3
休憩室から庭園に出られるが、その間にサンルームが設けられていた。サンルームにカウチと観葉植物が並べられ、舞踏会でよろしい感じになった男女がイチャイチャしていたが……。
ネル皇女の侍女と護衛騎士が声をかけると、皆、慌てて出て行く。
(そして誰もいなくなった……)
誰もいなくなったサンルームへネル皇女はツカツカと入っていき、こちらを振り返る。
「ラウンズベリー侯爵令嬢もこちらへ! そこにお座りになって!」
皇女の意図が読めないままカウチに座ると、彼女もぽすっと私の横に座る。
「ラウンズベリー侯爵令嬢は、元は伯爵令嬢なんですよね?」
サンルームの中を照らすランタンの数は限られている。そんな淡い明かりの中ではあるが、すぐ隣にネル皇女が座っているので、その肌が雪のような白さでありながら、水を弾くような弾力もあることに気づく。ネル皇女の若さを感じさせる肌を眺めながら、今の問いに答える。
「はい。元は伯爵令嬢です」
「伯爵令嬢から侯爵令嬢になっても……ようやくスタート地点、という感じですわよね?」
「……?」
「公爵家ではなく、侯爵家……。貴族としての最高爵位というわけでもない。ラウンズベリー侯爵自身は商才があるようですけど……。特にジョシュア王太子殿下にとって、ラウンズベリー侯爵令嬢と婚約するメリットって何があるのでしょうか? 王族の婚姻はその国の今後に関わりますよね。でもラウンズベリー侯爵家と婚姻関係で結ばれて、ローレンツィア王国に何のメリットがあるのかしら?」
いきなり核心をつく問いを幼く見えるネル皇女から投げかけられ、私は「うっ」と言葉に詰まる。
(ネル皇女が言うことは正しい。王家にとってラウンズベリー侯爵家と王太子が婚姻関係で結ばれるメリットは……)
「もったいないわ。ジョシュア王太子殿下なら、大陸中の姫君が結婚したいと考えるでしょうね。ローレンツィア王国は大陸でもその国力が指折りに入る。その次期国王が、文武両道、容姿端麗、高潔無私なジョシュア王太子殿下なのよ。多くの国が王太子妃の座を狙っていたと思うわ」
それはまさにその通り。
(本来の小説の世界なら、ジョシュは聖女と結ばれるが、それには他国も納得するしかない。何しろローレンツィア王国で流行した謎の熱病を撲滅している。しかも“聖女”。爵位などなくても“聖女”と言われたら……。人智を超えた存在であり、そこはもう黙ってひれ伏すしかない――そんな暗黙の了解もある。ゆえにジョシュが聖女を王太子妃に選んでも文句など起きなかった)
それに対して私は、国内はまだしも、国外から見たら……。
新聞などで“聖女”と騒がれた私だけど、本物の聖女ではない。それは国内外問わず分かっていること。
「ねえ、ラウンズベリー侯爵令嬢。冷静に考えたこと、あるかしら? ローレンツィア王国がこれから百年、二百年と国として存続し、民草が幸せになるために何が必要なのかを」
「それは……」
「フェンブルク帝国は永久凍土に埋もれた土地が多い。でもね、その永久凍土の下に手付かずの天然資源が沢山眠っているの。金・銀・銅……だけではないのよ。鉄鉱石やダイヤモンドも見つかっている。そして北西のエリアからは海に出ることが出来るから、多くの海上交易路を押さえているの。だからこそローレンツィア国王もフェンブルク帝国の使節団を招き、交渉をしている。でもこんな交渉しなくても、ローレンツィア王国はフェンブルク帝国の富を共有できるはずなのよ」
ネル皇女の幼さはどこへやら。今の口ぶりはまるで女帝!
「もしもジョシュア王太子殿下がわたくしと婚約したら、フェンブルク帝国の富の一部はローレンツィア王国のものになるのよ」
「……!」
「わたくしね、子どもの頃にジョシュア王太子殿下が昼に着ていた礼服姿で描かれたプレートをいただいたことがあるの。その時はおとぎ話に登場する王子様が描かれていると思ったわ。実在なんてしないと。でも成長してから知ったの。プレートに描かれた王子様は実在すると」
建国祭で人気のジョシュを描いたプレートは……まさかのフェンブルク帝国にまで流通していたなんて。しかもそのプレートを見て、ネル皇女は……。
「わたくし、ジョシュア王太子殿下にずっと憧れていましたの。そこで今回、我が儘を言って、使節団に加えてもらいました。お父様は国外に行くなんてと大反対でしたのよ。それでもどうしてもジョシュア王太子殿下に会いたくて……」
そこでネル皇女の顔が乙女のように輝く。
「実物のジョシュア王太子殿下は本当におとぎ話に登場する王子様みたいだったわ! プレートに描かれた姿よりハンサムで、優しくて、笑顔が素敵で……。わたくし、ジョシュア王太子殿下が大好きになってしまいました!」
ここまでは乙女だった。でも次の瞬間、その表情は女帝に戻る。
「ジョシュア王太子殿下はラウンズベリー侯爵令嬢と結婚するのが正解なのかしら? わたくしと結婚した方がローレンツィア王国のためになるのではなくて? この国の未来、ジョシュア王太子殿下が国王となり、国が発展するために必要なのは何であるか、ラウンズベリー侯爵令嬢もお分かりになるのでは? わたくしは殿下が望むものを提供できるわ。交易路も沢山の資源も、鉱物も。ラウンズベリー侯爵令嬢は、ラウンズベリー侯爵家は、殿下のために何ができるのかしら?」
ネル皇女の言葉に私は唇を噛み締めるしかない。
正直、ネル皇女は皇女であるものの、この世界では本来私と同じモブ。モブはモブでもこんなに格差があるのは……ズルい!
片や冒頭で病死するはずだったモブ。片や一国の皇女で美貌と知略を持つ美少女。モブ格差に私はうなだれるが――。
「ポメリー嬢! ネル皇女殿下!」
ハッとして顔を上げると、サンルームの入口にジョシュの姿が見える。
「まあ、ジョシュア王太子殿下!」
ネル皇女が素早く立ち上がり、子どものように駆け出す。
先程の女帝の顔ではなく、完全に幼い皇女全開でジョシュに抱きついた。
「!? ネル皇女殿下!」
「嬉しいですわ、ジョシュア王太子殿下! ネルのことを探しに来てくださったのですね!」
「そうですね。ネル皇女殿下の姿がないので、父上も……国王陛下も困っています。ホールにお戻りください」
「え~、どうしようかしら?」
ネル皇女が上目遣いでジョシュを見た。そこは幼さの中に女の顔がちらほら揺れる。
「ジョシュア王太子殿下がエスコートしてくださるなら、戻ろうかしら?」
「ネル皇女殿下、申し訳ないのですが、僕がエスコートするべきは婚約者であるポメリー嬢です。皇女殿下のことはこちらの王弟であるパーク大公がエスコートします」
これには「えーっ!」とネル皇女が口を尖らせるが、目の前に黒のテールコート姿のパーク大公がいるので、さすがに「嫌!」と言えない。
ネル皇女は渋々パーク大公にエスコートされ、そして――。
「ポメリー嬢!」
こちらへと歩み寄ったジョシュが私をぎゅっと抱きしめる。
「姿が見えないので心配しましたよ!」
「殿下……」
「今日、予定されていた令嬢たちとのダンスは終わりました。あとはポメリー嬢とダンスするだけです!」
もしネル皇女にいろいろ言われていなければ、ジョシュのこの言葉に有頂天だっただろう。
(でも今は何だかこれでいいのかしら?という気持ちでいっぱい。ジョシュはこの世界のヒーローなのに、モブの私と結ばれることが本当に正解なのかしら?)
「さあ、ポメリー嬢、ホールへ戻りましょう」
ジョシュはいつも通りの優しい笑顔と共に私に手を差し出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
ネル皇女は恐るべし……!
出勤前に更新できました~↑↑↑
続きは明日公開できるよう頑張ります~
ブックマーク登録でお待ちくださいませ☆彡



















