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舞踏会ではジョシュは勿論、ウィーン大使、そしてライル卿ともダンスをすることになった。
「ドネシアン島には行ったことはないのですが、ライル卿にとって、どんな国ですか?」
ある程度の知識は妃教育で知っていたが、ここは初歩的な社交で尋ねてみる。
「香辛料とコーヒー、チーク材などの木材を大陸の皆さんがこぞって手に入れたがる。そんな国です」
(少し皮肉な言い方ね。もしやライル卿はアストリア国との交易をあまり快く思っていないのかしら?)
「現地ではそこら辺の木から取れるものが売り物になる。みんな不思議がっています。でもおかげで生活はうんと楽になりました。大陸からもたらされた建築技術、製鉄の技、石鹸……。丈夫な農具を作れて、頑丈な石造りの橋をかけられるようになり、とても衛生的になりました。大した物がない島国が急速に発展したのは……アストリア国のおかげです」
これは前言撤回の必要がある。
(どうやらライル卿は謙遜していたのね。彼らにとっては取るに足らないものを高値で購入してくれるのだ。しかも大陸の文化が伝わり、平民から首長まで、みんな恩恵を受けている。それは……とても喜ばしいけれど、どこかで申し訳ないと思っているのね)
ここは元の世界と違い、大陸との交易は平等な立場で行われていた。植民地なんて言葉は存在せず、平和な交易しか行われていない。
(きっと小説の作者がそんな穏やかな世界であることを願った結果なのでしょうね)
ライル卿はどこか申し訳ないみたいな気持ちになっているが、その必要はなかった。大陸では栽培出来ない香辛料やコーヒー、高級木材であるチーク材は、とても重宝がられているのだから!
「我々の文明が遅れているから、アストリア国には迷惑ばかりを掛けている気がします……」
「……?」
(ライル卿の言う迷惑とは何なのかしら? ウィーン大使は自らドネシアン島の民族衣装を着用し、私たちに勧めてくれた。ドネシアン島についても詳しいし、いろいろ話す中で、アストリア国がドネシアン島で手を焼いていることがある……なんて話はなかったのに)
まさにそう思ったタイミングで、曲が終わってしまう。
「ラウンズベリー侯爵令嬢、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
優雅にお辞儀をするライル卿は姿勢も良く、やはりキリッとして凛々しい。周囲の令嬢たちが、次はライル卿とダンスをしようと声をかけられるのを待っている様子もうかがえる。
(これは相当モテそうね……)
だがしかし、ライル卿は魅力的な微笑みを浮かべながらもその瞳は……。
(どこかその瞳が憂いを帯びているように感じる。一体何が彼にそんな表情をさせるのかしら?)
そこでフワリと清涼感のある香りがして、優しく後ろから抱き寄せられ、トクンと胸が高鳴る。
「……ポメリー嬢」
「殿下」
見上げるとジョシュまでアンニュイな表情をしているので「どうしたのですか!?」と尋ねると、少し拗ねた表情で彼は答える。
「ポメリー嬢がライル卿のことをじっと見つめていました」
「えっ」
「もしやライル卿のような黒髪がポメリー嬢の好みなのでしょうか?」
「とんでもございませんわ! 私は殿下のアイスブルーの髪が何よりも大好きです」
「……本当でしょうか……?」
「本当です! 透明感のある髪で、何より殿下の紺碧色の瞳によく合っています。それに……私は殿下のお姿も好みのど真ん中ですが、それ以上に、ひたむきで真っ直ぐなところ。強い信念を持ち、どんな困難でも乗り越えていくところ。思いやりと優しさと気遣いがあり、頼もしいところに心惹かれたのです!」
「ポメリー嬢……!」
ジョシュの表情がもう完全に蕩けきり、それを見た私は全身のチカラが抜けそうになる。
「嬉しいです、ポメリー嬢!」
今回もまた失神寸前の私をジョシュが抱き止めてくれる。
(というかこんな場所でメロメロになっている場合ではないわ!)
そう思ったところでウィーン大使がジョシュに声を掛ける。
「あちらで男性陣が盛り上がっています。ジョシュア王太子殿下もいかがですか? 面白い話を聞けそうですよ」
見るとそこにはライル卿もいれば、アストリア国の貴族もいて、ローレンツィア王国の有名な銀行家などもいた。
(舞踏会はダンスをするのが基本だけど、休憩時間を使い、令息や紳士、令嬢や淑女がそれぞれ集まり、会話に花を咲かせる。それが一種の社交であり、特に男性陣はそこで政治から経済、馬や狩猟など、重要な話題を話すことがある。特に今回は三つの国の重要な立場の人が揃っているわ。ここはジョシュは顔を出すべきだと思う!)
そこでジョシュがチラリと私を見るので、ニッコリ笑顔で応じる。
「ちょうど喉も渇いたので、エミリーを連れ、軽食部屋に行ってきます」
「分かりました。護衛騎士のランスロット卿を……」
そこで私はジョシュの耳元に顔を寄せる。
「この別荘、廊下には警備兵もいて、宮殿並みの警護です。そして軽食部屋はこのホールの廊下を挟んで斜め右の部屋。そこまで距離もないですし、軽食部屋には給仕の者や警備兵もいるはず。ご心配には及びません」
今、ローレンツィア王国とアストリア国の温度感は微妙。そこで過剰に警戒すると、アストリア国側の心証が悪くなる。その辺りの塩梅を調整するべし――と王太子妃教育で習ったばかりだった。
「……!」
私の言葉を聞くと、紺碧の瞳をうるうるさせ、声まで少し震わせ、上目遣いで私を見るジョシュは「では戻ったらダンスをもう一度しましょう」と健気な一言を告げる。それを見た私は……。
(ジョシュは私をこの場でキュン死させるつもりかしら!?)
なんとか悶えそうになるのを堪え、口を開く。
「ええ、そうしましょう、殿下」
名残惜しそうな表情のジョシュを見ると、思わずクスリと微笑んでしまう。
(なんだかんだで普段より一緒にいる時間は長いのに。あんな風に寂しがるなんて)
文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子のはずなのに、恋愛になると、私のこととなると急に少年のようになってしまうジョシュは……。
「もうピュア過ぎてツボ! 大好き!」
「お嬢様」
「何? エミリー?」
「おそらく心の声がダダ漏れしています」
「!」
軽食部屋に向かうため、廊下に出ていてよかった。
(思わず声に出してしまったけれど、聞いていたのはエミリーだけ……!)
ホッとして休憩室に入ろうとしたまさにその時、「ラウンズベリー侯爵令嬢」と声を掛ける者がいた。エミリーと同時に振り返ると、そこにはウィーン大使の美少年従者がいる。
「どうしましたか?」
エミリーが声を掛けると、従者は「ココナッツオイルの用意が出来たので、お渡ししたいのです」と言う。
「それでしたら部屋に届けていただければ」
エミリーの言葉に少年従者は首を振る。
「実は保管の都合と、ココナッツオイルが希少な物であることから厳重に管理されています。ご足労をおかけして恐縮ですが、これからご案内する部屋までお付き合いいただけないでしょうか」
これにはそうなのかと思うが仕方ない。確かに大陸では“激レアなアイテム”であることは間違いないのだから。
「ですが今は舞踏会の最中ですよ?」
「いいわ、エミリー。その部屋はここから近いのかしら?」
「はい! ただ、地下の保管庫になります」
「まぁ、地下にお嬢様を!?」
「エミリー、大丈夫よ。厚意でいただく希少な物だから」
「お嬢様……」
エミリーは口をへの字にして「お嬢様は優しすぎます!」と目で訴えている。
(元は伯爵令嬢。そして前世は絵に描いたような中流家庭の庶民だった。そしてまだ元の世界で生きていた時間の方が長く、貴族であることに慣れないのよね……)
かくして美少年従者の後に従い、地下に着くと「こちらです」と案内された部屋は、シャンデリアが灯り、絨毯も敷かれ、少しカビ臭いものの、ソファセットもちゃんと置かれた部屋だった。
「すぐにお持ちしますので、このまま少しお待ちください」
そこで私はソファに座り、エミリーは扉横の椅子に腰掛ける。
「お部屋とはまた違った甘い香りがしますね」
「そうね。カビ臭さを消すため、たっぷりと香でも焚いているのかしら?」
そんなことをエミリーと話していると、欠伸が出る。
「まぁ、お嬢様! お疲れですか?」
「……よく考えると五時間の長旅だったのよ?」
「馬車の中では殿下と仲睦まじく、ウトウトも出来ませんでしたものね」
「もう、エミリーったら!」
そんな会話をしながら、私は再び欠伸をすると、エミリーもつられたように欠伸をする。
そして──
気がつくとエミリーも私も、瞼が閉じていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
嫉妬する殿下が愛い!!
続きは明日の夕方頃公開です~
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