1.男子高校生へのおまじない3
驚きのあまり持っている紅茶に意識が回らず、カウンターに置く直前、奥村くんの腕に紅茶を一滴こぼしてしまい、奥村くんが身もだえていた。つ、冷たいもの用意しなきゃ!
「――っ。だ、大丈夫っす。これくらい……」
「ほ、ほんとうにごめんなさい。」
冷えたおしぼりを奥村くんの腕に優しく掛けながら、謝罪する。やってしまった。初めてきたお客さんにやけどを負わせるなんて……。
「い、いいんですって。気にしないでくださいよ」
「で、でも……」
「それじゃあ、話しかけれるようになるおまじない、書いてくださいよ」
「うわ」
奥村くんは、おしぼりを押さえていた私の手をそっと外し、罪の代償を宣告した。
わかる。奥村くんがどういう意図をもってその発言をしたのか。それを踏まえた上で、ズルいと、私は思ってしまった。
「いいですよね?」
くっ。断れない……どうするべきか。おまじないを書くべきなのか? だけど、私のおまじないなんて……。というか上目づかいでおねだりしてこないでよ。
「お、ね、が、い」
「んー」
「おねがーい」
「んー!」
「頼みますよー!」
「あーもう! わかりましたから! あまり……期待しないでくださいね?」
「よっしゃー!」
うるさい。
「じゃあ、おまじないを書くので……あちらのテーブルでお待ちください……」
はあ、私ってなーんか頼み事とか断れないんだよな。お客さんもあんなに喜んじゃって。そんなに私が書いてくれるのが嬉しいのかな。い、いやいやそんなはずないか。
「……にしても、私のおまじないかー」
私はペン立ての中にあるボールペンをとり、メモ用紙の表紙をめくる。そして、奥村くんが話してくれた恋バナを思い出しながら、ペン先を紙の上に置いた。
奥村くんは好きな人と三か月も話せてないみたいだし、多分簡単なことじゃなさそう。私はまだそんな経験ないけど、あの時、おまじないを渡した時みたいに緊張するのかな。
けど、私との会話は普通だった。なんなら楽しそうだった。だとしたら、きっといつも通りなら、奥村くんは好きな人と話せるかもしれない。
「いつも通りに話せるためのおまじない……お母さんなら……」
お母さんなら、どんな言葉をおまじないにするのかな。てゆうか暑い。
私はペン先が動かず、キッチンから、向こうのテーブルにいる奥村くんの方に視線を移す。
「奥村くーん!」
「はーい! 書けましたー?」
「ううーん。やっぱりもう少しだけ話聞かせてくれないかなー!」
もう少し奥村くんの気持ちを知ろう。そうすれば奥村くんにとって、素敵なおまじないが書ける気がする。
「わかりましたー! そっちいった方がいいですかー!」
「だいじょーぶ! 私がそっち行くからー」
そういって、私はペンとメモ帳を掴みとり、駆け足で奥村くんの座るテーブルに向かった。
「……それで、三ヶ月の間、奥村くんは話すこと出来なかったみたいだけど」
「うるさいな」
奥村くんは食い気味でツッコミを入れる。
「なにか二人の間で印象に残ったことはないの? 例えば……目が合ったとか?」
「実は……ありました」
「おお、あったのね。ないと思ったわ」
「なんてひどいことを言うんすか。一応客なんだけど」
奥村くんは反応がいいんだよなー。ついからかいたくなっちゃう。
「一応ね。それでどんなことがあったの?」
なにか実現できるポテンシャルが垣間見れるといいけど…
「それは、目が合ったことももちろん。カフェで会計してもらったことがあったんだよ」
「それ何回目のお会計?」
「別に何回目でもねーよ!」
「どうかしら」
いちおう、接触は試みていたみたいだね。
「そ、それで! レシートを受け取った瞬間、たまたま手が触れ合ったんだよー」
「ほんとピュアねー」
「い、いままで恋愛なんかしたことないんだから仕方ないじゃん!」
笑壺に入った私の目の前で、奥村くんは乱暴に紅茶をすすり始めた。ちょっとからかいすぎちゃったかな。なんか今日初めて会った気がしないんだよね、奥村くんとは。いつの間にか敬語忘れちゃってるし。
「てゆうか、紅茶ってアイスとかないの?」
「紅茶はホットが一番おいしいの」
私の作った紅茶を見ながらアイスはないのかと聞いてくる奥村くん。
まったくわかってないんだね。アイスなんかより、ホットのほうが薫り高い一杯になるんだから。
「だって今夏じゃん」
「私はアイスなんて認めてないから。ホットしか作らないから」
「なんだよそれー」
奥村くんが私に呆れたのか、上を見上げて、頭の後ろで腕を組む。
「……ほんとこんな感じであの子とも喋られたらなー」
今の奥村くんしか知らないからわからないけど、見込みは充分にある。桜井さんに慣れることさえ出来れば……そうだ!
「ならさ、私のことをあの子だと思って練習してみてよ」




