夏休み初日、デートの始まり
夏休みが始まったというのに俺の気分は晴れてはいなかった。原因は明白で、先日の彗との電話だ。結局あれから弁明はできず、かといって彗から連絡があるわけでもなく、そのまま夏休みに突入した。
「にいちゃどうしたの?」
「いや。なんでもないよ」
「えー、ほんとー?」
「ほんとほんと」
膝の上のひかりが俺のスマホでゲームをするのを一度止めて俺の方を振り返って言う。俺はひかりの頭をわしゃわしゃと撫でて誤魔化す。
「ひゃー!」
ひかりは楽しそうに声を上げた。
「あ、にいちゃなんかきたよ?」
「ん?」
ひかりがそういって見せてきた画面には『水上彗』と表示されていて、応答と拒否の二つのマークが表示されていた。
「電話だ。ごめんね。ちょっとスマホ貸してね」
「うん」
『もしもし?』
『あさひ、おはよう』
『おはよう』
『きょうデートいこ』
『デート?』
『ん。調べたらこうさいしている男女はするって』
『そのことだけど……』
『うん。それも含めて』
『分かった』
『じゃあこの後、十時に駅前しゅうごう』
『了解』
俺はスマホを閉じた。
「ごめん。母さん少し出掛けてくる」
「んー。分かった。楽しんできてね」
「うん。ありがと」
「にいちゃどっかいくの?」
目じりを下げたひかりが俺の服を軽くつまみながらそう言った。
「ごめんね。少しにいちゃ出掛けてくるよ」
「やだ」
「ごめん」
「つれてって」
「ほら、ひかり。にいちゃに我儘言わないの」
「んー!」
母さんが来てひかりを抱っこする。
「いや!」
「はいはい」
そしてそのまま連れて行ってしまう。俺は再び心の中でひかりに謝ると、準備するために自分の部屋に行った。
背の高い時計のオブジェのところに、俺が行く時にはもうすでに彗がいた。彗は前にみた格好とは全く異なっていた。いつものショートボブの髪は編み込まれていて、夏によく似合う白いワンピースで、とてもおしとやかな可愛い恰好をしていた。最初に目に入った時に彗だと思わなかったほどだ。正直言うと二度したし、見とれてしまった。
俺がその場で突っ立ち、話しかけられないでいると、彗が俺に気が付いてこちらへ来た。
「おはよう」
声を聴くと、いつもの彗のテンションで少し安心する。
「おはよう。今日はいつもと雰囲気が違くてびっくりしたよ」
「ん。頑張った。デートだから」
「……そっか。似合ってるよ」
「ありがと。あさひも良い感じ」
「ありがと」
「じゃあ行こ」
彗はそういうと、俺の腕に自分の腕を絡ませた。少し汗ばんだ俺の肌に彗のさらさらの肌が触れる。突然のその行動に俺は固まってしまう。
「どうしたの?」
彗のそのいつもの問いかけもいつもより柔らかいように思える。
「いや……」
「ん。話し合いの場はもうける。だからそれまではいったん」
「わかった」
「いこ」
俺の腕をぐいっと引っ張る。その分、腕同士が密着する。俺はこれ以上は耐えられないと判断して、彗に歩幅を合わせて歩き出した。




