階段での話
「どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだよ」
俺は月の隣に腰を下ろした。
「それは……」
月は自分の膝を寄せてそこに口を埋めてしまった。
「まあ、俺に話づらかったら先輩でも彗でも鈴でも健吾でもいいからさ。誰かに話してみないか?」
「……あさひさんは分からないんですか?」
「分かるとは言えないな」
「そうですか」
月は顔を上げて空を見ている。俺もそれに合わせて空を見上げた。そこは障害物のない青空で、流れる雲が何かの形に似ているような気もしたがなんだかピンとこなかった。
「わたし、朝日さんとしっかり友達になりたいんです」
「しっかり?」
「はい」
いつもよりもゆっくりなペースで月が喋り始めた。
「朝日さんは私が変わるキッカケをくれました。おかげで前の自分からは考えられないほど、友達もできましたし、初対面の海先輩と話すこともできました。けれどそんな朝日さんはみんなに壁があるんです。こう、なんて言ったらいいんでしょう。これ以上踏み込ませないような。だから今度は私がどうにかしようと思ったんです」
尻すぼみな調子で続ける。俺は黙って聞く。
「でも、その時、彗さんと朝日さんの距離が近くなったんです。正確に言うなら彗さんからの距離がです。しかも鈴さんは健吾さんが好きじゃないですか。そしたらみんな離れ離れになっちゃうのかなって……。せっかく仲良くなれたのに、なにより朝日さんの周りの人が少なくなるのは、その、悲しいなって。そして私もその一人です。彗さんとの距離を見て、勘違いされないように距離を取ろうと、彗さんが朝日さんの壁を取っ払うことができるならいいかなって」
俺はその言葉に答えあぐねいていた。ここまでストレートに言われると思っていなかったからだ。彼女のコミュニケーションの特徴なのか、それか生来の気質なのか。海先輩よりよっぽど踏み込んでくる。
「でもそこに海先輩が来たんです。海先輩はそんなことなんて考えずに距離を詰めていったんです。それが悔しくて」
ぎゅっと、月が自身の膝を引き寄せる。その時、細かい石か何かが落ちたのか軽い音が下から鳴った。
「嫉妬ですね。すみません」
月が乾いた笑顔で言う。その表情は中一の頃によく見た母さんの顔を思い出させた。なんでこんな顔をしているんだ。ちがう、俺がそんな顔をさせているのだ。どうしよう。探さなければ良かった。そうしたらこんな顔見ずに済んだ。どうにかしたいけれどどうにもできない無力感が蘇ってくる。何かを言わなければいけないのだけれど、何も思い浮かばない。
その静寂はどれぐらい続いたのだろう。分からない。けれど、その静寂を破ったのは俺の言葉でも彼女の言葉でもなくチャイムだった。
「本当にすみません。困らせてしまいましたね。戻りましょうか」
月が立ち上がり、また乾いた笑顔を見せる。そして階段を降りるために足を前に出した時、俺は自分でも分からないがそのままにしてしまうのが嫌でその手を掴んでしまった。




