8
ネル皇女がどうなったのか。それを宮廷医ラスクに尋ねると……。
「皇女殿下は温室の螺旋階段から落ちそうになったそうですが、王太子殿下と護衛騎士の連携で事なきを得て、お怪我もなかったそうです。王立病院ではなく、そのまま宮殿に戻られ、帝国から同行している医師に念のために診てもらうようですよ」
「そうだったのですね……。でもそれを聞いて安心です。ネル皇女殿下は賓客。怪我でもしていたら、外交問題になりかねない……」
「その心配は無用ですよ。それに火事が起きた時には、既に皇女殿下は宮殿に戻る道中だったかと」
これを聞いてダブルで安堵する。
(螺旋階段から落ちたのはネル皇女の落ち度でもある。立ち入り禁止なのにそれを破ったのだから。でも温室の火災は……。あの怪しい者たちが原因であり、しかも私を……)
そこで落ち着いた状態になったからこそ、再び疑問が浮かぶ。
(そう言えばどうして私をあんな物置部屋に閉じ込めたのかしら? そもそもどうしてあんなことをしたの?)
この疑問の答えは……思いがけない形で明らかになる。
◇
宮廷医ラスクの診察が終わり、彼が部屋を出た後、私はそのまま横になった。
奇跡的に大きな怪我はなく、火傷もせず、煙を大量に吸い込んだわけでもない。私自身、すごい目に遭ったと思うが、生還できたのだ。そこまで疲れたつもりはなかったが……。
気づけばそのままスヤスヤ眠り、その眠りは深く、途中で目が覚めることもなかった。そしてちゃんと目覚めた時は朝……!
「殿下……!」
「ごめんなさい、ポメリー嬢。起こしてしまいましたね……!」
ベッドのそばに置かれた椅子に座り、私を見下ろしていたジョシュは昨日、最後に見たのとほぼ同じ姿。
(服装は同じだけど、アイスブルーの髪は少し乱れ、顔に疲れも感じる。それに服がところどころ濡れている……? 何よりも……)
「自然に目が開きました。昨晩はかなり早い時間に寝てしまったので、目覚めて当然かと。それよりも殿下、もしや昨日からお休みになっていないのでは……?」
そこでジョシュは「バレてしまいましたか」と微笑むが、そこに力強さはない。
「騎士団の訓練に参加したことがあるのですが、そこでは甲冑を身に着け、十キロの荷物を持ち、徹夜で行軍を行う……なんてこともあったのです。この程度のこと、その時の訓練を思えばどうってことない……そう思ったのですが……」
目を閉じ、大きく息を吐き、そしてゆっくり目を開けたジョシュは――。
「火はなかなか収まらず……。ですが夜更けから雨が降り出しました。短い時間でしたが、雷も鳴り、勢いがありました」
「そんな雨が降っていたこと……まったく気づきませんでした……!」
「それだけ熟睡していたのです。深い眠りは体力の回復につながると言われています」
「なるほど。……私がぐっすり眠っている間に短時間で強く降った雨、それにより温室の火災は……」
そこでジョシュがこくりと頷く。
「夜明け前に何とか鎮火できました。雨で一度、火は消えた……そう思っていたのですが、がれきの下で雨にも濡れず、くすぶっていた火があったようで……。再度煙が上がった時には驚きましたが、今度こそもう大丈夫です」
「それは良かったです! 殿下、よかったらここで少しお休みになってくださいませ」
「え!」
「私はもうすっかり元気です! 元々怪我もなく、気が張っていただけですので……。これだけたっぷり眠れば十分です」
そう言って起き上がろうとすると「ですがまだ六時前です。起きると体も冷えます」とジョシュが押しとどめる。
「……では殿下、一緒に横になりますか?」
私の言葉にジョシュは紺碧色の瞳を大きく見開き、少し頬を赤らめる。だがすぐに変な意味ではないと理解し、「ですが、この服は煤と雨を浴び、埃っぽくて……」と言うので、私は「そのマントはそうでしょうが、上衣も脱ぎ、シャツだけになれば大丈夫ですよ」と伝える。
「……ですが汗もかきましたし……」
「殿下の汗は石鹸の良い香りがしていました」
「!」
ワンナイトラブのことを思い出させる一言にジョシュは顔と耳を赤くする。
その姿が愛おしくたまらず、最後の一押し。
「宮殿に戻る途中で立ち寄ってくださったのだと分かっています。国王陛下への報告もあるのですよね。ですから二十分だけ。それぐらい休息しても……。殿下に同行している護衛騎士も飲み物の一杯を飲んで一息が必要では? 馬だって休ませる必要がありますよね?」
「ポメリー嬢……」
ジョシュが紺碧色の瞳をうるうるさせるので「さあ、殿下。マントを脱いでください」と促すと「分かりました」と答えた。立ち上がったジョシュは扉近くに向かい、壁のフックに脱いだマントを掛けながら、廊下にいる護衛騎士に二十分ほど休憩することを伝える。
さらに上衣を脱ぎ、白シャツに淡い水色のベストにズボンという姿になったジョシュは、寛いだ様子となり、顔からようやく緊張感がなくなった。
「殿下」
両腕を広げると「ポメリー嬢」とジョシュがベッドに腰を下ろし、私を抱きしめる。
「殿下からこうばしい香りがします。焼き立てのパンを思い出し、食べたくなってしまうわ」
「ポメリー嬢からは甘い香りがします。僕はポメリー嬢を食べたくなってしまう……」
そこでジョシュが私を抱きしめたまま、身を横たえる。
「……こうやってポメリー嬢をこの腕の中で感じられることができてよかったです」
「そうですよね。あの時、見つけていただけてよかったです」
「もっと早く見つけることができたら良かったのですが……」
「むしろ温室は巨大で、よく見つけてくださったと思いました」
「愛の力ですかね」
「ふふ。それもあると思います!」
「……煙と火の勢いで、火元がその辺りと分かりました。何かあると思い、駆けつけ、でもまさかそこにポメリー嬢がいるとは……」
そこで言葉を切り、ジョシュが私をぎゅっと抱きしめる。
「殿下、現場で怪しい男を捕らえることはできたのですか?」
私の言葉にジョシュは抱きしめる腕に力を込める。
「ええ。何人か挙動不審な者達を捕らえています。全員、王都警備隊で拘束し、取り調べをしてもらっています。火災現場に現れ、窃盗をする者、逃げ惑う女子供を攫う者……。悪い輩が火災現場で暗躍することは知られています。ポメリー嬢に悪さをした犯人もその中にいるはず……。既に王都と隣接する都市を結ぶ街道や国境にまで警備の手を広げています。必ず、捕らえてみせます!」
力強いジョシュの言葉に安堵しつつも、これでは彼の脳が興奮状態で眠れないのではと心配になったが……。
ジョシュが無言になり、顔を見ると瞼が閉じている。
(火災現場にいただけの私でもぐったりだった。長時間あの場に留まり、指揮をとっていたジョシュは極度の緊張状態も続いていたのだ。そして徹夜明け)
ぐっすり眠ってしまったジョシュの体を抱きしめる。
(ありがとう、ジョシュ)
◇
短時間ながら仮眠をとり、ジョシュはそのまま宮殿に戻った。私は朝食をとり、王立病院の医師から問題なしのお墨付きをもらい、馬車で宮殿に戻ることになったが……。
「ポメリー!」
なんと心配した両親が王立病院に駆け付け、二人と一緒の馬車で宮殿まで戻ることになった。
「留学しているジョセフから手紙が届いていた。それを渡すために近々でポメリーを訪ねようと思っていたが……。まさか火災に巻き込まれるなんて! 本当に無事で良かったよ!」
そこで父親は新聞を見せてくれる。そこに書かれているのは……。
一面も二面も三面も、今回の王立植物園の温室で起きた火災、さらに陣頭指揮をとるジョシュへの賛辞で溢れている。
『現場に居合わせた若き王太子、燃え盛る温室に飛び込み、婚約者を救う!』
『鎮火に向け、指揮をとる王太子殿下に多くの消防隊員が感銘を受ける!』
『王太子殿下に助けていただきました! 花屋のマリーちゃんが笑顔で生還!』
その一方で今回の火災の原因について追究する見出しも目立つ。
『過去一度も火災のなかった温室で何が起きたのか?』
『火の気のない場所で起きた火災、事故なのか、それとも……』
『怪しい男を見たとの声も。故意による放火なら重罪は免れない!』
新聞では事故と犯罪の可能性でいろいろ書かれているが、犯人は予想外の人物だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
果たして犯人は……!
気になる続きは明日更新します~
頑張って執筆続けま~す!
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡



















