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私が初めてだったので、お願いして寝室の明かりは消したままにしてもらった。だから仮面は外していたが、お互いの素顔は分からないままキスをして、服を脱ぎ、そしてベッドへ──。
名前も明かさず、それぞれの荒い息遣いと共に体を重ねることになったが、彼は……その誠実な人柄そのままの優しさで私を抱いてくれたと思う。
私の反応を確認しながら、しっかり潤わせてから動いてくれたので、痛みは一瞬のこと。あとは彼の甘い優しさに完全に溶かされて……。
正直、極上だった。
自分が初めてだとは思えないぐらい心地良い。今日一晩限りで次はないと思うと、一度では終わりたくなかった。甘えるように彼の胸に鼻を擦り寄せると、気持ちを汲んでくれたのか。
再び唇が重ねられ、その細い指が胸を伝い──。
夢のようなワンナイトラブは明け方まで続いた。
◇
完璧なワンナイトラブの夜を終え、迎えた朝。
私は自分の隣に眠る美青年の顔を見て、震撼することになる。
なぜって? だって彼は、この小説の中のヒーロー、聖女を召喚するこの国の王太子ジョシュア・フレデリック・ローレンツィア、私と同じ二十歳!
文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子のジョシュア。小説内での呼び名である“ジョシュ”こと彼は、三年前に帝王学のために外遊に出ていたはず。帰国したのは最近だ。パレードも開かれ、私も足を運んだが……。正直、王太子よりもワンナイトラブの相手探しで、それどころではなかった。
(もしパレードをじっくり見ていたら、仮面をつけていても彼があのジョシュだと気づけたのでは!?)
私は必死に一人で下着を身につけ、ドレスを着ながら考える。
ヒーローの純潔を奪ってしまった。でも乙女と違い、奪われたかどうかなんて、本人が口にしない限り、バレない……はず。ヒロインもヒーローが童貞かどうかなんて……確認しないと思う!
つまりモブの私がヒーローの純潔を奪ってしまったのだけど、この世界の本筋への影響は……。
(ない! 絶対にない! 後腐れのないワンナイトラブ。このまま私はしれっと帰宅して……)
ヒーローであるジョシュの純潔よりも両親の雷の方が怖い!
(だって無断外泊したのだから……)
あまりにもジョシュとのワンナイトが素敵で、一度では終わらず、結局は三度も……。そんなことをしていたら、深夜帰宅予定が、朝を迎えてしまった。
何とか自力でドレスを着ると、健やかな眠りにつくジョシュを置いて、私は宮殿を後にした。
◇
「はぁ〜」
盛大なため息と共に、私はドレスのままベッドへ倒れ込む。
「もう、へとへと……」
朝帰りした娘への両親の雷は半端なかった。
「お酒を飲み過ぎて具合が悪くなり、休憩室でそのまま寝込んでしまいました」
そんな言い訳をしたが、信じてもらえず、「まさかその休憩室に男性はいなかったのだろうな!」と父親に詰め寄られ、「未婚で婚約者もいないのに、外泊だなんて!」と母親を嘆かせた。
帰宅してすぐ両親に呼ばれ、結局昼まで怒られ、執事長の「旦那様、奥様、お昼です」の一言で、ようやく解放されたのだ。
「お嬢様、昼食のお時間です」
「ええっ、昼食より休みたいわ」
「ですが旦那様と奥様がお待ちです……」
こう言われたら行くしかない。そして昼食の席でも両親の怒りは続いたが、午後は父親は商会の会議、母親はマダム仲間との観劇の約束があり、二人は外出。ようやく私は一人になれた。
「お嬢様、お湯の用意が出来ました」
貴賓室にはベッドルームがあり、そこにはバスルームが備えられていた。この世界のバス事情は前世と比べものにならず、バスルームが個室についているのは「さすが宮殿の貴賓室!」だった。ありがたく使わせていただき、濡れタオルを用意し、体は清めていた。しかし本当はメイドを呼んでお湯を用意してもらい、入浴できたらよかったのだけど……。流石にワンナイトラブの後にのんびり入浴をしてジョシュと顔を合わせる……なんてあり得ない。
だからこそ帰宅したら、まずは湯浴みをして昼寝をしようと思ったのだ!
(でもそんなことをできないぐらい両親に怒られていたわけで……)
ようやく入浴でき、髪と体を洗い、さっぱりできた。
(なんだかこれで完全にリセットで、ジョシュとの一夜も過去のことになった気分だわ……)
湯浴みを終え、ちょっぴりセンチメンタルな気分になりながら、バスローブ姿でメイドに髪を乾かしてもらっていた。するとそこに執事長が訪ねてきたのだ!
(私が湯浴みをしていることぐらい、執事長なら分かっているわよね!? それなのに部屋まで来るなんて……)
何か急ぎなのかもしれないが、さすがにバスローブ姿なので私は直接会わず、侍女に話を聞いてもらった。
「た、大変です、お嬢様!」
「どうしたの?」
執事長と話した侍女は慌てた様子で私に報告する。
「お、王太子殿下がいらっしゃると先触れが」
「ええっ!」
「お嬢様に用があるそうですが、表向きは旦那様宛に訪問するそうで……。その旦那様のことは急ぎ呼びに行っているそうですが、お嬢様も急いでお支度を!」
せっかく昼寝をしようと思ったのに、まさかの王太子……ジョシュの訪問。
(えっ、後腐れなく――ではなかったの!?)
「お嬢様、髪を乾かしながら、着替えを!」
「ええっ、そんなの無理では!?」
そこからはもう何が何だか分からないまま、準備に追われる。
もしラウンズベリー伯爵家が王家の縁戚であったり、王太子の乳母を勤めていたり、重臣であったなら、王太子が訪問してもおかしくない。だがいずれにも該当せず、ラウンズベリー伯爵家始まって以来の王族の訪問。私が着替えに追われている間、執事長とメイド長、料理長、パティシエはもう大騒ぎだったようだ。
というか私も髪を乾かし、着替えをして、お化粧をして、髪を整えて……とまさに戦場だった。そんな状態だったけど、必死に考えることになる。なぜ、王太子であるジョシュがやって来るのかを。
(王太子の純潔は私が想像する以上に重要なものなの……? でも言わなければ絶対に童貞ではないと、バレないと思うのだけど……)
仮に何らかの確認する方法があったとして、王族から「責任を取れ」と伯爵令嬢に迫るなんてあるのだろうか? どう考えてもラウンズベリー伯爵家と婚姻関係を結ぶより、他国の王女や公爵令嬢と王太子が結婚する方がメリットが大きいと思う。
(私のことは完全なる火遊び、一夜の過ち、後腐れなくなかったことにしておしまいにした方が、王家としてはメリットが大きいと思います!)
何よりこの後、私が薔薇熱になり、そしてジョシュは聖女の召喚を決める。そしてその聖女こそがこの世界のヒロインで、ヒーローであるジョシュと結ばれる相手なのだ。
(私なんかに責任を取れと迫るより、ここはジョシュは黙ってやり過ごすのが得策だと思う。というか……)
それこそこの世界の見えざる抑止の力が、ジョシュを止めるのではないか。聖女が現れるまでの火遊びは認める。でもそれはあくまで遊びであり、童貞ではなくなったからと責任を求める必要なし――ということで、ジョシュを乗せた馬車は立ち往生となり、ラウンズベリー伯爵家を訪問できなくなる――とか。突如ジョシュに縁談話が持ち上がり、ラウンズベリー伯爵家に責任を問う事態ではなくなる――とか。
世界が介入し、ジョシュの誤った行動を正すように思える。
(そ、そうよ! ジョシュ本人は童貞を奪われたことを許せず、私に文句の一つでも言いたいのかもしれない。だがこの世界がジョシュを止める。そう、ジョシュはここには来ない!)
「お嬢様、旦那様が帰宅しました!」
「お嬢様、先程正門から殿下の馬車が確認できたそうです」
「お嬢様、準備が終わりました!」
私の楽観的な予想に反し、着々とジョシュが伯爵邸へと近づく。しかも父親も帰宅したという。仕方ないので私も身支度を整えることになった。
髪はまだ完全には乾いていないので、編み込みのハーフアップ。昨晩のやる気満々ドレスから一転、か弱いレディを演出するため、淡いピンク色のドレスに着替える。お化粧も控えめで、可憐になるよう頑張った。
「ポメリー!」
「お父様」
ドレッサーの前の椅子に座っていた私が立ち上がると、部屋に入って来た父親は大股でこちらに歩み寄り、真剣な表情で尋ねる。
「ポメリー、なぜ王太子殿下が我が家を訪ねるんだ!?」
「さ、さぁ……私にもさっぱりです」
「殿下は文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子。理由もなく我が家を訪ねるはずがない。……ポメリー、まさか昨晩の宮殿で行われた仮面舞踏会で、殿下に対し、何か失礼なことをしていないだろうね?」
これには「ギクッ」と声に出そうになり、それを呑み込み「な、何もしていません!」と答えつつ、ある可能性を思いついてしまう。
(もしかして昨晩、ジョシュはお酒を飲んでいた……とか? 酔った勢いで同情した私とワンナイトラブしてしまったが、目覚めてロスト・童貞に気づき、大後悔した。できればなかったことにしたいと思った。そう、なかったことに……)
つまりは文武両道、容姿端麗、高潔無私と、全て揃った完璧王太子のジョシュは、その呼び名通りの彼でいるために、過ちをおかすことになった相手、つまりは私を消しに来た。
(もしかして私、抹殺される……?)
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夢のような一夜から一転、サスペンス劇場が始まる!?
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