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純潔を奪った私を許せないと思い、またワンナイトラブという人生の汚点を消したいと考え、ジョシュは私を抹殺しに来たのではないか。
そう思う反面、ダーク・ヒーローではないのだ。「そんなことするはずがない!」とも思う。
(でもこの世界の正しいヒーローであるために、抑止の力が彼を後押ししているかもしれない。私は秘密裡に葬られ、彼は王都で起きた貴族令嬢の謎の死を悼み、鎮魂のためこの世界のヒロインになる聖女を召喚する……とか?)
どうやら私は自分が思うより妄想力があるようで、とんでもない筋書きを考えてしまったが……。
「ポメリー!」
父親に名を呼ばれ、私はハッとする。
「もう王太子殿下を乗せた馬車が見えている! 何をぼーっとしているのだ! ほら背筋を伸ばし、凛となさい!」
「は、はいっ、お父様!」
とても「これから私を抹殺しようとしている人を、凛として待ち受けるなんて無理です!」と言える雰囲気ではない。
仕方なく言われるまま背筋を伸ばし、エントランスに入って来た黄金の装飾があしらわれた馬車に目をやる。白馬に引かれた馬車はまるでおとぎ話に登場するような秀麗なデザイン。そしてその馬車から降りて来たのは――。
ここが小説の世界だからこそ成立する、白のフロックコートを完璧に着こなしたジョシュ王太子! タイは明るい水色で見事なアクセントになっており、お手本にしたくなるようなコーデで、隣にいる父親が「おおおっ、何とも凛々しく爽やかなのか!」と感嘆の声を漏らす。しかも……。
仮面なしのあの美貌に少し照れを感じさせる微笑を浮かべ、私を見たのだ。すると――。
「まあ、素敵」
「王太子殿下、ハンサム!」
「かっこいい……!」
本来声など出さず、かしこまっていないといけないメイドたちが我慢できず、声をあげている。そしてこの状況を注意するはずの父親はジョシュに目が釘付けで、使用人のことなど気にしていない。その父親に儀礼上必要とされる定型の挨拶を終えたジョシュは「突然の訪問をお許しください」と礼儀正しくお詫びの言葉も口にする。
「いえいえ殿下、むしろ我が家門に王家の方が足を運ばれたと、末代まで語れる栄誉をいただけました。ありがとうございます!」
もう父親はほくほく笑顔と揉み手で王太子ウエルカム。私はこの和やかなムードから一転、ジョシュの口から恐ろしい言葉がいつ出るのかとヤキモキ。
「旦那様、お茶の用意もできています」
執事長の言葉に父親は「おお、そうでした。殿下、どうぞ」とジョシュを応接室へと案内する。
「殿下、こちらにお座りください」
応接室に入ると摘み立ての白いバラとデルフィニウムが飾られ、ここにも王太子ウエルカムな雰囲気が感じられる。さらに毒味が済んでいる紅茶やスイーツが運ばれ、粛々と場が整えられていく。
私としては「ところで殿下、本日はどのようなご用件で?」と父親に今すぐにでも切り出して欲しいのだけど、そうもいかず。ジョシュから会話を切り出してもらえないと、この場は動かない。
(断罪するならとっとと「お前の娘は僕に破廉恥な行為を強要した! この場で打ち首にする!」と宣言し、あっという間に逝かせて欲しい。牢屋に入れて毎日拷問……とか絶対に嫌だ)
「……ラウンズベリー伯爵令嬢はご気分が優れないのですか?」
私が病死エンドではなく、打ち首エンドを想像し、青ざめていると、ジョシュが心配そうな表情で私を見た。そして父親に、私が気分が優れないのかと尋ねたのだ!
「え?」と父親は頭に「?」を浮かべ私を見るので、ここは引きつり笑いにならないよう、精いっぱい頑張るしかない。
「昨晩は舞踏会でしたので。少し睡眠不足なだけですわ」
「だからとっとと帰宅して……こほん。失礼しました、殿下。ポメリーはこの通り、ピンピンしておりますので、お気づかいなく」
「……そうなのですか? ですが昨晩、ラウンズベリー伯爵令嬢は重い病の兆候が出ていると聞きました」
「……へ?」
あまりにも青天の霹靂過ぎたのだろう。父親は相手が王太子であることを忘れ、間の抜けた返事をしてしまい、慌ててジョシュに謝罪してから私を見る。
「……ポメリー、どういうことなんだい? どこか具合が悪いのか!?」
具合なんて今はまだ悪くない。薔薇熱を発症するのは来月末なのだ。ジョシュに打ち首にされるかもしれないという恐怖でメンタルはダメージを受けているが、それ以外は昨晩ロスト・バージンしたとは思えないぐらい健康だった。
だがしかし。ジョシュが私には重い病の兆候が出ていると言っているのだ。ここでそれを全否定したら、王太子の顔に泥を塗ることになってしまう。仕方ないので「……実はそうなんです。体がだるくて……」と答えるしかない。答えつつ思う。
(一体ジョシュは何を考えているの……?)
「どうして父さんや母さんに相談しないんだ!」
父親はそう怒鳴っているが、何と頬に涙が伝っている!
「確か兄さんのところの執事長の弟の知り合いが腕利きの医者らしい。すぐに連絡をとって……」
「そこで提案があり、訪問をさせていただきました」
落ち着いているがよく通るジョシュの声に父親は我に返る。
私が病気だと信じ、泣き出すぐらい心配してくれた父親は、さっきまで夢中になっていた王太子であるジョシュがそこにいることを、完全に失念していたようだ。
「ラウンズベリー伯爵令嬢から病について打ち明けられ、これも何かの縁だと思いました。彼女を救うために協力したいと思ったのです。幸いなことに王宮には王族専属の医師がおります。宮廷医です。早朝であろうが真夜中であろうが、呼べばすぐに駆けつけてくれます」
ジョシュの言葉に父親は「なんとも羨ましい話です」と言い、呼べばすぐに駆け付ける医者がいない我が家を思い、ため息をついている。するとジョシュは――。
「ラウンズベリー伯爵、元気を出してください。ラウンズベリー伯爵令嬢のことは僕が責任を持って預かります」
「え……殿下、それは……」
「ラウンズベリー伯爵令嬢のために、王宮に部屋を用意します。そこで病の治療にあたりましょう」
「え!」
「宮廷医だけでは足りなければ、医学院の教授を呼ぶことも、隣国の名医を招くこともできます。王宮にいれば、万全の体制でラウンズベリー伯爵令嬢をサポートできるんです」
これには父親は驚きで口をぽかーんと開いてしまっているが、私だってそうなりそうな状況。
(え、これは一体どういうことなの!? だって私の病の話はあくまでタロットカードの占いの結果であり、まだ薔薇熱は発症していないのに! しかもワンナイトラブの相手に過ぎない私のために、医者を育てる国の機関である医学院の教授、さらには他国の名医を招くって、あり得ないでしょう……!)
この疑問は私だけではなく、父親も持ったようだ。
「殿下、大変ありがたい申し出です。ですが王宮で預かる。そんなことを無償でしていただくわけにはいかないですよね!? 一体ラウンズベリー伯爵家に何をお望みですか?」
「僕の善意だと言っても信じていただけないでしょうか」
「それは……」
「そうですよね。ではハッキリ申し上げます」
そこでジョシュは、その紺碧の瞳に強い意志を込める。
「僕はラウンズベリー伯爵令嬢のことが好きなんです。求婚したいと考えています」
「「えええええーっ!」」
あり得ない答えだった。
(これは……もしやストックホルム症候群なのでは!?)
極度のストレスにさらされた結果、被害者が加害者に好意や共感、信頼を覚えてしまう心理現象のこと!
(ジョシュは私に純潔を奪われた。それは……彼にとって大いなるストレスだったのだわ! 格下の伯爵令嬢に、文武両道、容姿端麗、高潔無私と言われ、全て揃った完璧王太子である彼の純潔が奪われたのだ。ストレスと思って当然。自分を納得させるためにも私を好きだと思い込むようにしたに違いない!)
私は腹落ちできたが、父親は目が点な状態から一転、真剣な表情で口を開いた。
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