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声が聞こえた気がした。
「ポメリー嬢!」
ジョシュの声が。
その瞬間、全身から力が抜けて、床にぺたりと顔がつく。
(ジョシュ……)
意識が遠のきそうになったが、ガタッという音に続き、バンという大きな音も響き、私はハッとする。
「ポメリー!」
ハッキリと聞こえたジョシュの声に、私は最後の気力で布をかまされた口で叫ぶ。
それは「ふがふが」という何とも名状し難い声だったが──。
「ポメリー嬢!」
すぐに口から布を外され、「ザクリ」と音がして、手首のロープが切られた。そしてジョシュ以外にもう一人いるようで、足首のロープも外されている。
「このハンカチで口と鼻を押さえてください!」
フードを被り、口元も布で覆ったジョシュが、私の鼻と口にハンカチを押し当てた。私は頷きながら、急いでハンカチを手で押さえる。
「抱き上げるので、僕に掴まってください」
返事代わりに片腕をジョシュの首に回す。
ふわりと体が浮き上がり、真っ白な煙の中にいきなり飛び込んだ状態になり、目が開けていられない!
「殿下、こちらです」
「わかった」
私のことを軽々と持ち上げたジョシュは、そのまま護衛騎士の先導で廊下に飛び出した。
◇
その後、ジョシュは私を温室から外へ連れ出し、駆け付けた警備隊に私を託す。
テキパキと指示を出すジョシュは落ち着いており、その指示も的確。羽織っているマントはあちこち汚れ、自身の顔に煤もついているが、紺碧色の瞳は力強く輝き、こんな場でもジョシュは大天使のように美しかった。
そこで彼が私を切なさそうに見る。
「本当はポメリー嬢に付き添いたいのですが、火の勢いが強く、救助と消火活動の指示を出す必要があるので……」
私は警備隊の用意した担架に横になったまま手を伸ばす。ジョシュが跪き、私の手を握りしめる。
(ここは彼を安心させないと!)
「大丈夫です。私は大丈夫ですから。避難が遅れた人がいるかもしれません。殿下は王太子として、救助と消火活動の指揮をとってください」
外に出て新鮮な空気を吸い、水を飲ませてもらうと、ようやく声を出すことができた。私の声を聞いたジョシュは紺碧の瞳に涙を浮かべる。そして「ポメリー嬢……!」と私を強く抱きしめた。そこで私はジョシュの耳元でささやく。
「殿下。既にお聞きかもしれませんが、私も侍女も護衛騎士も、怪しい二人組の男二組に襲われました」
ハッとした様子のジョシュは「そうだったのですか」と真剣な表情になる。
「僕がネル皇女殿下の手を離し、下で護衛騎士が無事にその体を受け止め、『助かった!』となった後、ポメリー嬢の姿がないことに気づきました。いるはずのポメリー嬢の侍女と護衛騎士の姿もなく……。でも侍女……エミリーと護衛騎士……ランスロット卿はその後、すぐに見つかりました。少し離れた場所のベンチで二人は仲良く並んで腰かけている……と思ったら、気を失っていたのです」
この話を聞いた私は手短に温室で見掛けた怪しい男達のことを話す。ネル皇女が螺旋階段から落ちそうになっている時、この怪しい男達にエミリーもランスロット卿も私も襲われたこと。エミリーと私は薬品が染みたハンカチを鼻と口に押し当てられ、ランスロット卿は薬品がついた針を刺されていたこと。そしてその男達は町人の装いをしていたが、がっちり鍛えられた体躯をしており、傭兵のように思えたこと。彼らがあの物置小屋に私を閉じ込め、そして悠長にもパイプ煙草を吸い、その火種の不始末で火災になったことなどだ。
「そうだったのですね……。ポメリー嬢を含めた三人が襲われたことは計画的なものだった……」
「確かに『依頼された』と言っていたので、黒幕がいるはずです」
「なるほど。意図せずして火災になったのなら、その犯人たちもこの様子に驚いていることでしょうね。ポメリー嬢がどうなったのか、気にしている可能性もあります」
そこでジョシュはキリッとした表情になり、一瞬周囲に目をやるが、フッと力を抜くと、私の額にキスをする。そして唇を離す刹那にささやく。
「ポメリー嬢から何か聞き、僕が警戒していると気づいたら……。犯人たちは尻尾をつかまれまいと、この場から立ち去る可能性もあります。ここは僕が何も気づいていないふりを続け、犯人たちを油断させるのが一番かと」
これには「名案です!」と頷くと、ジョシュは私から体を離して告げる。
「主の加護があらんことを」
私もジョシュの頰に指で触れて伝える。
「殿下に主の加護があらんことを」
「ありがとうございます、ポメリー嬢」
ジョシュが私の手の甲にキスをして、立ち上がる。
「頼んだぞ」
「はいっ、殿下!」
駆け付けていた警備隊の隊員と護衛騎士が敬礼をした。
◇
警備隊の馬車で王立病院に運ばれると、既にそこには宮廷医ラスクが駆けつけていた。
王宮にも医療設備はあるが、王立病院も高位貴族が利用する大病院。設備的には王宮とも遜色なく、かつ王立植物園からは王立病院の方が近かったので、ここに私は運び込まれていた。
確認すると、薬で眠らされたエミリーとランスロット卿もここで診察を受けたという。
(二人は意識を失っただけで、怪我はなかった。本当に無傷で良かったわ!)
一方の私はというと……。
用意された特別個室のふかふかのベッドに、真っ白な寝巻き姿で横になっていた。煤まみれだったが看護師が綺麗に拭いてくれて、その際「肩に打ち身がありますし、膝を擦りむいています。ですがそれ以外、火傷も含め、何もないです!」と言われ、安堵することになった。
(扉に体当たりしたから、打ち身は仕方ないわ。膝はいつのまにか擦りむいたのかという感じだけど、その程度の外傷で済んでよかったわ)
あとは宮廷医ラスクが診てくれた。
「本当にラウンズベリー侯爵令嬢は、強運の持ち主ですね。確認しましたが、膝の擦り傷と肩の打ち身以外は……奇跡の無傷です! 火傷はありません! 煙を吸わないよう、体の位置を低くし、なるべくクリアな空気を吸うようにしたこと。そこへ殿下が駆け付け、素早く避難出来たこと。温室は燃えるものしか無い最悪の環境でしたが、ラウンズベリー侯爵令嬢が生還できたのは……まさに殿下の愛の賜物ですね!」
宮廷医ラスクの言葉に私は強く同意だった。
前世の会社の防災訓練で何気なく聞いていたこと。それを思い出し、命拾いできたと思う。何よりも──。
(ジョシュがあと一歩遅かったら、どうなっていたか分からない)
そう思うと薔薇熱から、そして今回の火災から私を救ってくれたジョシュには感謝しかなかった。
「火は鎮火できたのでしょうか?」
「いえ、まだです。今、王都中の消防隊が王立植物園に集結しています。……温室もそうですが、その周辺も緑に溢れていますから。でも殿下は風向きを踏まえながら、的確に現場で指示を出していると聞いています」
そこで宮廷医ラスクは「それにしても」と首を傾げる。
「王立植物園の温室は築百年です。もちろん、修繕の繰り返しで維持された結果ですが。その歴史の中で、ただの一度も火災は起きていないんですよ?」
この言葉に私は、ここでならジョシュに話したことを打ち明けてもいいだろうと思い、宮廷医ラスクに告げる。
「実は温室に怪しい人物がいたんです!」
「えっ、そうなんですか!?」
「私の侍女のエミリーと護衛騎士のランスロット卿から何か聞いていませんか?」
「僕は王宮から慌てて駆け付けたので……」
そこで私はあの怪しい男達のことを話す。
「えええ! そうだったのですか……!」
宮廷医ラスクはもうずっと目を丸くした状態だ。
そこで私はこのことをジョシュには既に伝えており、彼は現場に犯人たちがいる可能性を考え、何も知らないふりをしていることも話した。
「なるほど。そうだったのですね。火災はてっきり事故だと思ったのですが……。まあ、犯人たちからしたら、火の不始末による火災。やはり事故なのでしょうが……」
そこで宮廷医ラスクはサイドテーブルに置かれていたカラフの水をグラスに入れて渡してくれた。それを受け取りながら私は尋ねる。
「ありがとうございます。……そういえばネル皇女殿下は? 皇女殿下もこの病院に?」
お読みいただき、ありがとうございます!
間一髪でした~
そして公開できたので安心して晩御飯食べられます……!
今日は残業だったので更新間に合うかドキドキでした。
続きは明日も頑張りますので
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