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やらかしてしまったモブ令嬢です  作者: 一番星キラリ@受賞作続刊7/1発売:商業ノベル&漫画化進行中


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3/5

「ここは……!」


 そこは貴賓室と言われる王族や高位貴族専用の休憩室で、見るからに高級そうなファブリックのソファは勿論、壁にはヴィーナス誕生を思わせる美しい絵画やタペストリー、飲み物や軽食も用意されていた。


 しかも左右の壁に扉があることから、隣室とつながっているか、もう一つ部屋……寝室なども併設されている可能性が高かった。


(こんな部屋を用意されているということは、この美しい青年はかなり身分の高い人……)


 ツェペシュ侯爵は自身の家門の紋章が描かれたカフスボタンを身に着けていたが、今日は仮面舞踏会。素顔を隠し、身分が分からないようにするのがこの日のマナーだ。当然だが、この美形の青年はそんな紋章がついたものは身につけていない。


(でも宮殿の貴賓室なのよ。もしかすると公爵……公爵にしては若すぎるから、そのご子息かしら?)


 今日の仮面舞踏会は国王陛下主催。少なくとも五人の公爵が出席しているはず。そしてこの五人には息子が複数いるわけで……。


(アイスブルーの髪なんて前世でいたらかなり目立つ。でもここは小説の世界なので、当たり前のようにこの髪色の人が存在する。紺碧の瞳もそこまで珍しいわけではなく……)


「ラベンダーティーです。気持ちが落ち着くと思います」


 美貌の青年が何者であるかと考えている間に、私をソファに下ろした彼は、何と自らラベンダーティーを淹れてくれていた!


「ありがとうございます!」


 メイドを呼べばいいのに、自ら淹れてくれるなんて……。


(間違いなく高位貴族なのに、謙虚だわ)


 しかも受け取ったラベンダーティーの香りは優しい。

 さらに一口飲み、「あっ」と声が出てしまう。


「実はレモンバームを主軸にラベンダーを加えました」

「なるほど。ラベンダーの香りがすっきりしているのは、レモンバームのおかげなんですね」

「ええ。ラベンダーティーは単体よりも、ブレンドした方が香りも味も気持ちよく楽しめます。花びらのみ使用しても、ラベンダーは抽出時間を間違えると、香水や石鹸を思わせ、不味い飲み物になってしまいます。その失敗を避け、香りの角をとるにはブレンドが一番です」


(この世界ではハーブ療法が存在し、ハーブティーも大人気。自分好みにするためにブレンドしたり、香りを楽しむため自らブレンドしたりする令嬢もいるけれど……男性でそこまでするのはとても珍しいわ)


 そこを突破口に彼が何者であるか考えようとするが……。


(分かるわけない。ハーブティーのブレンドが趣味……なんて公にはせず、男性であれば、ひっそり楽しみそうだもの)


 ということで美味しくラベンダーティーをいただくと、リラックスしてきた。私の座るソファの対面にローテーブルを挟んで座っていた彼だったが、スッと立ち上がる。


「よろしければエントランスまで送ります」

「あ、ありが……」


 すっかり帰る流れになっていることに、脳内で「ちょっと待った!」をかける。


 さっきはまさかのサド侯爵と恐怖の一夜を過ごしそうになってしまった。だがサド侯爵以外で、二人の令息とダンスをしている。彼らも私に対して満更ではない様子だったのだ。


(ホールに戻り、声をかけたらその気になってくれるかもしれない! もうこの規模の舞踏会は今シーズンないのだ。今日がラストチャンス。まだ何も始まっていないのに、帰るわけにはいかない!)


「あの、私、まだ帰りません」

「え! さっき強引に迫られていましたよね!? 怖くはなかったのですか? 今すぐ屋敷へ帰りたい気分なのかと思ったのですが……」

「それは……怖かったのは事実です。でも……帰るわけにはいかないのです!」

「もしやご家族といらしているのですか? 帰る場合は落ち合ってからと決めている?」

「いえ、そういうわけではなく……」


 私が言い淀むと美しい彼は表情を曇らせ、こんなことを言う。


「実はあなたのこと、別の舞踏会でも見かけたことがあります」


 これには「!」となる。


(だって仮面舞踏会だから素顔ではないし、紋章が見える物は手にしていないのに! 彼は私が誰であるか分かっているのかしら? それともこの仮面があっても以前見かけたのと同一人物と分かったということ!?)


 焦る私に対し、彼は冷静に指摘する。


「別の舞踏会でも何人もの令息と親し気にされていましたが……」

「そ、それは……」


(それには事情があるのだけど、もしや放蕩な令嬢と思われている!?)


 仮面をつけてもなお、神々しい美貌の青年から“好色令嬢”と思われていたら、大ショックである。


(いや、待って! それはむしろ都合がいいのでは!?)


 これだけハンサムならこの青年、相当モテるだろう。


(でも今、プレイボーイやモテる令息として知られているのは……キューズ子爵令息、ジルコン男爵令息、そしてあのサド侯爵……)


 これほどの美男子。社交界で噂にならないわけがない。


 相手は私を見たことがあるというが、私が知らないということは……彼は最近まで遊学でもしていたのかもしれない。


(きっとそうね!)


 ともかく私の中でモテるに違いない、女性の扱いに慣れているかもしれないと思えたので、思い切った行動を取ることにした。


「よかったらこちらで朝まで私と過ごしませんか?」

「えっ」


 公爵家からしたら伯爵家なんて格下。一夜の過ちの後にいろいろ言われても痛くも痒くもないはず。なんなら腹黒公爵家の人間であれば、金で黙らせることもできる……と想像したが、目の前の貴公子はこれまでの令息の中で一番動揺している。


 それならこう伝えるべし!


「仮面舞踏会なんです。今宵限りのアバンチュールとして一度限りでおしまい。後腐れなく終わらせます!」


 キッパリ宣言すると、彼は悲しそうな顔で私を見る。


「あなたは……そんな女性ではないと思います」

「えっ」

「何か余程の事情があるのですか……?」


 これにはもう心臓が止まりそうになる。


(なっ……この人、人の心が読める!?)


 盛大に焦った結果、私は──


「わ、私は余命一カ月なんです!」

「えっ! そんな……重い病なのですか!?」


 彼は仮面をつけていても伝わるぐらい心配そうな表情になる。それを見ると、とても性格のいい人なんだろうな……と思ってしまう。そう思うことで、慌てる気持ちは落ち着く。そして脳が今の状況に最適な言葉を弾き出してくれる。


「タロットカードの占いで一カ月後の未来を占ってもらったのです。あっ、タロットカードは……」

「知識として知っています。ひと月後の未来を占い、どんな結果が出たのですか?」


 じっと私を見つめ、落ち着いた声音で尋ねる彼からは、真摯な気持ちが伝わってくる。


(誠実な人なのね……。モテるかもしれないけど、浮き名を流すような人ではないのかもしれない)


 遊学ではないのだろう。モテるがそこで色に溺れない彼は社交界で噂になっていないだけなのでは? 女性に声をかけられても誠実な対応する彼の姿が想像できて、ワンナイトラブに巻き込んでいいのかという気持ちもよぎる。


「それでどんなカードが出たのですか?」


 再度問われてしまい、慌てて答える。


「Four of Swordsが逆さで出ました」

「石の台に眠る騎士が逆さ……つまり休息や回復を得られないと?」


 確かに知識としてタロットカードについて知っているようだ。


「そうなんです。回復の見込みはないと出て、次に出たのがTen of Wandsでした」

「十本の杖を抱えた老人……限界を迎えることの象徴」

「その通りです。その結果から占い師は私が何らかの病にひと月後にかかり、回復は見込めない──つまり死ぬのではないかと占ったのです」


 私の言葉に彼は言葉を失う。


「……ですがあくまで占いですよね?」

「そうなのですが、叔母はタロットカードの占い通りで亡くなりました。叔父もそうです。父親の愛馬も占い通りで亡くなり……」

「タロットカードの件は理解できました。もしかして先ほどの提案は……ご自身の余命を考えての行動なのですか?」


 目論見通りの問いかけをされたが、見た目の美しさ同様に、心も清らかな彼にワンナイトラブを強いるのは申し訳ない気持ちになっていた。


(彼が遊び人だったら……。でもそうではないとわかったのだから、巻き込むのはやめよう)


「貴族令嬢が結婚するにはある程度時間がかかります。私は……未婚のまま病で倒れ、そのまま天に召される可能性が高い。占い師によると、その病は未知の病。この世界で初めての犠牲者が私になるのではないか――そう言われました」


 自分で言葉にしても、いまだ自分事には思えない。どこか他人事に思えてしまうのは、その救いのない現実を受け入れたくないからだろう。


「……待ち受ける未来はあまりにも悲しいと思いました。未婚のまま愛も知らずに逝くのなら、せめて女としての悦びを知ってから天に召されたい。そんなふうに思ってしまったのです」


 私の言葉に美貌の青年は息を呑んでいる。


「相手は誰でもいい……というわけでもなかったのですが、私の身分を打ち明けると引かれてしまって……。だからと言ってサド侯……いえ、ツェペシュ侯爵のような特殊な性癖の方は……そこでつい、あなたを巻き込もうとしたのですが、それは不誠実過ぎるのでやめます。さっきの言葉は忘れてください」


 ここは素直に謝罪して頭を下げた。


 しばし間を置いて顔を上げるが、彼は変わらず悲しそうな気配を漂わせている。


「……これからどうされるのですか?」

「そうですね……。本当はホールに戻ってもう一度私の酔狂にお付き合いくださる令息を探してもよかったのですが……」


 誠実な彼を前にしたら、私の煩悩まみれな行動が情けなくなっていた。


「もう……諦めます。残りの日々は心穏やかに過ごすのが一番に思えました」


 にっこり微笑みたかったのに、頬を涙が伝う。


 貴族は人前でこんなふうに泣いてはいけないと教えられている。


 慌ててソファから立ち上がり、部屋から出て行こうとすると、「待ってください」と彼が言う。


「あなたの切実な気持ちを聞いてこのままには……出来ません」


 そう言うと大天使のような美しい彼が私の方へ歩み寄る。


「僕でよければあなたの願いを……叶えさせてください」


お読みいただき、ありがとうございます!

大天使のような美形青年の、まさかの「叶えさせてください」宣言……!

果たしてヒロインの運命と、彼女の煩脳(?)はこれからどうなるのか!?

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明日はお昼更新予定です!

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