臆病者と別れ
「……」
「……」
二人の間に静寂が流れる。元々大きくない公園なので人もおらず、俺はただ伸びる影に目を落としていた。
「あさひ」
「ん?」
「あさひは月と仲良くなった?」
「少しな」
「海先輩とは?」
「少しだけ」
「む。真剣に答えて」
彗は不服そうに唇を尖らせている。といっても、先輩は押しかけてきただけだし、月とのことは恥ずかしくて言いたくない。そもそも彗との関係も曖昧なのだ。お互い好き合って付き合っているわけでもない。彗は自分以外の人の感情をより理解するため、俺は他人との壁を作るため。お互いの理があって成り立ってる関係だ。きっとお互い理解している。まあ先輩にはなんの意味もなかったけれど。
「ね」
「ん?」
「私はじゃま?」
突然そんなことを言い出してきた。
「別にそんなことないよ」
「だって……」
そこでまたもにょもにょと言葉を濁らせた。俺は追及せず、二の句を待った。すると意を決したように突然彗が立ち上がった。そして俺の方を振り返る。その顔は普段の彗からは全く考えられないほど歪んでいた。眉間に皺が寄っていて、一見怒っている様にも見えたが、眉尻と口角は下がって何かを我慢しているように見える。
「ねえ」
「ん?」
「なんで朝日はそんなに壁があるの?」
「壁って……」
「ある」
そうじゃなくて、俺は理解されていると思っていた。それを前提として付き合っているという俺の仮定はあっさりと崩れ去った。じゃあ彼女は、俺が一般的な交際している彼女として扱っていないことにこうなっているのか?
「それは、お互い了承済みだと思ってたし」
「なにが」
言い訳がましく言う俺に彼女はズバッと切り込んでくる。ああ、こういう会話は苦手だ。
「彗は理解のため、俺は壁を守るため、お互いのメリットで成り立っているって」
「あさひは私と付き合って本当にそれしか考えていなかったの?」
その問いかけには答えられなかった。正直それしか考えていないわけではない。当然楽しかったこともあるし、意識したこともある。けれど、利害関係であることで一線を引いていたのは事実だった。
「そう……」
答えない俺に、それが答えだと断定するようにそう言葉を漏らした。
「すい、俺は」
「いい」
俺の当たり障りのない言い訳を聞く前にぶった切る。
「最初に言った理解はほとんど口実だった。本当は朝日のわたしたちへの壁を取っ払いたかった」
俺は彼女の顔を見ることができず、俺の視界にはただ影があるだけだ。けれどその震えている声からどんな顔をしているのかは分かった。
「けど、それをしたのは海先輩と月だった。むしろ私はじゃま」
「そんなこと……」
「ないわけがない。海先輩がガードを緩めて、月が壁をこわした。私はなにもできてない」
なんでそこまで思ってくれているんだ。そんな言葉は口内から出ることはなく、胃の中に納まるだけだ。
そこでぽつぽつと影の一部分が円形に濃くなった。そしてそれはどんどん増えていく。慌てて顔を上げるとそこには涙を拭おうともしない彗がいた。
「わかれよ」
「いや」
「だって、このまま付き合っててもあさひは私に心を開いてくれない! 私の方が先に仲良くなったのに! なんで月に自分の話をするのさ!」
見たことのない剣幕に俺は腰を少し浮かせるだけでなにもできない。
「このままだと私はあさひの邪魔になるだけ。だからわかれる」
「そんなことないって」
形ばかりの宥めに彗は見透かしたように涙を溜めた瞳でキッと睨む。
「じゃあなんで私には何も話してくれなかったの」
「それは」
「タイミングならいくらでもあったはず」
俺はまた声が詰まる。言葉が出ない。図星だった。そもそも今日月に話したのが初めてなのだ。元々話すなんて選択肢がなかった。
「そういうこと」
彗は諦めたようにまたは呆れたようにほんの少し口角を上げたと思うと踵を返した。もう顔が見えない。
「じゃあね。明日からはまた前みたいに接するから安心して」
それだけ言い残して彗は公園から去って行った。俺にそれを追いかける勇気も大義名分もなかった。




