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やらかしてしまったモブ令嬢です  作者: 一番星キラリ@受賞作続刊7/1発売:商業ノベル&漫画化進行中
 

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「あたしは……王都の貧民街生まれです」

「何!? ロージー、お前、平民のくせに貴族であるわたしの後妻になったのか!?」

「何だよ! 『こんなに若くて綺麗な女を後妻に迎えられて、スピナッチ伯爵が羨ましい』と言われたら、鼻の下を伸ばしていたくせに!」

「お前を後妻にしたところでメリットは何もなかった。持参金もなく、家門のためになることはゼロ」

「あたしがいたから取引が成立したんだろうが!」

「何を平民のくせに偉そうな」


「こほん」とジョシュが遠慮がちに、でもハッキリ聞こえる咳払いをすると、二人は大人しくなる。


「奥方は王都で生まれ、貧民街で育った。もしや貧民街でスピナッチ伯爵の取引相手の男と出会ったのですか?」


 ジョシュが尋ねると、やはりロージーは目をぱちぱちさせ、頬を赤くしながら答える。


「そ、そうです。相手はスミスと名乗っていました。『お前は貧民街の中で咲く一輪の薔薇だ。磨けば貴族の令嬢のようになれる。私の言うことを聞けば、貴族の一員になれるぞ』と言われて……。それでスミスさんの言う通りにすることにしたんです」


 スミスがロージーに求めたのは、30歳年上のスピナッチ伯爵の後妻になること。粉の取引の連絡係になること。この二つだけだった。


「スミスさんの言う通りにしたら、伯爵夫人になれた。あたしは今の身分を捨てるつもりはない。新雪糖は……100%じゃない。でも90%なら誤差みたいなもんだろう? 細かいことは気にしないでいいじゃないか!」


 伯爵夫人の仮面は剥がれ、言葉遣いも雑になったロージーが媚びるようにジョシュを見る。


「そうはいきません。何故なら新雪糖に混ぜられていた粉は、有毒だからです」


 ジョシュのこの言葉に、スピナッチ伯爵とロージーが「えっ」と声を揃えた。そこでジョシュが宮廷医ラスクを見る。頷いたラスクが口を開く。


「新雪糖にあなたが混ぜていたのはアリウムというものです」

「えっ……アリ…ウ…ム? 何ですか、それは?」


 スピナッチ伯爵が聞き返し、宮廷医ラスクは「アリウムです」と少し大きめの声で告げる。


「見た目は白い粉、味もない。しかし殺鼠剤にもなるような毒です。少量摂取では症状が出にくいものの、これを継続して服用してしまうと、血液を凝固させるような作用が出ます。頬や唇が赤くなり、微熱が続く。でもそれが病であるとは分かりにくい状態のまま、倦怠感や眩暈をもたらす。それでも疲れが出ているのかと、毒によって引き起こされている症状であるとは気がつきにくい。ここまできてなお摂取が続くと重篤な意識障害を引き起こし、または昏睡して死に至るのです」


 そこでガシャーンと音がして、ロージーがティーカップをティーソーサーの上に落としてしまう。「死に至る」という言葉に衝撃を受けたようだ。


「し、失礼しました!」

「何やっているんだ、ロージー! こんな高級そうなティーカップ、壊しても弁償出来ないぞ!」

「はぁ? あんた人殺しの片棒担いでいたくせに何を言ってやがる!」

「それを言うなら、お前こそ、スミスの手下じゃないか!」


 またも夫婦喧嘩の様相を呈してきたので、ジョシュが咳払いをした。


 二人はハッとして押し黙る。


「白い粉が何であるか、よく考えずに混入させていたと。ということは、そのスミスが何者であるかは……」

「わたしは正体を探ったら取引をやめると言われていました」

「あたしは指示に従わなければ、伯爵夫人ではいられなくなると言われたよ! 正体なんて……悪党なんだろう? 人に害を与えるような物を混入させるなんてさ」


 スピナッチ伯爵もロージーもスミスの正体は分かっていない。


「スピナッチ伯爵夫人はスミスと定期連絡をとっているのですか?」


 ジョシュが尋ねると、ロージーはやはり顔を赤くしながら「そうだよ」と頷く。


「方法は?」

「伝書鳩さ」

「なるほど」


 ジョシュが紺碧色の瞳を細めた。


 ◇


「ポメリー嬢、解毒剤の用意ができました」


 ベッドで横になっていた私のところに、ジョシュはアリウムの解毒剤となる化合物プルシアンブリューを氷水に溶かしたドリンクを運んでくれる。プルシアンブリューは科学者のブリュー氏が半世紀前に発見した化合物。水に溶かすとジョシュの瞳のような大変美しい透明感のある碧い色になる。


 アリウムは体内に蓄積されるため、血流に乗せて排出させる必要があり、その作用を持つのがプルシアンブリューだった。


 摂取してしまった分だけ、プルシアンブリューを飲み、体内からアリウムを排出させる。私は十日間ほどアリウム入りの新雪糖を摂取していたので、同じ日数分、プルシアンブリューを飲む必要があった。


(でもちゃんと飲めば、アリウムは排出される。これで私は薔薇熱でこの世界から退場する必要は無くなった……!)


 宮廷医ラスクや医学院の教授、さらにはアカデミーの学者が集結して、新雪糖に含まれていた謎の物質の正体を突き止め、解毒剤も見つけ出してくれた。彼らにそうするよう働きかけてくれたのはジョシュと国王陛下。


 悪事を暴き、未来の王太子妃を救うという義憤にかられ、みんな全力で頑張ってくれた。


 その結果の今だった。


 これで聖女が不在でも、薔薇熱が王都で蔓延し、多くが亡くなる事態を回避できる。さらに今回の件は新聞記事になり、新雪糖を飲んだ者にはプルシアンブリューが無償提供されることも決まっていた。


 それが人にとって害になると知らなかったとはいえ、そもそも偽装しているのだ。スピナッチ伯爵の罪は決して軽くない。さらに連絡役として協力していたロージーもただでは済まない。


 結局、スピナッチ伯爵夫妻の財産は押収され、それがプルシアンブリューの調達に充てられることになった。ただ、その手続きは始まったばかり。一時的に国が負担し、まずは私のように新雪糖を飲んでしまった人々の救済を急ぐことになった。


(薔薇熱の被害は防ぐことができた。でもそもそもの黒幕の謎の男スミスとは何者なのか。またなぜアリウム入りの新雪糖をスピナッチ伯爵に作らせたのか。動機を知るにはスミスを捕らえるしかないけれど……)


「スミスというのは、偽名としてよく使われる名前です。ありふれた名前なので、スパイが名乗ることでも有名。つまりスピナッチ伯爵夫妻の前に現れた男は……スパイの可能性も高い。そうなると今回の新雪糖へアリウムを混入させることは、政治的な意図が感じられます」


 ジョシュはそう言い置いた上で、こんな持論を展開する。


「もしかすると他国のスパイが我が国の転覆を図ったのかもしれません。原因不明の熱病が貴族を中心に感染していく。最初は貴婦人が倒れる。でもそれは序の口です。やがて被害者は政治の場で活躍する家門の当主や将来有望な令息へと拡大する。そうなれば我が国の政治は大混乱です。……でもこのシナリオなら、他国のスパイだけではなく、国内の有力貴族が権力を得たいがために起こした反逆の可能性も出てきます」


 いずれであれ、正解はスミスに聞くしかない。


 だがスミスを捕らえたいが、いかんせん連絡手段は伝書鳩。前世のように発信機があれば伝書鳩に取りつけ、追跡もできるが、この世界にそんなテクノロジーはない。


「そもそも伝書鳩は飼育に特別な知識と技術が必要になります。とても高額なので、誰でも所有できるわけではありません。スパイ、軍、貴族でもかなり裕福な者と所有する者が限られます」


 私は伝書鳩と聞いた瞬間「追跡は無理だわ」と思ってしまったが、ジョシュはそうではなかった。


「それに伝書鳩は帰巣本能を利用しているので、スピナッチ伯爵夫人に手渡す人間がいるはずなのです。この伝書鳩を手渡す役目の人間を押さえることができれば、スミスに一歩迫ることが可能になります」


 これにはもう「言われてみればその通り!」だ。


「何より鳩を手渡す際、スピナッチ伯爵夫人はスミスからの指示が書かれた手紙を受け取っているとのこと。その手紙の材質、インク、筆跡、言葉の癖、封蝋から送り主の推測もできます。そして伝書鳩自身、識別のための足輪をつけていることもあるのです」


 つまりジョシュは伝書鳩でスミスを特定することを諦めていなかった。


 そしてその諦めない姿勢がスミスの正体を暴くことになる。


お読みいただき、ありがとうございます!

化けの皮が剥がれて行く……!

続きは明日の19時更新予定です

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