+(16)+
足を伸ばしに伸ばして、国境と言わず、隣国まで来ることができたのだ。
国境の検問は闇の力で突破した。やはり、信用に足るのは金だ、お金なのだ。
「ふふふーん」
ノルンは鼻歌まじりで身近にあった町の門をくぐった。
今までとは格段に空気が違う。
辛気くさい雰囲気はなく、昔どこかのアニメで観たような『陽気な異世界』の気配がした。
ただ、異種族の姿は全くない。町中は人間だけが闊歩している状態だった。
市場を歩けば、明るく弾んだ声が飛び交う。
皆、すれ違う者に挨拶をかかさず、警邏兵たちも笑顔で礼儀正しい。
何より、女兵士がいることに心底、驚いた。
ノルンが物珍しそうにキョロキョロとしていたら、大柄の人物とぶつかってしまった。
「す、すみません」
まるでクマのようなおじさんだった。
ゴワゴワとした髭、さらに強面、厚い胸板、腕も太くてたくましい。
そんな彼に見下ろされていると威圧感が凄まじい。
「ノーラ、なのか」
「ん?」
「戻ったのか、ノーラ」
「えっ?」
「そうか。帰ろう、母さんが待ってる」
強引に腕を引かれる。
ノルンの頭にクエスチョンマークが浮かんで、すぐに消えた。
相手はどうせ、「このまま路地裏にでも引きずり込んで手込めに」という算段なのだろう。
そんな確信を持っていたが、クマのようなおじさんとノルンがたどり着いたのは普通の民家だった。
白い外壁に青い屋根のお洒落な外観。
しかし、壁は薄汚れて、屋根は塵まみれ。
外には野草がボーボーとしていた。
「(うわぁ、酷い有様……)」
「なぁ、ノーラ。ところで母さんを見なかったか?」
「えっとねぇ」
ノルンは再び、相手の顔を見た。
そして、異変に気付いた。
その虚ろな瞳にはこちらの姿が映っていないのだ。
彼の視線はどこか虚ろで遠いところにあって、ノルンには一切が注がれてはいなかった。
そして、家の中はもっと悲惨な有様だった。
窓や花瓶などの破片、紙類が散らばり、叩き割られたようなイスが悲しげな顔をして横たわる。
棚などの木片が散らばった中に、テーブルが一つ。
彼はテーブル上へせっせと食事の支度をした。ノルンをその前に招待し、先ほどと変わらぬ強行で椅子に座るように促した。
食事と、いっても。
皿の上には生魚が乗っているだけだ。
なぜ生と分かったかといえば、ピチリと跳ねて、ノルンの幼げな相貌に、生臭い汁を飛ばしてきたからである。
ナイフとフォークを差し出されたので、とりあえず魚に突き刺した。
とにかく、しとめてやったと、ノルンは静かに満足する。それから机を挟んだ向かい側にいるクマのようなおじさんに視線をやった。
「あのう……おじ、さん?」
「ああ、……君はだれだ」
「へっ?」
「おい、貴様は何者だっ!――!」
その刹那、テーブルが見事に宙へ投げられた。
華麗に舞う、皿と魚。
皿は床に当たって砕け散り、魚は壁にぶち当たってから、ズルリと生々しい爪痕を残した。
呆気にとられる隙もなく、ノルンの前に牙をむき出しにしたような男の強靱な身体が迫るような勢いでこちらに向けられていた。
――下手したら殺されるかもしれない!
その場に転がっていたナイフとフォークをクマを刺激しないように拾い上げようとした。




