18
黒の塔には王家への反逆罪や侮辱罪、政治犯として主に貴族が収監されていた。通常の監獄と違い、きちんとした個室。前室はなく、いきなり寝室のような部屋ではあるが、絨毯はふかふか、ベッドは天蓋付き、机と椅子もある。窓に格子がなければそこが黒の塔であることを忘れそうなきちんとした作りの部屋だった。そしてプルートス公爵は、この部屋でジョシュと私が訪ねた時、少し遅めの昼食を終え、食後の紅茶を飲んでいた。
「……なんだ。息子の方が来たのか」
プルートス公爵は椅子で脚を組み、ジョシュを完全に見下した態度を取っている。
「プルートス公爵、貴殿の祖先は王家の人間。貴殿と僕も遠縁です。王家に連なる公爵として、国をよりよくするために行動すべきなのに。貴殿は国の根幹を揺るがしかねない行動をとられた。なぜなのですか?」
ジョシュと私は看守が用意した椅子にそれぞれ座り、数メートルの距離をとり、プルートス公爵と向き合った。そしてジョシュはアイスブレイクもなく、いきなり本題を切り出した。
「わたしと対等に口を利くつもりか? 生意気な若造が!」
「……対等。対等ではありません。イージス卿」
「はっ、殿下」
「そちらの不遜な公爵に立場の違いを分からせて欲しい」
「御意」
イージス卿ともう一人のジョシュの護衛騎士である二人は、プルートス公爵に歩み寄る。
「なんだ貴様らは! 騎士風情が――」
二人は左右からプルートス公爵の肩を掴み、椅子から立ち上がらせたと思ったら、そのまま引きずりおろし、そして両膝を絨毯につかせ、跪かせる。
「お前たち、わたしを誰と――」
「ネスター・ニール・プルートス、貴殿の爵位は返上していただきます」
「なに!?」
「国王陛下がそうするとの通達が出ています」
ジョシュは淡々と国王陛下のサインの入った書物を広げ、プルートス元公爵に見せた。すると彼はイージス卿ら二人の護衛騎士を振り払い、その書物を手に取ろうとする。
「勝手な行動をお控えください!」
イージス卿が一喝し、プルートス公爵は両肩を押さえられ、絨毯の上でうつ伏せの状態になり、顔を上げて叫ぶ。
「ふざけるな! 勝手に爵位の返上など、認めん!」
「貴殿が認めようが、認めまいが、関係ありません。爵位を授けることができるのは君主たる国王の権限です。その逆もしかり。国王陛下が爵位を剥奪すると決めれば、それは可能なのです」
「な、貴様、生意気な――」
そこでジョシュが椅子から立ち上がったと思ったら、腰に帯びていた剣を抜き、それを床に突き立てる。
「今、この瞬間から貴殿の貴族としての特権は失われました。そして問われている罪は反逆罪。この場で貴殿の命を終わらせることもできる――その事実を忘れないでください」
「……わたしを殺せば、真相は闇の中なんだぞ!」
喚く元公爵に、ジョシュは落ち着いた様子で神々しいほどの微笑を浮かべる。
「貴殿の屋敷の捜索は現在進行形で進んでいます。それにワイラー侯爵とトレヴァー伯爵にも、こちらにいらしていただいているんですよ。貴殿にとってこのお二人は……盟友?でしたか」
ジョシュの言葉に元公爵の顔がひきつる。
「……もう数年前から、貴殿には目をつけていたのです。動機はワイラー侯爵とトレヴァー伯爵に聞けます。不遜な態度を続ける貴殿に用はありません」
きっぱり言い切り剣を納めたジョシュは既に王者の貫禄。国王陛下から「公爵と言えど、臆することはない」と言われていたが、まさに有言実行だった。
「ふん。ワイラーとトレヴァーが語る理由など、わたしの本心とは違うもの! すべてはお前のせいだ! 生意気な王太子め!」
「僕のせい、ですか?」
ジョシュはにっこり笑顔になる。その笑みの秀麗さと言ったら……。
だがこれは元公爵からすると癪に障ったようだ。
「その澄ました顔! 見てくれがいいからと驕ったその態度! 王太子など国の礎になるべきところを、結婚相手は自らが決める? ふざけた真似を! 貴様のせいで我が娘はいまだ嫁にも行かず……。将来は王太子妃になれると思っていた我が娘の希望を無碍にした貴様など――」
「プルートスさん」
ジョシュは平民を呼ぶようにその名を告げ、元公爵の言葉を遮る。
「ご自身の野心が叶わなかった恨みを、娘さんの悲劇に挿げ替えるなんて、醜すぎますよ」
「な、貴様―っ!」
勢いをつけ、立ち上がろうとした元公爵だが、イージス卿ら二人の騎士にがっつり押さえ込まれ、頬を絨毯に押し付ける始末。
「プルートスさん。貴殿は政界でこれまで以上に力を得たいと考えた。そのため、王家との政略結婚を目論んだのですよね。でも僕は王太子として妃選びは自分ですることを望みました。そこは絶対に譲るつもりはありません。貴殿は政界で強い立場を得るチャンスを僕のせいで失ったと考えた。そしてここ数年前から王家の転覆を……自らが権力の座に座ることを思いつき、仲間を集めたのでは?」
それが正解なのだろう。元公爵の顔色が変わる。だが何も言わない。
「前々からプルートスさんのことはマークしていました。今回、スピナッチ伯爵を隠れ蓑にして、お仲間の貴族以外を排斥することを思いついたのですよね?」
ジョシュの言葉に元公爵は目を大きく見開き、固まっている。
「バレていないとでも? プルートスさんが悪事を企んでいること。気づいていましたよ、国王陛下も僕も。ただ証拠が見つからない。でもまさか今回のような悪事を企んでいたとは……想定外でした。あまりにも自己中心的で愚か過ぎて。でも今回、答え合わせはしっかりさせてもらいました」
そこでジョシュはこれまでの笑顔から一転、氷点下の冷たい眼差しで、ゴミでも見るように元公爵を見る。
「偶然にも私の最愛が新雪糖を口にしてしまった。彼女を助けようと僕は全力で動き、プルートス……スミスの悪事を暴くことができた」
眼差しに続き、ジョシュは声音まで聞く者を震撼させる低音にして告げる。
「……プルートス公爵家は貴殿の代で潰えることになった。これも全部身から出た錆です」
これを聞いた瞬間、元公爵は火事場の馬鹿力を発揮する。
まさかのイージス卿ら二人の若く力のある騎士を撥ね退け、立ち上がると上衣の内ポケットから羽根ペンを取り出したのだ!
(この世界の羽根ペンに金属のペン先はついていない。でも先端は尖っている。もしもこれが首にでも刺さったりしたら――)
そう思った刹那、元公爵が私を見た。
(私を狙っている!?)
「ポメリー!」
ジョシュが叫び、一度納めた剣に手を伸ばす。
その動きは速いが、元公爵の方が先に動いていた。
(え、私、薔薇熱ではなく、まさか羽根ペンを喉に刺されてこの世界から退場するの!?)
そんなのは……冗談ではなかった。
(せっかくジョシュと両想いなのに! ここで死んでなるものか!)
咄嗟に手に持っていた扇子を元公爵目掛けて投げつける。
(これで元公爵の暴走が止まるとは思えない。でも一瞬でよかった。その動きが止まれば……!)
私の意図をジョシュは正しく汲み取り、元公爵が突然飛んできた扇子にぶつかり、「!」と驚いて立ち止まった瞬間に、抜いた剣を手に動く。
元公爵がハッとした時は遅い。
ジョシュの動きはまさに電光石火。
剣がビュンと鳴り、ドスッと鈍い音がする。
ここは騎士と剣がある世界で、戦争になれば剣と剣で戦い、血が飛び散るはず。
(でも今までそんな凄惨な場面を目の当たりにしたことがない!)
よって元公爵が血まみれの図を想像し、一瞬、気分が悪くなったが……。
「あ……!」
ジョシュは剣を鞘から抜いており、元公爵に向かった。そして鈍い音もしたが、その剣先が私に見えている。
(なるほど! グリップの先端、柄頭でみねうちをしたのね……!)
これなら血は流れない。だが元公爵は確実なダメージを食らい、胸の下あたりを押さえ、うずくまった。
「殿下、ラウンズベリー伯爵令嬢、ご無事ですか!?」
イージス卿ともう一人の騎士が元公爵を押さえ、他の護衛騎士が一気にジョシュと私の周りに集結した。
「僕は問題ないです。ポメリー嬢、大丈夫ですか!?」
ジョシュがその紺碧色の瞳を心配そうにこちらへ向ける。
「大丈夫です!」
「咄嗟の機転、素晴らしかったですよ、ポメリー嬢」
そう言いながら、ジョシュは絨毯の上で転がる扇子を拾い上げた。
その手に扇子を持ち、ジョシュはイージス卿に告げる。
「元公爵には手かせ足かせをつけ、地下牢にいれろ」
ジョシュの言葉に元公爵が弱々しく顔を上げる。
その目は憎々し気にジョシュを睨みつけているが――。
「プルートス、二度も僕の最愛の命を脅かすとは……裁判にするまでもない極悪な所業です。この場で命をとっても反逆罪として成立するでしょう。ですが貴殿の汚い血で彼女の目を汚す必要はありません。貴殿に斬首刑の名誉は与えない。平民として絞首刑で一人寂しく逝くがいい」
名誉を何よりも重んじる貴族にとって、絞首刑は――。
「やめろーーーーーっ!」
元公爵が絶叫した。
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