前半
何をやっても周囲の人が喜び、悪戯さえ「まぁ、皇女さまったら!」と微笑ましいエピソードにされ、「あれがほしいでしゅ」と言えば「ご用意しますね、皇女さま」と全てを与えられた。
「ネル。あなたは私の自慢の娘よ。美しくて愛らしくて……。あなたならきっと将来どんな殿方の心も虜にすることができるわ。皇帝にはなれないけれど、同じぐらい政治の中心の場であなたは輝く存在になれるわよ」
お母様はそう言い、私を可愛がる。お父様は……。
「ネル。そなたがドールハウスに住んでみたいと言っていたから、特別に家を用意した。大人は入れない、子どものみが入れるサイズだ。火こそ使えないが、水を使うことはできる。楽しむがいい」
お父様は宮殿の敷地にドールハウスそっくりの家を建ててくれた。
二人いる兄は「ネルはなんて愛らしいのだろう」「僕達の自慢の妹だよ」と、幼い私を大切にしてくれる。
そんな風に両親からも兄弟からも愛されて、使用人にも可愛がられ、私は育つことになった。
(世界の中心に私がいる。私は愛されて当たり前。お父様とお母様がいれば、欲しいものは何でも手に入る)
私はそう信じて疑うことがなかった。
◇
「ネル皇女さま、ローレンツィア王国の建国祭に妹夫婦が行ってきて、お土産を買ってきてくれたのですが……見てください。素敵な王子さまが描かれています。良かったら皇女さま、いかがですか?」
乳母の妹の旦那さんは外交官で、各国を飛び回っている。時に乳母の妹も同行することがあるようで、乳母はそのお土産を度々私にプレゼントしてくれていた。
南国の海の貝殻のブレスレット。西方にのみ生息している珍しい蝶の標本。東の国の珍しいシルクの織物。そして今回は……。
「すごいハンサムさんでしゅね」
「そうですよね。素敵な王子さまで、物語に登場しそうです」
物語に登場する王子さま。まさにその言葉がぴったりの素敵な王子さまが描かれたプレートだった。アイスブルーの氷河のような色の髪。瞳の色は紺碧。鼻も高く、すっきりとしたフェイスラインで、白馬に騎乗した姿は実に凛々しい。
その時の私はこんな完璧な王子さまは物語の中にだけ登場し、現実には存在しないと思ってしまった。
(だって皇宮には沢山の騎士がいるし、二人のお兄さまはみんなから「ハンサムなご兄弟ですわ」と言われているけれど、このプレートの王子さまにかなわない。プレートの王子さまは物語にだけ登場する。この世に実在しないけど、私にとっての理想の王子さまだわ)
乳母からもらったプレートはガラスキャビネットに大切にしまい、毎日のように眺めることになった。
◇
14歳になり、家庭教師のレッスンを一緒に受ける令嬢……学友ができた。公爵令嬢一人と侯爵令嬢二人、計三人の学友だ。この四人で刺繍をしたり、ピアノのレッスンを受けたり、語学の授業を聴講するようになる。
その中でもチャルトリスキ公爵令嬢とはとても仲が良くなった。彼女は私と同じ銀髪で、ラベンダー色の瞳をしており、ドールのように美しい。二人でお揃いの白いドレスを着ていると「まあ、皇女様が二人いるようだわ」「双子のようですね」と侍女や使用人が笑顔になる。
しかも公爵令嬢であり、その祖先は元皇族。遠縁でもあるため、私がチャルトリスキ公爵令嬢と仲良くなっても皆、安心している。
そんなチャルトリスキ公爵令嬢と再来月に迫ったデビュタントについて話すことになった。王宮の応接室に彼女を招き、二人でお茶をしながら。
「もうドレスはほぼ仕上がっているわ。今は微調整しているの。本当は納品されてもいいのだけど、この年齢は急激に成長するから、ギリギリまで待つそうなの」
「それは我が家も同じですわ、皇女様。既に屋敷に届いているのは白のグローブとパンプスだけですの」
「パンプス……そう、パンプス! お父様に頼んで、ロッククリスタルでパンプスを作ってもらったのよ。まるで物語に登場するガラスの靴にそっくりなの!」
「まあ、それは聞くだけでもワクワクしますわ。とっても素敵なのでしょうね。私のパンプスはただの白いもので……。ぜひ見てみたいですわ、ガラスの靴のようなパンプス!」
チャルトリスキ公爵令嬢が目をキラキラ輝かせるのを見ると、「その願い、かなえて差し上げるわ!」と思ってしまう。そこで侍女に彼女を私室へ招いていいか尋ねる。
「かしこまりました、皇女様。それではお部屋の様子を確認してまいりますね。この時間、皇女様はお部屋に戻られないため、清掃をしている可能性がありますので」
「分かったわ、お願いね」
私の侍女は機転が利く。私室の清掃は午前中に終わっているが、チャルトリスキ公爵令嬢はそんなことは知らない。侍女が確認するのは部屋の様子ではなく、お母様……つまりは皇妃に公爵令嬢を皇女の私室へ通していいかの確認のはず。
(ダメ、なんてことあるかしら? 由緒正しいチャルトリスキ公爵家の令嬢なら問題ないはずよ)
そう思いつつ、チャルトリスキ公爵令嬢には皇室専属パティシエが作ったマカロンを勧め、侍女が戻るのを待つ。
「皇女様、お待たせいたしました! 確認がとれましたわ。お部屋の清掃は終わっているので、ご案内できます」
これにはチャルトリスキ公爵令嬢が笑顔になる。
「では行きましょう」
「はい! 皇女様」
チャルトリスキ公爵令嬢と手をつなぎ、自室へと向かう。
まずは前室へ入ると――
「まぁ……とても明るく広々として、素敵なお部屋ですね……!」
チャルトリスキ公爵令嬢が眩しそうに目を細めた。
私の部屋は南向きで、冬でも比較的暖かい。暖炉も二つ設置されており、窓も二重になっている。急遽部屋に戻ることになり、暖炉は急ぎつけられたが、陽射しがたっぷり部屋に届いていたのだ。おかげでさっきまで暖炉はついていなかったはずだけど、そこまで寒く感じることはない。
チャルトリスキ公爵令嬢は前室に置かれたソファや本棚や文机を見て「デザインがいいですわ」「このソファのファブリックの色と柄が皇女様にピッタリです」と褒めてくれる。
「デビュタントの靴はこっちなの」
寝室へ案内し、侍女がクローゼットのパンプスを取りに行く間、チャルトリスキ公爵令嬢はキャビネットに目をやり……。
「皇女様もこのプレートをお持ちなんですね! しかもこれは……かなり昔ですよね!? ジョシュア王太子殿下もまだ幼くて愛らしいわ!」
チャルトリスキ公爵令嬢の「ジョシュア王太子殿下」という言葉に私は「えっ……」と息を呑む。プレートの王子様には勝手にエドモンドと名付けていたが、正式な名前があるようだ。しかも今の話ぶりだと成長したジョシュア王太子殿下のプレートもあるようだと分かった。
「ジョシュア王太子殿下のプレート……最近も新しいのが販売されたのかしら?」
「殿下が誕生されてから、毎年のように販売されているそうですよ。赤ん坊の頃の殿下は……きっとこれと同じぐらい可愛らしいでしょうね。最近の殿下は本当にハンサムで……。一体どこの国の女性がハートを射止めるのか。いまだ婚約者もいないそうですわよ」
チャルトリスキ公爵令嬢の言葉に心臓がドキッと大きく鼓動する。
(婚約者がいない……? どこの国の女性がハートを射止める……?)
心臓が早鐘を打ち始め、私はその後のチャルトリスキ公爵令嬢の言葉が頭に入ってこない。
(もしかしてジョシュア王太子殿下は……実在する人物なの……?)
お読みいただき、ありがとうございます!
ネル皇女の幼き日の物語です
幼い頃から……女帝の片鱗が垣間見られる……!
続きは明日公開です~
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