エピローグ
爵位剥奪となり、平民落ちし、黒の塔の地下牢に収監された元公爵プルートスは、心理的にかなりショックを受けたようだ。そこに元公爵夫人が国王陛下に離婚を認められ、娘を連れ実家の地方領へ戻ったことが伝えられると――。元公爵は一気に老け込む。
(これはまさにジョシュの指摘通りで、一人寂しく絞首刑であの世行きになりそうね……)
なんだか可哀想に思えるが、そこは冷静に元公爵がやろうとしたことを考える必要がある。
(私は新雪糖に含まれていたアリウムで危うく命を落とすところだった。でもこの危機は私だけではなく、この国の多くの貴婦人を巻き込んでいた。貴婦人だけではない。その夫や娘にも被害が出ている。みんなプルシアンブリューを飲み、事なきを得たことになっている。しかし元公爵がやろうとしたこと、それは政敵を排除するための大量殺人……)
彼が絞首刑になることに同情してはならない。同情するなら彼の家族だろう。
元公爵夫人は娘を連れ、実家のある地方領へ戻ったらしいが、そこでは間違いなく白い目で見られているに違いない。私と年齢の近い娘の方も、大量殺人未遂事件の元公爵の娘として、後ろ指をさされているに違いなかった。
後ろ指という点ではスピナッチ伯爵とその夫人であるロージーも大変なことになっていた。新雪糖を卸していた商会主なのだ、スピナッチ伯爵は。混入させていた物が毒とは知らなかった……で済まされることではない。そもそも1割であろうと偽装は偽装。許されることではなかった。
(スピナッチ伯爵は混入を認め、ロージーは伝書鳩でスミスを特定する際に協力もしている。それでも罪は罪。償う必要がある)
伝書鳩の向かった先の特定……GPSも追跡装置もなく、どうやって伝書鳩がプルートス公爵のものであると特定したのか。その方法を考案したのはジョシュだ。
「ロージーがスミスから預かっている伝書鳩を、他の鳩とは区別できるようにします」
「足輪でもつけるのですか?」
「足輪では遠方から視認するのが難しいので、赤土という粘土質の土があるので、これを使おうと思います。赤土であれば羽毛に付着させることができます。それに鳩は水浴びを好みますが、その程度ではこの赤土をすべて落とし切れず、遠方からでも目視で見慣れた青灰色の鳩と区別が可能です」
スミスの正体が他国のスパイか国内の不穏分子か、どちらなのかと考えた時、ジョシュは後者の可能性が高いと考えた。理由は完全にその道のプロであるスパイなら、スピナッチ伯爵がうっかり粉の混入を認めるような発言ができないよう、徹底したコントロールを行うはずだからだ。そして王都で不穏な動きを見せている貴族の調べは既についていた。スミスの正体の候補は三つの家門の貴族であり、鳩舎のある屋敷を監視する騎士が割り当てられたのだ。
もしこの三つの家門がはずれだったとしても、赤土まみれで伝書鳩が戻っても、私達が探っていることはバレにくい。伝書鳩は一目散に鳩舎を目指すが、途中で休憩することもある。その際、蜘蛛の巣がついたり、草や土がついたりすることもあるのだ。
ということで赤土がついた状態の伝書鳩は、プルートス公爵の屋敷にある鳩舎を目指して戻って来て、そこを張り込みしていた騎士がバッチリ目視で確認。国王陛下と王太子のサイン入りの書類を手に、公爵邸へ踏み込んだわけだ。
(赤土のついた伝書鳩を放つことができたのは、ロージーの協力があったからだ。そこは一定の酌量はあると思うが、無実や恩赦になるわけではない)
既にプルシアンブリューの調達のため、スピナッチ伯爵の私財は没収されている。このまま爵位も剥奪され、そしてロージーとは離婚する……かと思いきや、そんなことはない。爵位は剥奪され、スピナッチは元伯爵になるが、二人は離婚しないまま、それぞれの罪を償うため、刑務所に入ることにするという。裁判はこれからで、刑期もどれぐらいになるか分からないが……。
(あの二人は二人で、何だかんだで、そのまま添い遂げる気がする)
そんなことを思っていると――。
「ポメリー嬢」
バニラ色のドレスを着た私が声に振り返ると、ふわりとジョシュに優しく抱きしめられる。
元公爵を尋問した時のジョシュは王者の風格で、優しい物腰の中に鋭い厳しさがあった。剣を抜き、動く場面もあり、彼の強い感情を目の当たりにすることになったが……。
今、私を抱きしめるジョシュは限りなく甘い。
しかも白シャツにシアン色のスーツを合わせたジョシュは夏空のような爽やかさ!
トクンと胸を高鳴らせながら、尋ねる。
「殿下、公務は……?」
「元公爵の件でいろいろ動きました。少しは休息が欲しいと父上……国王陛下にお願いしたのです。その結果、今日はもう公務はお終い。ちょっとした休暇をもらえました」
「そうなのですね……!」
時間は午前十時前で、私は元公爵について書かれた新聞を、テラスに座り眺めているところだった。
「せっかくだから一緒に演劇でも観に行きますか、ポメリー嬢?」
「殿下、休息されたいのですよね?」
「……ポメリー嬢と一緒にいることが、僕にとっての休息です」
耳元でささやかれたこの一言の破壊力は……半端ない!
もう心臓が高鳴って仕方ない中、休息を求めるジョシュに私はこんな提案をしていた。
「では殿下、膝枕でもしましょうか……?」
「膝枕?」
今さらだったがこの世界には膝枕を恋人同士でする慣習は……存在していなかった。
(冷静に考えればそれはそうよね。未婚の男女の身体的な接触はよくないのだから)
「殿下、私は大変破廉恥な申し出をしていました。申し訳ございません……!」
「ポメリー嬢」
「は、はいっ」
「あなたと僕は既に身も心も結ばれているのですよ」
「あ……!」
「ポメリー嬢の言う膝枕程度であれば、可愛いものではないですか。ぜひそちらのベンチで僕に膝枕をしてください!」
こうしてジョシュに膝枕をすることになったが……。
「何でしょうか。ものすごく寝心地がいいわけではないのに、心身共に満たされます……!」
私の膝に頭を預けたジョシュは、何と表現したらいいのか。実に尊い表情をしている。
「とてもリラックスできるのですが……」
そこでジョシュが上目遣いで私を見る。
「ポメリー嬢の解毒剤は昨日で終わりましたよね?」
「はい。おかげさまで!」
「では……いいですか?」
「え?」
そこでジョシュがサラサラのアイスブルーの髪を揺らし、紺碧色の瞳を細めて微笑む。
「ずっと我慢していたので」
そう言ってジョシュの手が、私の頬を自身の顔の方へと近づかせ――。
初夏の木漏れ日の中、本来物語の冒頭で消えるはずだったモブの私は、この世界のヒーローであるジョシュから、とても甘くて優しいキスをされていた。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます☆彡
罪をおかした者は罰せられ、モブだった私には素敵なハッピーエンドが訪れました~
本編無事完結でございます!
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新キャラも登場する番外編の更新も考えているので
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来週での更新を予定しています!



















