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「レディ。よかったらわたしとダンスをしませんか?」
三角帽子に顔全体を覆う白い仮面、亜麻色の長髪を左肩で束ねた、長身の男性が最初に私に声を掛けてくれた。
「ええ、喜んで」
私はこの男性とこの日の最初のダンスに興じる。
「一目見てあなたとダンスをしたいと思いました」
「それは光栄ですわ」
十五歳で社交界デビューを果たしてから、舞踏会に何度か足を運んでいる。それは私が覚醒する前のことだが、ちゃんと記憶として残っている。だからこそ分かってしまう。
(この人、めっちゃダンスが上手。というかリードがこなれている。これは……)
貴族社会では、ダンスができる男性は社交スキルが高いと好評価になる。ダンスにより、音楽への素養、社交性、身のこなし、礼儀のレベルが判定され、優雅な紳士と高評価になるわけだ。その一方で、別の尺度もある。ダンスが上手=踊り慣れている=沢山の女性とダンスをしている=恋愛経験が豊富=プレイボーイという図式がこの世界では成立していた。
(この手の男性なら私とのワンナイトラブにも乗り気な気がする!)
それにプレイボーイは恋のハンターなので「狩ってください」とすり寄るより、逃げる方が追いたくなる=誘いたくなるはず。
(恋愛ドラマで得た知識だが、正しいと思います!)
そこでいちかばちかの賭けに出る。
「とても楽しいダンスでしたわ!」
「それはこちらの台詞ですよ。レディ、ぜひ後ほど、もう一度ダンスしてくださりませんか?」
「もちろん! ぜひ声を掛けてくださいね」
お互いに好感触で一度はダンスを終える。
舞踏会は社交の場。同じ相手と連続でダンスはマナー違反に見られてしまう。そこで複数人の別の相手とダンスをした後に、同じ相手と二度目のダンスを楽しむのだ。
そしてこの二度目のダンスは勝負どころ。
周囲からも「あの二人、二度目のダンスだわ」と見られるし、お互いに特別な興味を持っていることが伝わる。二度目のダンスの後、そのまま別室に姿を消す男女は……素性を隠せる仮面舞踏会では特に多かった。
(男性も二度目のダンスに相手が応じたら、脈ありと思うはず。だからこそ……)
二曲続けて別の男性とダンスをして、少し離れた場所にいる亜麻色の髪のあの長身の男性をじっと見る。すると……。
「レディ。もう一度、ダンスしてもらえませんか?」
思惑通りあの彼から誘われたが……。
「ごめんなさい。喉が渇いてしまって!」
「えっ……」
まさか断られると思わず、亜麻色の髪の男性はフリーズする。私は彼のことを気にしていないそぶりで、「ああ、本当に喉がからからだわ」と歩き出す。
「レディ、待ってください!」
(食らいついた!)
亜麻色の髪の男性は慌てて私の後を追う。でも私は飲み物のことしか考えていないふりで、彼が話しかける言葉も軽く流す。
軽食や飲み物が用意された部屋に着くと、彼は果実水をすぐに手に入れ、私に渡しながら耳元でささやく。
「ダンスもいいですが、このまま別室へ移動し、もっと激しい運動を楽しみませんか?」
前世の私なら「もっと激しい運動!?」と爆笑したかもしれないが、今は笑っている場合ではない!
(冥途の土産の思い出を作れるかどうかの瀬戸際なのだから!)
「……どうしようかしら?」
心の中の焦燥感をひた隠し、私は扇子を広げ、曖昧に微笑む。
「絶対に後悔させません。極上の夜をあなたにプレゼントします」
亜麻色の髪の男性は完全に狩猟モードで私を手に入れたい気満々になっている!
これにはガッツポーズしたくなるのを我慢、我慢だ。
まずは深呼吸を一度して、気持ちを落ち着かせてから「いただこうかしら、そのプレゼント」と微笑む。
「ええ、ぜひいただいてください」
亜麻色の髪の男性は私の手をとり、甲にキスをする。
ふりではなく、きちんとキスをされ、ドキッと心臓が喜びで飛び跳ねてしまう。
(喜ぶ前に、一応、後から騙したとか言われないよう、伝えないと)
「仮面舞踏会ですし、お互いに合意の上と思いますが、念のためお伝えしておくと、私は伯爵令嬢です。ですが今宵の件で、後から責任をとれと言いだすつもりはありません」
「伯爵令嬢。道理で! 男爵令嬢や子爵令嬢にはない上品さがありました。そしてわたしの身分ですと、伯爵令嬢は格下です。一夜の恋の相手にはちょうどいいです」
そこで彼は自身のカフスボタンを私に見せる。ボタンには紋章があしらわれており、それは――。
(え……ツェペシュ……ツェペシュってツェペシュ侯爵!?)
ガイウス・ツェペシュ侯爵は、かなりの美青年として有名であると同時に、社交界の裏側でささやかれるある黒い噂があった。
「営みの最中に相手の首を絞めようとしたらしいわ」
「大量の媚薬をワインに混ぜて飲ませようとしたそうよ」
「怪しい道具を沢山コレクションしているとか」
(ヤバい、この人、サド侯爵だ……!)
過去の戦争の英雄で侯爵なのだけど、恐ろしい性癖がある。そんな相手とのワンナイトなんて悪夢か地獄の一夜。トラウマになるだけだ。
(冥途の土産ではなく、今晩、冥途に行くことになりかねない! 絶対に無理! たとえ余命1カ月でも、私は最後まで生きたい!)
ここは逃げるが勝ち! と「レストルームに行ってきますわ」と言い、立ち去ろうとするが、手首をがしっと掴まれてしまう。
「逃がしませんよ」
ツェペシュ侯爵にがっつり手首を掴まれ、そのまま軽食部屋から連れ出されそうになり、私は大いに焦ることになる。
ここで悲鳴をあげれば変な注目を浴びてしまうし、そうなればこの舞踏会でワンナイトラブの相手を見つけるのは難しくなってしまう。
サド侯爵に連れ出されそうになりながらも、まだ一縷の望みを捨てきれない自分には「いい加減、諦めろ」と諭したくなるが……。
(今はそれどころではない!)
このサド侯爵ことツェペシュ侯爵と二人きりになったら最後、何をされるかわからなかった。ロスト・バージンの瞬間に首を絞められるのも、媚薬を大量に盛られるのも、変な道具を使われるのも御免だ!
逃げ出さないといけない。しかし掴まれた手首はびくともしなかった。
(薔薇熱による死亡フラグの回避を諦め、せめての思い出作りに励んだだけなのに。どうしてそれすら許してくれないの!? よりにもよってサド侯爵だなんて……! この世界に神はいないの!?)
完全なる恨み節になったその時。
「ツェペシュ侯爵」
耳に心地いい爽やかな声が聞こえてきた。
ツェペシュ侯爵が立ち止まり、後ろを振り返る。私も声が聞こえた方を見ると……。
シャンデリアの明かりに煌めくアイスブルーの髪。私と同じハーフマスクの仮面をつけた瞳は、輝きを帯びた紺碧。鼻は高く、顎のラインはすっきりとして、スリムな長身に合わせた純白のテールコートが目に眩しい。
(うわぁ、仮面をつけていても隠しきれないイケメンオーラ!)
「わたしを呼び止めて、何か用かね?」
ツェペシュ侯爵が上から目線な態度をとるが、目の前の美貌の青年は動じることなく、一歩、二歩とこちらへと近づき――。
美青年がツェペシュ侯爵の耳元に顔を近づけ、何やら押し殺した声でささやく。
すると――。
ツェペシュ侯爵は美形の青年から何を言われたのか。
とにかくそのささやきを聞くと、侯爵は私から手を離す。そして私の方を見ようともせず、その場から足早に立ち去ってしまったのだ……!
ホッとした瞬間、私はまさかの展開に膝から力が抜け、へなへなと絨毯に座り込みそうになる。
「大丈夫ですか!?」
驚いた様子の美しい青年が私の体を支えてくれる。
「失礼しました。ありがとうございます。大丈……」
「大丈夫ではないと思います。少し、休んだ方がいいですね」
そう言うと青年はまさかのお姫様抱っこをしてくれる!
「お、重くないですか!?」
「まったく問題ないです」
そのまま軽食部屋を出て、しばし廊下を進むと――。
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本日、もう1話21時頃更新します!


















