水面下での修羅場
「えー! この子もかわいいー!」
突然現れた彗に先輩は俺の後ろから駆け寄って、背中に張り付きながら言う。
「む」
彗はいつもの無表情な顔から少し眉を寄せた表情になる。
「あなたはなんて名前?」
「すい」
「すいちゃんね! 私は海っていうの」
「うみせんぱい。これからどこに行く、んですか?」
「えーっと……」
先輩は俺の方をチラッと見る。本当にサプライズをしたいみたいだ。
「じゃあ私もついて行っていい、ですか? わたしでよければ、ですけど、相談とかものる、ますし」
目を伏せながら先輩に訊いている。いつも通りにも見えるけれどよく見ると唇が震えてる。緊張してるのか?
「えー! いいの?」
「ぐっ」
彗の状態とは裏腹に先輩は目を輝かせて、さらに乗り出す。同時に背中に柔らかい感触が伝わってくる。この人何を考えてるんだ! いや、何も考えていないからこうなってるのか。この慣れない感触と、鼻孔をくすぐる甘い匂いにどうしていいかも分からず、押された衝撃で中腰になったまま固まる。
その俺の様子に気づいたのか、彗が鋭い視線を俺に向けた。
「先輩、重いっす」
「へ? あ、ごめん」
おずおずと先輩が下がっていき、それに合わせて俺の背中にかかる負担が軽くなる。良かった。俺はとりあえず背筋を伸ばした。ただ、彗の視線は変わっていない。
「じゃあ彗もくる?」
「はい」
「えー、私も行きたい! 私も力になれます!」
いつの間にか横にいた鈴もそれに乗ってくる。
「いいの?」
「はい!」
「じゃあ行こう!」
「先輩、もうこれ俺いります?」
逆にこのメンバーになったことで女三男一でどこか行くなんて、少し肩身が狭いと思って俺は訊いた。
「そりゃあいるわよ!」
先輩はそう威張ったと思うとすぐに俺の耳に顔を近づけてきた。
「むしろあんたがいないと困るのよ。どうやってこんな可愛い子と話せばいいのよ」
「先輩そんな思春期の男子みたいなこと言わないでくださいよ」
「うるさいわね」
先輩はそう言って俺を肘でつつく。
「いいじゃない。私が奢ってあげるんだから。大人しくついてくればいいのよ」
「……うっす」
「よろしい」
「うみせんぱい」
「っ! はい!」
俺と先輩の間に彗が入ってくる。必然的に三人の距離が近くなる。先輩はその彗の登場にびっくりしたのか後ずさりした。
「すぐ行く、ますか?」
「う、うん」
「じゃあ荷物とってく、ますね」
「自分も取ってきます」
俺は少し不機嫌な彗の後をついていく。
「彗、別に先輩と何があるわけじゃないんだ」
俺は自分であまりにも言い訳っぽいなと思いながらもそう言う。
「わかってる」
「……うん」
「あさひ、どんなかたちでも付き合ってるのはわたし」
「はい。分かってます」
「ん。わかればいい」
そう残して彗は自分の席に戻っていった。




