帰り際
「こちらアイスコーヒーになります」
注文を取り、オーダーにあったコーヒーを彗のもとへ届ける。
「ん。ありがと」
「あ! 店員さーん。私にもください!」
「春奈さんは仕事してください」
「えー、いいじゃんお客さんは常連さんの一人だけだし」
春奈さんは彗の隣に座っている。店長にどうにかしてくれと目線を向けるが、その常連さんと話をしていてこっちのことなんて見ていない。
「んでんで、うちの朝日とはどういう経緯で付き合ったの?」
「ん。私からいった、です」
「へー、えー、どこを好きになったの?」
「……」
その言葉に彗は答えなかった。代わりに俺の方を一瞥してからアイスコーヒーをストローで啜った。
「本人の前だと恥ずかしいかー。かわいいー」
そう言いながら隣から彗の頭をぐりぐりと撫でている。彗はそれにもなされるがままだ。
「ねね、彗ちゃん彗ちゃん。朝日って彼女の前だとどんな感じ?」
「あんまりかわらない、です」
「マジで? 彼女の前でもこんなに不愛想なの?」
不愛想って。まあ自覚はあるけど。
「でも結構受け入れてくれます」
「へーへーへー! しっかり彼氏してるんだ。意外」
にやつく目で俺の方を見てくる。
「ほっといてください」
「あさひ、後どれぐらい?」
「帰りか?」
「ん」
「あと二時間ぐらいかな。締めもあるし」
「締めは私がやっておくから先あがっていいよ」
「でも……」
「いいって、お姉さんに甘えておきな」
「いいんすか?」
「おうともさ。彗ちゃんにもまだ聞くことあるしねー」
まだ聞くのか。彗もその言葉を聞いて驚いているのかストローから口を離してぽかんとしている。
「ほどほどにしてくださいね。じゃあ俺は仕事に戻ります」
「え……」
「頑張ってね、店員さんっ」
あんたも店員だろ。というツッコミは飲み込んで彗を犠牲に俺は業務に戻った。といっても特にすることはないので二人から離れたところで壁にもたれかかった。彗、頑張ってくれ。
「あさひ、私を見捨てた」
バイト終わり、彗は俺の肩に軽くパンチをしながらそう言った。
「ごめんって」
「どうせ思ってない」
また殴られる。
「思ってる思ってる」
「ざつっ」
そろそろ痛くなってきた。俺は彗の腕をつかんで殴るのを止める。するとすぐに彗は大人しく引き下がった。
「……仕方ない。許してあげる」
「それはありがとう」
「絵本、迷惑じゃなかった?」
そしておずおずと俯きながらそう聞いてきた。
「全然。めっちゃ助かる。ひかりも喜ぶよ」
「ならいいけど」
「あとでひかりと一緒にお礼を言うよ」
「気にしなくていい」
「それでもさせてくれ」
「……ん」
彗は俺の掴んでいる手をほどいて手を握った。
「ほかにほしいのある……?」
「なんか貢ぎみたいになってない?」
「……気のせい」
「そんなことしなくてもいいよ」
「でも色々付き合わせてるのにお礼できてないから」
「そんなに気にしなくてもいいのに。むしろひかりのこととかはお世話になりっぱなしだよ」
「ん」
そんな会話をしているうちに、彗の家の近くまで来ていた。そこで彗は立ち止まった。
「わたしはもっと朝日と仲良くなりたい」
「今でも仲良いだろ」
「でも……」
「まあまだ出会ってから間もないしさ」
「……」
すると無言のまま彗は繋いだ手を引っ張って俺を自分のところへ寄せた。俺はなすすべなく彗に立ちながら覆いかぶさるような形になった。
「がんばる」
一度、握っていない方の手を俺の背中にまわして抱きしめると、すぐに離してタタタッと家の方へ走って行ってしまった。
俺はその突然のことに彗が見えなくなってもしばらくその場で固まることになった。




