。何か有利な条件で結びたい交渉ごとがある……とか?
(でも何かの交渉材料で使うためにこんなことをしても、ジョシュも国王陛下も王妃殿下も激怒するだけに思える)
そこでこれは違うと悟る。棺に入れて埋めるつもりなら……。
(私を使って交渉するつもりはない。ただジョシュや国王陛下、王妃殿下を苦しめたいだけでは?)
ぐるぐるといろいろな仮定が巡り、考えがまとまらない。
(無理……だわ。この状況下でまともに考えるなんて無理なこと)
そこからは……眠りに落ちることが出来ないかと羊の数を数えることになった。
◇
三桁まで数えられたが、だんだん数が分からなくなり、気がつくと眠りに落ちていた。
極限状態だったと思うけど、人間は限界を突破すると、体力温存のためなのか、意外にも眠ることが出来たのだ。
(……私が特殊なだけかもしれないけど!)
目覚めた時も棺の中は真っ暗で、今が何時なのか見当がつかない。
(それよりも何よりもそろそろ生理現象が……)
ようはお腹も空いてきたし、トイレに行きたい気配を感じる。
(土に埋めるなら、本当に棺にいるべき状態にして!)
心の中で恨み節になる。
(そもそも薔薇熱の時といい、温室の火災といい、そして今回といい、どうしてモブの私にこんなに災難が降りかかるのかしら? この世界の神、モブ令嬢に冷たすぎるわ!)
怒り心頭になったまさにその時、唐突にガタッと音がして、馬車が止まった。
さらに人の会話も聞こえてくる。
(何人いるの!?)
心臓がドキドキしてきて、空腹と尿意は吹き飛ぶ。
「!」
危うく叫びそうになったのは、棺が動いたから!
カチッ、カチャッと音がして、真っ暗だった世界に光が差し込む。
私は慌てて目を閉じる。
「そろそろ入眠香の効果は切れるのよね?」
「はい。強い薬で一気に眠気をもたらしますが、効果時間は五時間程度と言われています」
「でも聖女はまだ寝ている?」
「そうですね……ですがまもなく目覚めるかと」
「こんな狭い場所に聖女を閉じ込め続けるなんてバチがあたるわ。出して馬車の簡易ベッドに移しましょう」
「かしこまりましたアユ様」
知っているような知らない女性……アユ様と、男性の声がする。おそらくアユ様と彼女に仕える従者? 護衛騎士?
そこで私の体は唐突に誰かに抱き上げられる。
(この香水は……大陸のものではないわ。……南国のフルーツを思わせる香り。と言うことは私を攫ったのはまさか)
香りも気になるが、私のことを聖女と呼んでいた。
(私は聖女ではなく、ただのモブなのに!)
そこで再び体を横たえられたが、目覚めるなら今がチャンスと思い、目を開ける。
目に飛び込んできたのはレスラーかと思う立派な体躯の男性。背も高く、首も太く、よく日焼けしている。その姿からも、ドネシアン島の人だと分かってしまう。
「ア、アユ様、聖女様が目覚めました!」
「何!?」
そこで顔を覗かせたのは、愛らしい顔つきのブロンドの少女。瞳はヘーゼル色で、喪服のような黒のドレスを着ている。
(どこかで見たことがあるような……)
いろいろ思うことはあるが、今はこれ!
「こ、ここはどこですか!? あなた方は誰ですか? というかレストルームに行きたいのですが!」
お読みいただき、ありがとうございます!
緊迫した状況でもやっぱりコメディなポメリー嬢w
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