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「……もしもフェンブルク帝国との友好が深まれば、カカオなんて今の半分の価格になりますのに」
そこでチラリとネル皇女が私を見た瞬間、私の心臓がドキリと反応してしまう。そして心の奥底に追いやっていた昨晩の話を思い出す。
(フェンブルク帝国との友好が深まる……それはネル皇女がジョシュと結婚するということよね……)
父親に頼めば、カカオの輸入船を増やすことはできるかもしれない。でもそれではネル皇女が皇帝を動かすのと変わらないと思う。私だったら何を提案できるだろうか……。
ここでネル皇女と張り合う必要はないのだけど、考え込んだ私はあることを思いつき、口を開くことになる。
「……溶かしたチョコレートにビスケットを浸して食べますよね。その応用で、溶かしたチョコレートにフレッシュクリームを混ぜ、フルーツや焼き菓子を浸して食べる。ドライフルーツではなく、フレッシュフルーツにチョコがけを行い、氷室でチョコレートを固めて販売する。この二つの方法であれば、使うチョコレートの量は減りますが、フルーツや焼き菓子の甘みで満足度は上がると思います。高級なチョコレートの価値は守りつつ、質を落とさないかさ増しができるのではないでしょうか。さらに価格も調整できるかと」
私の言葉を聞いたショコラティエの顔が「なるほど!」と輝く。
「確かにその方法であれば、悪質なかさ増しとは違います! 新しいチョコレートの楽しみ方の提案であり、自然と受け入れられるものです……! この案、自分の店で採用させていただいてもいいでしょうか!?」
「ええ、もちろんです。完成したらぜひ食べさせてください」
私がそう応じると、ジョシュもこんなふうに言ってくれる。
「とても名案だと思います。ぜひ二つのチョコレートの楽しみ方、製品として命名する時は、ポメリーの名を含めていただけると嬉しいですね」
ジョシュの提案にショコラティエは大きく頷く。
「賜りました! ラウンズベリー侯爵令嬢の発案ですから、そうして当然です!」
「ありがとう。ところでポメリー嬢の提案を聞き、僕も一つ思いついたのですが、干し葡萄にチョコレートをコーティングして固めても美味しいかもしれない」
「確かに……! 殿下、ありがとうございます! そちらは殿下の発案と分かるネーミングにさせていただきます!」
ショコラティエが笑顔になった。
◇
偶然前世のチョコレートフォンデュと屋台でお馴染みのチョコバナナを思い出したことで、この世界での新しいチョコレートの楽しみ方を提案できた。さらにジョシュは前世で人気のレーズンチョコを思いついたのだ!
(ネル皇女の意地悪が功を奏した感じね)
私は嬉しくてならないが、ネル皇女自身はなんだかプンプンしている。私とジョシュとショコラティエが意気投合したのを蚊帳の外で見ることになったのが不満だったようだ。
「ネル、もうすぐで王立植物園に到着しますよ」
馬車の中ではプンプンしていたネル皇女だったが、王立植物園が近づくと、表情が緩んでくる。ジョシュに声を掛けられたこともあり、機嫌がだんだんよくなる。
「ようこそ、王立植物園へ」
入場ゲートでチケットを買い、中に入る頃には、ネル皇女がはしゃぎ出す。
「ジョシュお兄様、あれですよね!? あれが巨大な宮殿風の温室!」
「ええ、そうですよ。あれはグラス・ハウスと呼ばれる我が国最大の温室です」
グラス・ハウスの見た目は前世の東京駅を彷彿させた。正面から見たファサードはレンガ造りであるが、途中から壁がガラス窓に変わる。そしてドーム型のガラスの屋根になっており、中は三つのエリアに分かれていた。ジャングルのような熱帯の植物を集めた森の館、直径1メートルを超す巨大な蓮がある水宮、サボテンなど砂漠の植物を集めたプチ・パレスだ。
「お兄様、見て! 巨大なヤシの木があるわ!」
「ネル、そんなに走らなくてもヤシの木は逃げないですよ!」
はしゃいだ様子のネルがジョシュの手を取り、駆け出す。
皇女としてここに来ていたら、こんなふうに駆け出すことは許されない。でも今は町娘のような装いのネル皇女が駆け出しても、彼女の侍女と護衛騎士は苦い顔をしているが、周囲の人々は微笑ましいという表情しか見せない。
そう、この王立植物園、そしてこの巨大温室には沢山の平民がいる。貴族もいるだろうが圧倒的に平民が多く、ジョシュが王太子であると気づいていない。
「ジョシュお兄様、すごいわ、このヤシの木! 天井まで届きそう! あ、見て! あっちに螺旋階段があるわ!」
「あっ、ネル!」
ネル皇女は温室に入ってからはずっとジョシュと手をつないでおり、傍から見ると仲の良い兄妹。ここで目くじらを立て、文句を言うことは……できる雰囲気ではない。
(舞踏会の時は熱い眼差しを見せていたのに。ここでは完全に兄妹を演出している気がする。だからこそ二人に割って入ることが憚られる!)
「お兄様、肩車して欲しいわ! そうしたらあのヤシの木に少し近づくと思うの」
「……! だ、ダメです。それは!」
肩車はこの世界でも存在しているが、それはあくまで平民の間でのこと。貴族は肩車を行わない。たとえ相手が子どもであっても。
(それぐらいネル皇女も分かっている。分かった上で提案しているのは、それを聞いたジョシュが焦る様子を愛でるため……)
そう、ネル皇女は慌てた様子のジョシュを見てくすくすと笑っているのだ。笑った上で私をチラッと見て、ジョシュに身を寄せる。
(どうやらさっきのショコラトリーでの件をまだ根に持っているようね)
さらにジョシュと手をつないでいること。彼を振り回していることで私に対して優越感を覚えているようだったが……。
ジョシュがネルに振り回され、動き回る二人を追うので結局、私も侍女や護衛騎士も振り回されている状態。ネル皇女がニヤリとするのはジョシュを今、独り占めしている優越感に加え、私を振り回していることへの「ざまぁみなさい」もありそうだ。
この状況については、ため息しかない。
ここでさっきのショコラトリーのように張り合うつもりはないが、このまま振り回されるのはどうしたものかと思いながら、小走りでネル皇女に引っ張られているジョシュを追っていると――。
目の端にふとこの場の雰囲気から浮く存在を捉えてしまう。
温室にいるのは平民の親子連れ、貴族のカップルなど。男性二人組は浮く。しかも町にいる男性が着ていそうな服装をしているが、体格が良すぎて不自然なのだ。
(あれなら兵士の姿の方が目立たないのに)
しかも男性二人組で違和感ありはこの二人だけではなく、もうワンペアいる。
(……もしかしてお忍びのお出かけを心配した国王陛下が護衛騎士とは別でつけた護衛……? 傭兵……?)
そう思った時、「ネル、そこは立ち入り禁止です! 勝手に上るのはいけません!」とジョシュの声が聞こえる。
慌てて前方を見ると、温室の天井の窓のメンテナンス用の螺旋階段を、ネル皇女がものすごい勢いで上っているではないですか!
(メンテナンス用だけど、温室の雰囲気と馴染むように色は支柱と同じ白で、手すりには蔦も絡み、リーフの装飾もあしらわれている。つまりとてもオシャレで、つい上りたくなる気持ちは分かってしまう。しかも皇女という立場だから、許してもらえるよね……という甘えもあるかもしれないけれど……)
「うわぁ、大変だ!」
近くで植物の手入れをしていた中年の男性職員が声をあげる。
「すみません! すぐに下りるよう説得します!」
「君の連れなの? あの螺旋階段、実は修繕の手配をしていて、職員も使っていないんですよ」
「え……」
「温室の中は気温もそうですが、湿度も上げているので、定期的にメンテナンスが必要なんです。ちゃんとお手入れすれば何十年も持つのですが……。踏板に錆が出来て、ボルトの緩みが発見されたので、大規模な修繕が必要だったんです」
これはまずい状況ではと思ったまさにその直後、大きな物音に続き「きゃーっ」とネル皇女の悲鳴が響き渡った。
お読みいただき、ありがとうございます!
兼業で残業があるとお腹が空いて執筆も大変だけど頑張ります~
続きは明日です!
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