後半
「ローレンツィア王国のジョシュア王太子殿下と結婚したいです!」
私がそう言うとお父様は「待ちなさい」と言い、「……彼だけはダメだ」と言う。
「どうしてですか、お父様!? ネルの婚約者はまだ決まっていません! それにジョシュア王太子殿下も婚約者がまだいないのです!」
「ネル。そなたがジョシュア王太子のプレートを集め、彼の情報を諜報部に収集させたことも知っておる。そしてそなたには報告しないよう、諜報部に釘を刺したこともあるのだ」
「……! お父様、それは……それは何なのですか!?」
お父様はそこで大きく息を吐き、私と同じ碧眼の目をこちらへ向ける。
「ジョシュア王太子はあのローレンツィア王国の次期国王だ。あの国は立地もよく、産業も栄え、王族の国民からの人気も高い。幼い頃から王太子は慈善活動に力を入れているし、早くから国王のそばで学んでいる。特に四歳の時の建国祭のプレートが発行されると、妙齢の王女や皇女を持つ近隣諸国がざわつき、多数の婚約話が持ち込まれた。その時点では国王自身が『まだ早い』と突っぱねていたが……。その翌年からは『王太子の婚約者は本人が決めることであり、釣書を送られても全てお断りになる』と国王自らが近隣諸国に水面下で通達したのだよ」
「そんな……! 王族とは……特に王太子であれば、そんな婚姻の自由など、認められないはずでは!?」
「そう思うがあの国では王太子の自由にさせると決めたようだ」
「ですが」
私がさらに食い下がろうとすると、お父様はこれまで縁談話を持ち掛け、お断りされた国の名前を次々と上げる。これを聞いた私は目が点になってしまう。
「東方の大国や友好国からの提案も……すべて断っているのですか!?」
「そうなのだ。余はその話を聞いておったから、ネル、そなたの候補にあの王太子をあえていれていない」
これは「そうだったの……!」と悔しさで震える思いだ。
(これまで手に入らないものは何もなかったのに……!)
「これだけお断りしてもまだ縁談話は持ち込まれているが……そのうち大陸中の国がお断りされて終わるだろう」
「……ジョシュア王太子殿下は一体どなたと結婚するつもりなのですか!? 王太子であれば、他国の王女や皇女と結婚が常道ですよね!? そんなにお断りしたら……相手がそもそもいなくなるのではないですか!?」
憤慨する私にお父様は同意してくれる。
「確かにネルの言うことは一理ある。だが自国の公爵家クラスの令嬢であれば、婚約者に選ばれてもおかしくない」
「公爵家!? そんな格下とあの文武両道、容姿端麗、高潔無私と言われ、全て揃った完璧王太子であるジョシュア殿下が結婚するなんて……王太子の無駄遣いだと思いますわ!」
「まあ、落ち着きなさい、ネル。所詮、それも他国の王太子のこと。我々が気にすることではない」
(それは……そうかもしれないわ。ううん、違う! 私は……私はジョシュア王太子殿下のことが好きなの!)
幼い頃、実在しないと思っていた王子様が実在すると分かった。彼のことが大好きだったのだ。毎日毎日プレートを眺め、恋焦がれていたのに……。
(もし実在することを知らず、別の誰かと婚約していたら、諦めだってついたかもしれない。でも違う。王子様は生きて、この同じ空の下で呼吸していると分かってしまったのだ)
「ネル、そなたには良き婚約者を見つける。友好国のプリシア王国の第二王子、フリードリヒ。彼はジョシュア王太子ほどではないが、なかなかの美男子と評判だ。それに……」
「お父様!」
「どうした、ネル!?」
「嫌です!」
「ネル……」
「ネルはジョシュア王太子殿下と結婚したいです! お父様はフェンブルク帝国の皇帝ですよね!? そのお父様が命じて叶わないことなんて……ないはずです! ネルをジョシュア王太子殿下の妃にしてください!」
◇
私が強く出るとお父様は「……善処しよう。だがその前に、ネル。そなたは間もなくデビュタントだ。まずはそちらに専念なさい」と言う。
(確かにもうドレスも届き、デビュタントの日が迫っている。今は一旦、ジョシュア王太子殿下のことは考えないようにしよう)
そこで迎えたデビュタント当日。
皇女である私は、チャルトリスキ公爵令嬢たちのようにデビュタントを迎えるわけではない。つまり皇帝と皇妃への挨拶の列に並ぶわけではなかった。
デビュタントの令嬢と同じように白いドレスを身に着けるが、使われている素材からして別格。身に着ける宝飾品も当然国宝級で、皇族の宝物庫から取り出したもの。そして専用の席が設けられ、そこに貴族たちが挨拶に来る。
つまり一般の貴族令嬢が列を成し、お父様とお母様に挨拶している間、その令嬢の両親が私に挨拶するために列を成す。
(私はこの帝国の中心にいる皇女なのだ。どの令嬢よりも華があり、目立つ存在)
実際、デビュタントがスタートし、挨拶も終わり、最初のダンスになると……。
招待客である友好国の王太子が私のダンスの相手になった。本当はお父様が私に話していたプリシア王国の第二王子、フリードリヒ殿下が最初のダンスの候補に上がっていた。しかし彼はフェンブルク帝国につくなり、体調を崩したと言う。
(フェンブルク帝国の寒さで体調を崩した……と言うけれど、もう四月で春なのに! 確かにまだ雪がちらつく日もあるし、氷点下の日もあるけれど、真冬に比べたら全然暖かいわ!)
代わりで私とダンスすることになったのは、友好国の王太子で既婚者だった。
(私としてはプリシア王国の第二王子と最初にダンスをしたら、この二人は婚約するのかと噂されるので、彼が体調不良になってくれたのは……幸運だったかもしれないわ。それに主がジョシュア王太子殿下と私のために、フリードリヒ殿下の体調を悪くしてくれたように思える)
そんな形で最初のダンスを終えたが、その後は……。
(次から次へとダンスをするって……! しかもダンスする相手はそうすることがマナーのように私を口説いてくる。格下の公爵令息からまで、「皇女さまは本当にお美しいです。あなたのような方を伴侶に迎えられたら……」なんて言われて、虫唾が走りそうだったわ!)
侮辱罪に問いたくなるが、彼はお父様の弟の息子。私とはいとこでもある。
(だから我慢したけれど……)
「皇女様、次はヌメール国の大使とダンスが」
「もう無理! 休憩させて!」
「皇女様……! ですがその後もダンスの予定が詰まっており……」
私はフェンブルク帝国の皇女。この世界の中心にいる。
(それなのにどうして最近は、すべてがうまく行かないのかしら!?)
◇
地獄のようなデビュタントが終わると、私はお父様と顔を合わせる度にジョシュア王太子殿下のことを尋ねる。最初はのらりくらりとかわしていたお父様だったが、とうとう逃げ切れないと思ったのだろう。それから二週間後、こんな話を打ち明けた。
「ローレンツィア王国から海の交易路を巡り、交渉の申し入れがあった。近くローレンツィア王国から交渉のための使節団がやって来る。そこでジョシュア王太子殿下の件で探りを入れてみよう」
それを聞いた私はお父様に「異議がありますわ、お父様!」と畳み掛ける。
「異議がある、とは……?」
「我が国から使節団をローレンツィア王国へ送りましょう」
「何!?」
「その使節団には私が同行します! ネルを見たら、ジョシュア王太子殿下は一目で恋に落ちると思いますわ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
女帝ネル皇女誕生の瞬間でした(笑)
一応悪女として登場したネル皇女ですが
プリシア王国の第二王子、フリードリヒ殿下と夢破れて婚約するわけです。
どんな思いで輿入れして、フリードリヒ殿下とどんなふうに顔を合わせ、二人はどんな夫婦になるのか。
ちょっと書きたい気持ちもあるのですが、読者様は読んでみたいでしょうか?
読みたい方はニッコリマーク
別の番外編がいいという方はいいねの指マーク
で合図もらえると幸いです☆彡



















